きっと届かない夢のために。 君ならなんて言うのだろう 男審神者+清光 研究職員から審神者へと転属命令が出た―――と一口に言えば栄転ともとれる内容だろうし、給料も倍近く跳ね上がったのであったが、それでも人には向き不向きというものがある訳で。別にこうした管理力の必要となる仕事が不得手である訳ではないが、それでも今まで研究一筋で生きてきたのだから喪失感があったのも事実だ。 しかしながらこの本丸は政府直轄の特殊な本丸であって、実のところ審神者としての仕事はそうないのだった。空いた時間は好きに使っていいと新しい上司に言われ、私が一番先に手配したのは研究道具一式であり、それを見た初期刀には苦笑された。 「相変わらず研究するのが好きなんだ」 その頃には充分な交流を経ていた私は、その言葉に対して大仰に驚くことはせずに、ただ笑むだけに留めることが出来た。 「俺に手伝えることある?」 「私の手伝いなんかより、好きなことをしていいのに」 「主の手伝いがしたいんだよ」 出来るならだけどさ、と少し拗ねたように唇をとがらせるその仕草がそっくりそのままで、私はなら時々は手を借りるかもな、と言った。 「データまとめるのは得意だから、そういう時は絶対呼んでね」 「ああ」 じゃ、畑の様子見てくる! と駆けていった背中に、もう何を思うこともしないはずだった。 本丸というのは不思議な空間だ、と思う。刀剣男士の研究をしていた私にとって、こうした亜空間の研究は専門外であったので物珍しかった。景趣を差し替えることによって変わる庭や空、刀剣男士たちを戦場へと送る転送装置、鍛刀のための機械、手当のための機械…などなど。本丸中を調べて回る私のあとを初期刀は楽しそうについて回って、その時既に任されていた他の刀剣男士たちに呆れた顔をされたのは記憶に新しい。 特殊な―――所謂本尊と呼ばれる、刀剣男士たちの大元である彼らは基本的に自由だった。戦場に出る際にも私の仕事はと言えば画面越しに監視をする程度であり、戦術などは彼らに任せてある。時折資料用に話を聞いたりすることはあるので、完全に何もしていない訳ではないと言い訳はしておくが。 昼も、夜も。設定しなければやって来ない空間で、元いたところはどうなっているのだろうと夢想する時間が増えた。外の世界では正常に時間が進んでいるはずだった。それこそ昔流行ったゲームじゃああるまいし、未来が消えた訳でもないのだ。私のいた、可愛がっていた部下のいた世界は、今もなお戦争をしながら輝き続けているのだろう。 彼のいないまま、世界は進んでいるのだろう。 そんな柄でもないことを考えたからだろうか。私の思考は少し、ズレた方向へと転がり出した。 * 「清光」 「なあに、主」 一番最初に私を主と呼んだ刀剣男士、今もこの本丸内をまとめる立場にある加州清光は振り返った。 「どうしたの、また新しい戦場が見つかった? それとも戦力拡充計画?」 「ああいや、どちらでもないんだ」 新たに発見された戦場の調査も、今いる審神者の戦力強化も、確かにこの本丸に割り振られる仕事である。それらをすぐに思い浮かべる彼は、本当に仕事の補佐をよくやってくれている。………まるで、もっと前から知り合いだったように。 「…その、だな」 「本当どうしたの? 主がそんな歯切れ悪くなるんなんて珍しい」 悪い知らせでも来たの、と険しい顔をされたのですぐに否定はした。 だが、なかなか言葉が出て来ない。ああだのううだの普段はしない唸りを延々聞かせた結果、絞り出した言葉は震えているように聞こえた。 「昔の持ち主のこと、教えてくれないか」 刀剣男士・加州清光のためにデータを一から収集したのは私だった。だから今更聞くまでもないことは彼も分かっているのだろう。だから一瞬怪訝な顔をしてみせたのだ。それでも私は聞く。 「回想の発生があっただろう」 「ん? うん。あったね」 「その感想も含めて…、データだけではない実感として、話を聞いてみたいんだ」 嘘ではなかった。一つの切欠。 付喪神プロジェクトを進めていた研究室では、回想という一種の自認プログラムを彼らの一部に組み込む試みもされていた。勿論、私もそれに参加しており、幾つかが実用段階まで行ったことも知っている。だがそれを計測するのは別の研究室であり、この目で見たのは審神者になってからであった。それまでは成功を知っていたもののそれはデータ上の数字でしかなく、目にした時には感動で思わず座り込んだものだったが。 「そういうことなら」 加州清光はにっこりと笑って頷いた。 