ダイアリー15/01/14 モブ+清光 歴史というものを改竄しようとする輩がいるらしい。 なんて話を聞いた時はあまりの馬鹿馬鹿しさに政府の役人様の頭は忙しさが少し狂ってしまったのかと思ったけれども、どうやら本当のことらしい。それに対抗するために政府特別監視の下、集められたのがこのチームだ。私は一番下っ端ではあるが、とても心惹かれる研究だ。役に立てれば良いと思う。この日記は新たな一歩を踏み出した私がいつの日にか挫けないように残すものとする。日記を暗号化して書くなんてまるで物語の主人公のようだが、これも機密保持のためである。こんな下っ端の日記など誰にも読まれないだろうが、念のため。 心を喚び起こす、なんて言うとまるでオカルトだが、何てことはない、物体に遺る人間の残留思念を抽出してデータ化するだけの話である。 だけとは言ったがこれが難しい。政府は古来よりこの国に伝わる日本刀を軸にこれを展開させるつもりらしいが、喚び起こしたい刀剣のリストには現存しないものも多く含まれる。それらの残留思念をどうやって集めるか、それが今後の課題とも言えよう。 抽出したデータは特殊な液体に変換することになった。人間が生まれる前に羊水に浸かっていることを考えるとこれは彼らにとっては子宮となるのかもしれなかった。残念ながら男所帯だが。 特殊ガラスの容れ物であたたかみも何もないが、まあ強度は誇れるだろう。 上司が昔の漫画を見せてくれた。人間の材料なんて子供の小遣いでも買えてしまうという主人公の言葉に確かにと頷いてしまった。 私たちがやっているのは人間を作る行為ではないが、データを実体化させるにはその人間の材料が必要になってくる。勿論、それはデータが人型を取ることが出来たらの話であり、まだまだ先の話になるのかもしれなかったがいつかはきっと必要になる。 今日は初めて心を喚び起こすことに成功した。研究室全体がお祝いモードで外から酒を仕入れてもらってのどんちゃん騒ぎだった。 まだ喚び起こされた心は一度目を開けただけで名乗りはしないし、私たちがフラスコと呼んでいる筒状の容器からは出られないようではあるが、これで一つ、実験は前に進んだと言えるだろう。 被験体000003番は未だ目を覚まさないままではあるが、どうやら眠っているだけらしい。残留思念を抽出した液体に浸かりながら何の夢を見ているのだろうか。 願わくばそれが私たち人間と同じものであると良い。 データの集合体が人型を形作るのは自分たちが設計したプログラム上のこととは言え、やはり眠っている被験体000003番を見るとまるで人間を作っているかのような気分になる。 そんな恐れ多い実験ではないはずだが、ここらで気を引き締め直さねばならないのかもしれない。 被験体000003番が眠りの間にやっと名乗りを上げたらしい。私はその場にいなかったのだが三日月宗近と名乗ったようだ。三日月宗近はその元となった刀剣の名である。 成功例、というにはまだ彼は眠りが多いが、それは抽出した残留思念がそれほどに多いことも示している。それならと比較的近代の刀剣の実験が優先して進められることとなった。早く成功例を見てみたい、という皆の気持ちは分かるが、古い刀剣を喚び起こすことも忘れてはならないと思う。とは言え、私にも仕事が回ってきそうでわくわくしている。 三日月宗近に人間の材料を与えるらしい。 天下五剣と名高い刀剣だ、きっと私たちの未来を守る強い力となってくれるだろう。 伝承のみでしか現存しない被験体000005番、000009番、000011番も人型を取ることに成功したらしい。会話や目覚めはまだ先とのことだが、これは近代の刀剣を軸にした実験が待ち遠しくなってくる。 古来よりこの国に伝わる存在より、この研究は付喪神プロジェクトと名付けられることになった。 神、とは。 私たちはとんでもないものを相手にしているらしい。 * 私にも部下が出来た。 初めての部下である。政府の何重もの検査をクリアし、試験にもリーダーの面接にも受かったというのだからどんなエリートが来るのかと思いきや、普通の奴だった。