君の見る夢はどうですか 男審神者+清光 あの辞令を貰ってから。 既に三年の月日が過ぎようとしているなんて、誰が信じるだろう。誰も此処まで順調に戦いなんてものが進むなんて思っていなかったに違いない。もしかしたら思っていた人間もいたのかもしれないが、やはり根幹になる刀剣男士をある意味では設計した身としては少々拍子抜けにもなるのであった。別に、彼らの立つ戦場が甘いものであったと言うつもりはない。この本丸は特別≠ナあるが故にそういったことには無縁のままここまで来たが、破壊などに遭遇した審神者も少なくはないだろう。戦いというのはそういうことだと思っていたし、幾ら厳重に管理されているとは言え自分の ところに一度も敵が攻め込んで来ないのは些か想定外ではあった。 「主はいつか本丸が襲撃される日が来るかもって思ってたってこと?」 初期刀―――正しくはそうではないのかもしれないけれども、まあ対外的には初期刀として登録されている加州清光は、ぼんやりと語った私にそう問うた。 「ああ」 「あ、もしかして避難訓練とかその練習だったの? 此処って現世から数ミリ位相ズレてる亜空間が元になってるんだったよね。俺たちは疑似神域って言ってるけど」 「結局それが正式名称になったからそれで良いよ」 「…政府ってそういうところあるよね」 仮の名前としてつけたものがそのまま正式名称になるなんて、珍しくもなんともないけど。よく私の事務仕事も手伝ってくれる加州清光は、研究レポートやその返信も、よほどのことがない限り見ているのでその点も理解している。 「まあ、それなんだけどさ、亜空間だったら地震とかないんじゃないの?」 「地面、というよりも土台、だからな。本丸という空間を幾つか紐付けしつつ、川か何かに浮かべている感覚に近い」 「あー…そういう」 「ただ、地面が揺れないというだけでその川℃ゥ体に揺れはあるからな。地震に相当するものがない訳じゃない」 「屁理屈は分かったから。敵襲があった時の訓練だったんだよね?」 誤魔化せないな、と思って頷いた。きっと三年前はそんなことはなかったのにな、と思う。大抵何か誤魔化せばそのまま誤魔化されてくれていたのに、最近ではそうではなくなった。それが良いことなのか、そうではないのか分からない。 「避難優先なのは俺たちが特別だから?」 「ああ」 「主たちの血と汗と涙の結晶だもんね」 その言葉に心臓が嫌な音を立てたのを、きっと加州清光には気取られなかった。はずだった。 「…修行、まだかな」 私は加州清光の横顔を、見ることが出来ない。 打刀の極の研究ももう殆ど形になっていた。初期刀勢である五振りは恐らく同じタイミングで実装されるだろうからもう少し先だとは思うが、加州清光の修行は恐らくそう遠くないタイミングで言い渡されるだろう。そうなったら政府直轄の研究員兼審神者として、私が彼を修行に出さない理由はない。鳩は経費で貰っているからこちらとしては長く離れることにはならないが、躊躇いがあるのはそれが理由ではない。そもそも審神者というのは彼らを戦場に送り出す立場なのだ。今更離れるのが辛いなんて人間らしいこと、言えるはずもなかった。 「先に修行行った奴ら見てて、俺は思ってるよ。早く修行行きたいって」 「そうか」 「俺も、主の役に立ちたい」 「…今でも立っているよ」 「もっと」 「もっと、か」 「うん」 否定するようなことは言えない。止めるようなことは出来ない。それは上からの命令でもあるし、此処が特別だからでもあるし、加州清光が加州清光であるからなのかもしれない。 「主」 呼ばれて、ゆるゆると顔を向ける。 「心配なら、お守りをちょうだい」 「お守りなら極を持っているだろう。誰かに渡しでもしたのか?」 「ううん、違う。そういうのじゃなくて、こう…なんていうの? 機能はなくても、主が心込めてくれたやつ」 手作り、と加州清光は笑う。 「…手芸は得意じゃないぞ」 「知ってるよ」 よく、知った笑みで。 「あのね、主。俺は主が鈍いフリするのが得意って知ってるから言うけど、主がよく日記書いてるでしょ」 研究員だった頃の名残で、否、今も研究員でもあると言えばそうなのだが、私の日記はすべて暗号化されている。その暗号の読み解き方は加州清光ですら知らないものだ。私が日記をつけていることは知っていて、時折その様子を眺めたり、読めもしないのに捲ったりを繰り返している加州清光でも、その内容は読めない。 だと、言うのに。 「あの、文字列が欲しい」 息が止まるのだと思った。 「主、俺はね、あの文字列が欲しい」 「………そんなもの、どうする」 「主の字で書いたのを、俺はお守りに入れときたいの」 はたから見ればそれはただの可愛らしい願いだったのだろう。刀剣男士が自らの主である審神者に向かって、自分の名前を手書きで書いてくれ、お守りにするから、と言っているのと同じようなことだからである。でも―――でも。 「分かってるよ、主」 加州清光は答えを急がない。けれども、今伝えなければ、と思っているようだった。 「分かってるから、あっちの方が良いの」 それは、 「俺は主の暗号読めないし、読み解けないし、多分これからも分からないままだから。でも、それだけは分かった。分かったから誰かに見られないようにするし、誰かに見られでもしたら、勿論そんなことならないようにするけど、落書きって言うから」 私が一生分かって欲しくない事実だった。それを加州清光も分かっているのだろう、その声は痛切に、ただひたすら平坦に均されている。 「主、俺に、あの名前をちょうだい」 目に入った爪の先には、今日も美しい紅が塗られていた。 「そうしたら、絶対に主の元へ戻ってこれるって、そう思うから」 ―――返さなきゃって、そう思えるから。 「………俺は、残酷なことを言っているかな」 「…どうだろうな」 やっと、吐いた息は最早了承の色をしていた。返す、なんて。もう、返す宛もないのに。 「俺は、加州清光だよ」 「ああ」 「きっと、此処まで来れたのは愛だよね」 「…ああ」 加州清光は泣きそうな顔で笑った。きっとそれに返す私の顔も、同じようなものだったのだろう。 いつか、そう遠くない未来私は彼を送り出す。彼の最初の楔を渡して、彼が加州清光でしかないことを確認するための旅へと送り出す。 そうして帰ってくる彼が、変わらず今のままの私の加州清光であるように。 20180223 |