彼ならそう言ってくれると知っていた。 文献を紐解いてデータとして抽出するのと、まるでそこで過ごしてきた誰かによって語られるものを聞くのとでは大きな差がある。加州清光から聞いた話をレポートにまとめ、元上司のところへとメールを送付する。半ば趣味のように送っているレポートは、今後まだまだ増えていく刀剣男士のデータ抽出作業に大いに役立っているらしかった。 そしてもう一つ。 加州清光にも元上司にも言っていないことも、やっていけそうだった。 運動不足はいけないからと道場にも顔を出すようにすると、加州清光を始めとして多くの刀剣男士が喜んだ。あまり体力のない私でも出来るようにと、手のあいているものがいろいろと教えてくれた。純粋に身体を動かすことは楽しかったし、良い気分転換にもなった。道場という、プログラムされた闘争本能をよく刺激する場所に顔を出すことで、管理を任されている彼らの多くと更に深く関われるようになったと思う。木刀も竹刀も持ったことのない私ではまったく相手にならなかっただろうに、彼らは嬉しそうに自分たちの剣技を見せてくれた。 最初は加州清光も嬉しそうにしていた。 していたの、だけれど。 「主」 ある日、前触れもなく呼び止められる。 「あのね、俺はね。主がその名前だから主を選んだんじゃないよ」 冷水をかけられたような、そんな心地になった。 * 名前というものが如何に大切なのか、私は身をもって知っている。それこそ、目の前にいるものが加州清光であるのと同じように。 「確かに名前は切欠だったと思う。それは俺の感覚としても否定出来ないし、否定するには同じような例が多すぎるのも分かってる。だから否定しない」 緩慢に頷くとでもね、と続けられる。 「俺が主を主って呼んだのは、呼ぶって決めたのは、名前のことがあったからじゃないよ。俺はね、ちゃんと自分で考えて、俺を起こしてくれた人を主にしたいって、そう思ったんだ」 「私を」 「そ」 刷り込みでも何でもないよ。確かに、加州清光が目覚めて名乗ってから、私を主と呼ぶまでにタイムラグはあった。それは真実だ。それは私にも分かっている。だが、だからと言ってそんな突拍子もない話をすぐに受け入れられるほど、私は柔軟ではなかったらしい。 私が芳しい反応をしなかったためか、一つ息を吐いて加州清光は話題を換えることにしたようだった。 「ねえ主、主は日記を何のために書いてる?」 何のため、と問われても。 加州清光は私が日記をつけていることを知っていた。研究員をやっていた頃の名残で暗号化した日記は彼には読めないものだったが。 「俺もね、主の真似して日記書いてるの。俺が書いてるのは、ホントに他愛ないことでさ、今日のご飯が美味しかったとか訓練整備疲れたとか、主がこう言ってくれて嬉しかったとか、まあ、そういう…日々の積み重ね、っていうかさ。………恥ずかしいから誰にも言わないで欲しいんだけど、俺がいた証、ってうか、そんな感じ」 「証…」 「うん。俺たちは多分、この戦争が終わったらまた戻っていくと思うから」 「何処へ?」 「何処でもないところかな」 多分、あのフラスコ≠フ中じゃないんだと思う、と加州清光は言う。 「主は俺たちがどうやって出来たのか、知ってるでしょ」 「ああ」 「俺たちはデータの塊だから。それを制御しているプログラムを壊せばそれで全部終わりだよ」 「…ああ」 どれほど心血を注いで作ったものであっても、永遠のものなどない。彼らのプログラムには厳重にセキュリティが掛けられているが、扉があればそれを開くための鍵を作ることは不可能ではないのだ。 「主には主でいて欲しいんだ。あの人になって欲しい訳じゃ、ないんだよ」 彼は本当のことを言っている、という確信があった。様々な仕草をこの二年、そしてその前と観察して来た。私が、ことに彼に関しては間違えるはずがない。 ああ、と思う。 いつか私はこの手で彼を壊すのだろうか。それとも、その役目は後世の人間のものになるのだろうか。 「もし、主があの人になりたいって思ってるなら、俺、今すごいひどいこと言ってると思うけど」 加州清光が私の手を取る。その爪は赤いマニキュアで彩られている。いつか研究室に落ちていた色。 ―――彼の好きな、色。 「もっかい聞かせて? 主は何のために日記を書いてるの?」 「昔は記録のためだったんだが、今は…そうだな、」 吹き込んできた風に、紙が揺れる。 ―――ああ、もしかしたら。 ―――お前への手紙なのかもしれない。 そんなことは言えないから、 「見果てぬ夢のため、かな」 20170131 |