年にすれば弟、と言ったくらいだろうか。底抜けに明るい奴で少し、そそっかしい。目が離せないと上司に愚痴を零したら、まるで親のようだな、と笑われた。あれの親、か。 悪くない。 研究は軌道に乗ったと言えるだろう。 今日もまた一つの心を喚び起こすことに成功した。彼は陸奥守吉行だと名乗った。担当者がこの時代には珍しい土佐弁を操る人間であったためか、同調に成功したらしい。まだ陸奥守吉行はフラスコからは出られないが、担当者と会話することが楽しそうだ。あれならすぐにフラスコの外に出ることが出来るだろう。いつの間にか人間の材料を与えフラスコから出すことは受肉と呼ばれるようになっていた。ますます神か何かを相手にしているようだ。 受肉を終えればまた今度は分祀(これもまたいつの間にか付いていた呼称だ)出来るように調整を入れなければならないらしい。三日月宗近などはそれが難航しているようだったが、陸奥守吉行は楽しみだと言ってくれたそうだ。私たちの担当する刀剣もそう言ってくれることを願う。 研究室にマニキュアが落ちていて、誰かが女性を連れ込んだのではないかと問題になった。ちなみに此処は男所帯だ。男女平等の意識は勿論あるが、秘匿された研究であり所員たちは寝泊まりも此処でしている。何か問題があってはまずいと上は思ったのだろう。…男所帯だからと言って何の問題もないかと問われれば、そこは言葉を濁すしかないのだけれども。 ちなみにマニキュアは部下のものだった。 上司命令でげんこつを食らわせておいた。 陸奥守吉行の一件を受けて私は異動となった。 異動、と言っても小さな研究室だ。今までいた班を引き抜かれて新しく作った班の班長となったという話なのだが。下っ端なのだから大抜擢と言えるだろうが、その理由が理由であるのだか素直に喜べない。 「前の持ち主と同じ名前の方が彼らも嬉しいだろう」と言うのが私を班長に据えた上司の言い分であるが、あまりに適当な気がする。別に私はその持ち主とは多分関係がないというのに。 だがしかし、これも何かの縁だ。被験体000805番を喚び起こすために尽力しよう。 部下の件の弁明を一応書いておこうと思う。 彼は別に誰かを連れ込んだ訳ではなく、機密漏洩をした訳でもないことは彼の名誉のために必要なことだと思ったからだ。ちなみに彼はげんこつと減俸を食らったがそれ以外には何もなく、今まで通り私の部下をやっている。被験体000805番の研究も順調だ。 マニキュアの件は元々そういう趣味だったのだと言う。あと、マニキュアと言っていたがどうやらペディキュアというものらしい。手にすると研究の邪魔になるため足にしていたそうだ。だから今まで誰にも気付かれていなかったのかと笑ってしまった。捨てられた子犬のような目をするので別に好きにすれば良いと言っておいた。 他の班とぶつかった。私が名前のおかげで班長などをやっていることが気に食わないらしかった。勿論それだけではないと上司は言ってくれたが、それも一役買ったことを知っている身としてはただ聞き流すことしか出来ない。 それに食って掛かったのは部下だった。暴力沙汰になりかけて慌てて割って入ったら私が両方から拳を頂いてしまった。 あとで上司に慰められた。 思いの外長い休みをもらってしまった。一応この研究室にも休みというのは存在していたらしい。ほぼ監禁の生活だったし研究が楽しくて忘れていた。 休んでいたら同僚が謝りに来た。ついでに現存しないもの・諸説あるものを喚び起こす際の情報抽出先につての議論が盛り上がった。彼とて悪いやつではないのだ。 私たちは同じ未来を守ろうとしている同士である。 部下が謝りに来た。 捨てないでください、と言う子犬のような彼に私は笑ってそんなことはしない、と言った。そもそもこの班には班長である私と部下である彼しかいないのだ。彼がいなくなれば私は一人で被験体000805番を喚び起こさなければならなくなる。出来ないとは言わないが、私は彼がいてくれた方が楽しいことをもう分かっている。