春の日よ、この罪が永劫のものになるのなら。 男審神者+清光 終わりというものが見えないな、とまだまだ増える新顔の歓迎会の準備をしながら思う。戦い、なんてものは人間がいる限り終わりがないのだろうと、そんなことを言ってしまってはおしまいと分かっているけれど、何処か何か、落とし所でも見つけられないものか。 「あーるじ」 椿が咲いてたんだ、と私の執務室まで勝手に入ってくるのを今更止めることはしない。私が大抵の記録を録る際に暗号化する癖があることはこの本丸の刀剣男士のすべてが知っていたが、機密に触れたら困るだろうから、という理由で此処まで来るのは一振りしかいなかった。 初期刀という地位が、そこまで重要だとは思わない。最初に手を取り合った、それが何だと言うのだろう。実際審神者の中にはそういったことを言う人間もいる―――反対に、重く見すぎる人間もいるようだが。その辺りのケアについては私は専門外なので、あまり首を突っ込もうとは思わないが。 「………ああ、清光か」 「うん?」 「花瓶なら、其処に」 「知ってるよ」 もうこの部屋とも何年の付き合いだと思ってるの、と言われて咄嗟に年数を返すことは出来なかった。この頭の中にはいつだって数は存在しているのに。 そんな私に、加州清光は首を傾げてみせる。 「どうしたの? 疲れた?」 「…いや、ちょっと考え事してただけだ」 「次の企画のこと? 俺は役に立てる?」 「そんな難しいことを考えていた訳じゃない」 そうだ、そんなに難しいことじゃない。寧ろ、よく今までこんな簡単なことから目を逸らして来れたな、と思うくらいに。思い返してみれば検非違使対策の際もふっと頭を過ぎったような気はするが、あの時は長曽祢虎徹と浦島虎徹のデータ収取の方にリソースを割いていたから忘れてしまっていただけだ。 「―――この戦いに、」 加州清光の生けてくれた椿が揺れている。以前に、こういうのは縁起が悪いとかそういうんじゃなかったか、と呟いてみせたら、主が気にするのなら気にするけど、気にしないなら綺麗なものを綺麗って言う方が良くない? と返されたな、と思い出す。何処か悪戯を思いついたような顔で、そもそも椿を首に見立てたのなんてもっとあとのことでしょう? と。主が貸してくれたデータにあったんだよ、と言われてやっと、そういえばそういった文化の変遷のデータに閲覧許可を出したことを思い出した。 「終わりはあるのだろうか、と」 戦い以外のことであっても、大抵の知識であれば閲覧許可を出すのは容易い。自分で判断している訳ではないから余計、そう思うのかもしれなかった。加州清光だけではない、他の刀剣男士だって思い思いに興味の向いたデータの閲覧許可を求めてきていたし、別に彼だけが特別ということもない。 「そんな当たり前の疑問がふっと、わいてしまっただけの話さ」 ―――終わりなんてない、 と。 きっと私は分かっていたのだと思う。曲がりなりにも神なんてものを造ってしまった私は、私たちは、本当はその責任を取らなくてはいけないのに。終わりなんてないものと見立てながらもその禁忌に手を伸ばすことをやめなかった。彼らを神として扱い、そして、戦いに投じた。 「私は、人間だ」 「うん」 「人間である限り寿命はある」 「うん」 「お前たちは…情報の集合体でしかないと、そう言うけれど………実際に、神としての矜持を持っているだろう」 「まあね。それが人間からどう見えるか、までは正直、分かってないけど」 「予想くらいはついてるだろう」 「………俺なんかより、古い奴らのが実感としてあるんじゃないの」 俺だってこの中じゃあ新しい方だよ、と言われると、反論がないけれど。 「主、」 その整った眉が困ったような形をすることはない。 「主はもう分かってることだから、俺がまた何か無駄に繰り返してるな~って思って聞いてくれてたら良いんだけどさ」 「…なんだ」 「俺たち、本尊(プロトタイプ)なんて呼ばれてるけど、所詮データの塊で、ただ制御されてこういう形に収まっているだけなんだよね」 「そうだな」 「すべての刀剣男士は俺たちを基準に作られる。コピー…って言ったらちょっと違うけど、まあ、似たようなもの。でもコピーだからって同じ道を辿る訳じゃない、此処にいる俺たちと、他の本丸の俺たちは同じようで全然違う。ただ大本が同じなだけのもの。でも、やっぱり〝最初の成功例〟っていうのは大事だし、何より〝普通〟の刀剣男士にはコピーされない機密だって記載されているから、こうやって主を審神者に据えた本丸で大事にされてる」 「大事に…しているか?」 「大事の範疇だと思うよ。まあ、主が結構大雑把なのはもうみんな知ってると思うけど」 今はそれはおいといて、と言われた。私はじぶんの気質をそう隠しているつもりはなかったが、だからと言ってこうして改めて言われてしまうと何か、すわりの悪いものを感じる。 