若しくは燭台切光忠の憧憬する空間について


air 宗へし

 燭台切光忠がこの本丸にやって来たのは、太刀としては早い方だったけれども、全体としては割りと遅い方だったと思う。この本丸に着任した審神者の運とでも言うのか、なかなか太刀・大太刀が来なかったのだと言う。
 そういう訳で、燭台切光忠がやって来た時にはもう結構な数の刀剣たちがいた。
 新入りということで一通り挨拶をして回ったが、流石。元は刀剣とは言え様々な遍歴を持ったものたちが人の身を得ているだけあって、本当にいろいろなものたちがいる。仲の良さそうなもの、仲の悪そうなもの、とっつきやすそうなもの、とっつきにくそうなもの。今後同じ空間で、ともすれば同じ部隊で働くのだから、そういうものが気になるのもそう可笑しいことではないのだろう。それでなくても燭台切光忠としての記憶はある時期から非常に曖昧で、他の刀剣よりも人との距離という点では遅れをとっているような気がするのだから。
 さて。そんなふうに挨拶をして回った中で、際立って仲が悪そうだなあ、と感じたのはへし切長谷部と宗三左文字だった。
 別に、二人が啀み合っている場面を見た訳ではないし、そもそもまだ挨拶をしただけで、二人が一緒にいるところすら燭台切光忠は見ていないのだが。
「へし切長谷部と言う。長谷部と呼べ。でないと命名しておいて直臣でもない男に下げ渡した前の主を思い出す」
「宗三左文字です。義元左文字と呼んでくれても良いんですよ? そうすれば僕の身体に刻印を入れた男のことを思い出さずに済みますからね」
これである。
 この二振りのことは知っていた。人はいろいろなことを話す生き物である。その傍らに添うていたのだから、物言わぬ刀剣だったとは言え、知っていることだってある。彼らの言葉の中に出て来た男は、同一人物だ。片や自分を捨てた男、片や自分を奪った男。まあそれは本人たちの受け取り方の違いであって、その渦中にいる今は亡き人間について燭台切光忠が何を言うことも出来はしないのだが―――まるで逆だ、と息を吐く。
 刀剣であるのだ、斬ったり斬られたりという時代と共にあったから、元の主を殺した・殺されたという関係は予想していたが、正直なところこういうのは予想していなかった。これはまた面倒そうな、と思いつつも上手く立ち回ろうと決心する。その半面、余裕があったら仲を取り持とう、なんて思う辺り、なかなかに世話焼きな性格をしているのかもしれない。ちなみに燭台切光忠の辞書にお節介という言葉はない。
 しかしながら、その予想は早々に覆される。

 意外にもあの二人は仲が良いらしい。
 そう知ったのは、非番の二人が縁側に並んで座っているのを目撃したからである。間に盆こそ置いてあったものの、あれは仲が悪いもの同士の距離ではない。
 素直に、驚いた。特にへし切長谷部の方なんかは彼の前の主≠ノ対する価値観の違いで会話が出来なくなると思っていたので、とても驚いた。二人のその距離感は、何だ話せるひとなのか、という安心感を燭台切光忠に与えた。何と言っても、燭台切光忠にしてみればこうして人の身を得る前から知っていた刀なのだ。有名人に会う感覚に近い。
 それからも二人が一緒にいるところは良く見たし、彼らも彼らで、相手が傍にいることを許容しているようだった。許容、というか。実際はもっと、もっと…何か違うもののような気がしたけれど。
 例えば。
 へし切長谷部が一人で茶を飲んでいるところに、宗三左文字がやって来たとする。すると両者間では言葉は交わされないまま、へし切長谷部は宗三左文字の分の茶を用意し始めるのだ。逆もまた然りである。別に湯のみをもう一人分、取りに行ったりはしない。彼らは台所から離れて茶をする時、大抵もう一人分持ってくるのだ。彼らは互いに、相手がやって来ることを想定しているのだろうと思ってある日、へし切長谷部に話しかけてみたことがある。
「今日は宗三くん、来ないねえ」
 すると、何を言っているのかさっぱり分からない、という顔でへし切長谷部は瞬いて見せた。どうして宗三の名前が? と言わんばかりの彼に、あれ、と思った。
「だって君はいつも、二人分持ってくるじゃないか」
宗三くんの分だろう? と首を傾げてみると、驚いたようにその瞳が見開かれる。
 見遣った湯のみはもう一人分、用意されていた。初めて気付いた、とばかりの表情に燭台切光忠はもしかして、と思って問う。
「無意識、だったの?」
 こくり、と従順に縦に振られた、
その可愛らしい無垢な動きを、燭台切光忠は生涯忘れることはないだろう。