照れくさいので本人にはそう言わずに、一人では難しい実験だ、と言っておいた。ついでに日頃の彼の仕事ぶりを褒めておいたら私以上に照れていた。 * 被験体000805番はなかなか人型を取らない。 諸説ある刀剣だからか何処かで情報が入り混じってしまっているらしい。その辺りの整理を付けてやれば安定すると私は考えている。しかし、遣り方が見つからない。 痛ましい事故が起きた。 他の班のことだが、実験中に一人の研究員が生命を落としたのだ。その経緯は伏せられたが、どうやら私たちの班と同じく入り混じった情報の整理をつけようと無理をした結果らしい。 「直接抽出データ媒体に触れてはならない」 それが上司から再度言われたことであり、私たちはそれ以上の詮索を許されなかった。 私の班ではそんなことは起きないようにしたい。被験体000805番が人型を取らないことはもどかしいが、だからと言って私の部下を危険に晒すことを望んではいない。私が欲しいのは功績ではなく、正しい未来である。 先日の事故で生命を失った研究員の葬儀が研究所内でしめやかに行われた。 彼の遺体は残らなかったらしい。 依然として情報の整理は上手く行かない。データ分析が得意だと豪語していた部下が日に日に落ち込んでいくので外から取り寄せた彼の故郷の品を振る舞ってやった。泣きながら一生ついていきますと言われた。 一生はついてこなくて良い。 最近部下が私が寝た後も作業しているらしい。くまが酷いので問い詰めたら薄情した。 「先輩の役に立ちたかったんです」などと言われてしまえば怒るに怒れない。 先日事故で研究員を失った班の被験体が人型を取ったらしい。事故は事故で二度とあってはならないことだが、プロジェクトが上手く行っているのならばきっとそこの班長にとっては慰めになるだろう。 …なんて言うのは皆、上辺だけで言っていることだ。 どうして今まで上手く行かなかったデータ整理が上手く行ったかなんて本当は全員が分かっている。知らないふりをしているだけだ。亡くなった研究員はデータ分析が得意だったらしい。部下は個人的に交流があったらしく、二人はライバル関係だったようだ。そんな存在を失って悲しいのは分かるし、仕事に打ち込むことで何かしら吹っ切れるものがあるのならば私に止める権利などない。 例の班の被験体は目を覚まし、名乗ったそうだ。その名は伏せることにする。 今後、このようなことが起きないためにも。 私の所為だ。 もっと強く止めていれば良かった。 あんまりだ。 部下の葬儀が行われた。 彼には身内がいなかったらしく、部下の遺品は全て私に預けられた。中には日記もあった。勝手だとは思いつつ中を見させてもらったら、私と同じように暗号化して書いてあった。けれども法則が丸見えだ。あまりに簡単だ。どうしてあんなに頭が良いのに肝心なところで馬鹿なのだろう。 日記の中には私のことばかりが書いてあった。 守ってやれなくてすまない。 班は私一人になってしまったが被験体000805番の担当はそのまま私で続行するらしい。未だ他の人員異動の話は聞いていない。 私一人で充分だ。 被験体000805番が人型を取った。 私一人になった班に補充はないままだ。 私の班は未だ私だけだ。それで良い。部下を見殺しにした班長の下になど誰も付きたくないだろう。上司に要るかと問われたが首を振っておいた。 被験体000805番は目を覚まさないままである。 こんなことを願うのは間違っているが、ああ、被験体000805番、どうか、このまま、目を覚まさないでくれ。 * 000805番が目を覚ました。自らを加州清光と名乗り、私のことを主と呼んだ。 分かった。そうであるのならば私は研究者としてお前に寄り添おう。 加州清光の安定は速かった。受肉は必要なかった。 今日フラスコの外に出たが歩き方も刀剣の使い方もちゃんと分かっているらしかった。時々何もないところで転ぶのが心配だが、きっとそのうち慣れるだろう。 加州清光は比較的分祀しやすいようだった。