「―――前に、」 夢でも語るような声だ、と思ったのは、もう彼と過ごした時間が既に超えたからだろうか。私にとって、加州清光との付き合いの方が長くなったから、なのだろうか。 「主は其処に扉があるなら作れない鍵はない、って言ったよね」 言った。ちゃんと、覚えている。あれは同じ本丸にプロトタイプを集めておくことは本当に安全なのか、という議論をした時のことだった。この重ねた年月の中で、たくさんの言葉を交わした、思考をすり合わせて、ぶつけ合って。私が審神者でいられたのはきっと、加州清光のおかげだった。 「その時、俺は思ったんだ」 当然刀剣男士それぞれの鍵は違うから、例え此処が襲撃なんてものにあったとしてもそう簡単に解析されることは出来ないのだから、そうであるならテストプレイをするのにいちいち集めるより一箇所に集めておいた方が諸々楽だろう、という結論に落ち着いたのだって、覚えている。 「なら、扉だって同じものを作れる、って」 でも、加州清光が言いたいのはそういうことではないのだ。 「そうでしょう? 主」 首は、傾げられなかった。何故ならこれはただの確認だから。私は息を吸う。いつものように。 「―――理論上では、そうだな」 「良かった。間違ってなかった」 「でも、それを上が認証することはない。………当然、私も」 「認証して欲しい訳じゃないよ」 難しく考えないで、という声は甘くはない。 「可能性の話がしたいだけだ」 どんな可能性だ、と言いたかったのに。 私には、彼の主である私には、それが分かってしまうから。 「大丈夫だよ、主」 手が伸ばされる。未だにアナログ作業を好んで手書きの日記なんてつけている私の指の、ペンだこのことを加州清光は好きなのだと言っていた。指が、滑っていく。紅は、もう目に馴染んでしまっていた。 「もし主が審神者じゃあなくなっても、俺は、俺だけはついていける」 ただの人間にはなれないけれど、俺はずっと加州清光だけど。誰か一人の人間の生命が失われることをトリガーに、このデータを〝なかったことにする〟ことは可能だ。つらつらと語られる夢。それを夢、だと言えてしまえるようになったのは、やっぱり審神者になったからなのだろう。 「そうでしょう?」 「…お前が、」 息を吐き出す。 加州清光の言った夢は、あまりにも現実的だった。上はきっと、事故のことを〝なかったこと〟にしたい。だからきっと、当該個体がそれを望めば〝二番目〟を造ることだって頷くだろう。何より、此処には〝一番最初〟を成功に導いた研究者がいるのだから。 「そんなことを言うとは思わなかった」 「そう?」 「そういうことは…狡いと、言うんだと思っていた」 「思ってるよ」 ちゃんと思ってるよ、と繰り返される。 「でも、狡いって分かってても言いたいの」 「分かって、いても…」 「うん」 すう、と息を吸う音がする。座り方を変えたのが音で分かった。本当は音を立てないで動くことだって出来るのに。彼はそういうことをしない。 「主、」 呼ばれて、私は顔を上げる。真っ直ぐに―――加州清光を見る。 「俺は加州清光。主の初期刀。紛れもない、主の刀剣男士」 私たちの知識の結晶、この先の未来を永く守るための私たちの神。 「でも、それだけじゃあないから」 彼の首には、いつだって私の作った御守りが下げられている。それを、私はよく知っていた。 「俺は、主にさいごまでついていくよ」 光が庭の雪に反射して、それから加州清光の持ってきてくれた椿を照らした。彼とはまた違った色の赤が、ひらり、と揺れる。 風が、吹いている。 こんな、本丸という何処からも隔絶された空間にも風は吹く。 「それが、きっと俺が此処にいる理由だ」 何も変わらないなんてことはない、それは私が誰よりも分かってはいたけれど。 「上手くいってしまった、理由だ」 「―――そんなことは、」 きっと、 「ないよ、清光」 「うん、主ならそう言うと思ってた」 私は笑ってやるべきだった。けれども私はもとからそう、笑うことが得意な訳ではなかったから。加州清光だって、主の笑った顔より呆れた顔の方がよく見てるよ、というくらいだったのだし。 「でも、いつかのために言い訳を持っていても、俺は良いと思うよ?」 ―――いつか、 なんて。 「だめ?」 来させないだろうに。私はそこまで分かっていて瞬きをする。返事をするための、用意をする。 「―――それで、」 誤魔化しの言葉しか吐けないのだと、加州清光だって分かっているだろうに。それでも、この言葉を待っていてくれるから。私は言う。彼の主として、審神者として、ちゃんと、言葉に熾す。 「お前が苦しくないのなら」 「苦しい訳ないじゃん」 私は、こういう時、加州清光がどんな顔をするのか知っている。 「この上ない誉れだよ」 桜が舞うような笑顔が、私へと向けられることにもう、罪悪感を抱くことは出来なくなっていた。 * 作業BGM「DADARUMA」flower(ろくろ) 20210512 |