 彼らは許容よりもずっと先の段階にいるのだ! 胸が踊るとはこのことだろう。そう思い至ってしまえば彼らの間に流れる、当たり前と言った空気にも頷ける。ふと気付けば並んでいるし、戦術面でも良く話をするようだし、だからと言って会話がなければいけない空気もないし。茶をするときは必ず相手の分も用意してあるし(無論双方無意識である)、茶菓子があれば当然のように半分残してあるし。どちらかがものを食べている時―――宗三左文字がいちご大福をかじっていた時のことだ。その日は内番が回ってきていたへし切長谷部が、その途中でちょうど其処を通りがかった。
 言葉も交わさずに、へし切長谷部の前にいちご大福が差し出される。へし切長谷部はそれを疑問に思う様子もなく、宗三左文字の白い手ごと掴むと、そのまま口元へ持って行って一口食べた。
「美味しいですか?」
「ああ、美味い」
それだけの遣り取りをすると、へし切長谷部はそのまま仕事に戻っていく。横にいて一緒に食べていた燭台切光忠はぽかん、とするしかなかった。同じく一緒にいた小夜左文字は見慣れたと言わんばかりにいちご大福を食べ続けていたが。
 今、燭台切光忠の目の前にはへし切長谷部がいた。他に周りに気配はない。燭台切光忠もこの本丸に馴染んできて、彼ともよく会話をするようになっていた。するとやはり、好奇心というものは後から後から湧いてくるもので。これは彼の領域に踏み入る質問になるだろうか―――そう思いながら、ねえ、と身を乗り出す。
「長谷部くんにとってさ、宗三くんってどんな存在?」

 同じ質問を、宗三左文字にもしてみた。
「僕にとって、あの人がどんな存在か、ですか?」
変なことを聞くものですね、と口元を隠す仕草もやたらと様になっていて、これが人間たちが宗三左文字に抱く印象なのだなと思う。
 天下人の元を渡り歩いた、魔性の刀。
「そんな質問をして、どういうおつもりで?」
「ただの好奇心、って言ったら君は怒るかな」
「まさか」
同じ刀剣だと言うのに、その姿は燭台切光忠にもいっとう美しく映った。けれども眺めていても心が乱されることもない。ただ、ああ、とだけ思う。
 宗三左文字もまた、悩むような素振りは見せなかった。
「あの人は、そうですね、水と言ったところでしょうか」
その解えに、燭台切光忠は目を見開く。隠す余裕もなかった。きっと、宗三左文字にもその反応は見えただろう。水。水、水とは。
 思わず笑みが溢れる。例えるものなんてたくさんあるはずなのに、それを選ぶのか。
「ひとの回答を聞いて笑うとは、良い趣味をしていますね」
「いや、そうじゃないんだ」
怒ったような空気はなかったが、それでも慌てて訂正をする。別に、宗三左文字の回答が可笑しくて笑った訳ではない。
「同じ質問を、長谷部くんにもしてね」
それだけで、宗三左文字は理解した、というように頷いた。
「どうせあの人のことです」
ほころぶように、宗三左文字は笑みを浮かべる。
 少しも、考える素振りは見せなかった。
「あいつは、」
最初からその解えは決まっていたというように、へし切長谷部は茶を見つめながら呟く。其処に、何も映ってはいない。
「さしずめ、花と言ったところか」
何を見ているのか、それは問うまでもなかった。
「花とでも言ったのでしょう」
空気とでも言っておけば、貴方にも分かりやすかったでしょうに。

 拒絶された訳ではなかった、しかしながら確かに隔絶されたその世界を垣間見て、燭台切光忠の胸はひどく緩やかな音で感動を伝えていた。決して踏み入ることの出来ない花園を見つけた子供のような瞳で、ただ目の前のそのひとを見つめていた。
 ただ、穏やかだった。
 こんなものを見つけられた自分が、とても幸せだと、思った。



image song「空気彼女」初音ミク(K!)



20150410
20171102 改定