それもこれも彼のおかげなのだと思うと胸が痛むが、私に出来ることは遺された加州清光を未来に生かすことだ。 なんてことだ、というべきなのかもしれない。 でも私は何処かでほっとしていた。これで付喪神プロジェクトは凍結になるだろう。一研究者としてどうかとは思うが、彼の犠牲の上に成り立つプロジェクトなど、私は要らない。 謹慎処分が下された。加州清光の主という位置づけである以上、私には一担当以上の責任が負わされるらしい。このまま研究員から異動だろうか。そういえば心を喚び起こし実際に戦う役職は審神者と名付けられたらしい。こちらの付喪神プロジェクトと同様、まるで彼らが本当に神であるかのようだ。 事実、もしかしたらそうなのかもしれない。 部下の死は、天罰だったのかもしれない。 謹慎中は流石にやることがなくて暇だ。自室にこもっているだけなのだから独房と同じだ。 ちょうど良い機会だ、部下の身に起こったことをまとめておこうと思う。部下はあの日も、私が部屋に帰った後も作業を続けていた。データの整理、ただそれだけを彼はやっていたはずだったのだが、何を思ったのか彼はフラスコの蓋を開けた。そして、落ちた。データ抽出媒体に触れたということだ。 データ抽出媒体というのはその名の通り抽出したデータを一纏めにしておくためのもので、謂わばノートのようなものだ。それを人型に結晶化させるには液体が一番良いので液体にして使っている。媒体にとって最も記録しやすい形はデータであり、媒体は接触したものを記録するようプログラムされている。強化ガラスはそれが外に漏れ出さないよう設定されたものであり、つまり、そういうことだ。もうこれ以上は書きたくない。 駄目だ、私には、まだ、彼が、 悩んでいても仕方がない。部下がもう居ないことは事実なのだから。私は一人でも立たなければならない。けれどもすまない、お前の遺したものはきっと駄目になるだろう。私に出来るのはもうこれ以上こんなことが出来ないように、あらゆる記録を消し去ることだけだ。 事件後初加州清光に会ってきた。突然部屋から呼び出されたと思ったらまさかの面会だった。 彼はずっと泣いていた。 「ごめんなさい、主。俺、主のこと悪く言われて耐えられなくて。主の言うこと、ちゃんと聞くから、捨てないで」 そんなことを言われてしまえば私に選択肢などないも同然だ。 上は付喪神たちに刀剣の使用許可範囲設定を加えることに決めたらしい。 加州清光の安定性、分祀のしやすさ、そして何より今回の事件で主への忠誠心が強いということが証明されたから、だそうだ。笑ってしまう。 正式に辞令が出た。 * * 「あーるじ、また日記?」 ひょっこりと後ろから顔を出す。 「こら、勝手に人の日記を覗くな」 「いいじゃん、いいじゃん。主の文字、暗号化してあるから読めないし〜」 「なのに覗くのか」 「だって主の字、俺は好きだし」 なんか可愛いよね、という彼の手には赤いマニキュアが光っている。 此処は平和だ。プロトタイプである彼らは万が一の時のため、という名目であまり戦に出ることはない。訓練は欠かさず行っているが、普段はこの不思議な空間でただのんびりと、いろいろな情報分析を行っている。新勢力や謎のマップの出現があれば先行するし、何よりも分祀には課せられたレベルキャップというものがない。相手の力を測るために調節することはするものの、基本的には彼らは自由だ。 彼らは、人間よりも強い存在なった。 その名の通り、神のように。 それでも彼らが人間に刃を向けないのはきっと、一重に彼の存在があるからだろう。 「でもこれだけは分かるよ」 にこにこと、加州清光は一つの単語を指でなぞった。優しい仕草で、嬉しそうに。先ほど日記を最初から読み返してまとめて、まるで日記のようになったので添えた単語を。 「これ、俺の名前でしょ?」 法則はぜんぜん分かんないけどね〜、と加州清光は笑う。 違うよ清光、それはお前の名前だけどお前の名前じゃあないんだよ。 私は笑った、ただ只管に微笑んだ。 また、終わらせられない二〇一五年がやって来る。 *** 20160923 |