大好きだった花の髪飾り。
砕かれて、もう、つけられない。

―――クロハコ「天使からの餞別」より抜粋


小さなあの子と手を繋げるように ビストロ

 その記憶は、どんなに楽しいことがあっても、上塗りされることはなかった。あの時の哀しみと、心にぽっかりと穴が空いたような喪失感。今も髪は短いから、髪飾りなんて付けないけれど。
「―――…」
今更思うことはないはずなのに、一度味わったものは忘れまいとする人間の身体の造りなのか、ふとした瞬間に思い出されるのだった。今を幸せでないとは言わない、今までのことも否定するつもりもない。それでも一瞬、一瞬。立ち止まる度に思い出されるのだ。まるでまだ昇華出来ていないと、そう囁くように。
 悪いものではないはずなのに。
 どんな記憶であろうとそれは確かに自分のものだ。悲しかろうと、怒りを覚えるようなものであろうと、それで幾ら涙を流したのだか分からずとも、確かにそれは自分のもので、今の自分を形成する一つなのだ。それをずっと気にし続けるというのは、少し、違うような気がした。
 悲しいことは悲しい。それはそれで良いとは思うけれど。

 そんなふうに思い返していた時のことだった。寒い地方では雪の積もる季節になって、純水で出来た氷がたくさん取れたからと、北に住む知人が氷を送ってくれた。透き通る石、とでも表現すれば良いのか。濁りが一切ないその氷は、その向こう側まで良く映した。氷菓というのは夏に作るものとは思ったが、こんなに綺麗な氷をそのままにしてしまうのももったいない。急いでレシピがなかったかと部屋を漁ってみると、
「!」
出てきたのは、いつか書いた氷菓のレシピ。
―――空を映す梅。
走り書きの文字が、書いた時のことを思い出させた。
 空を映す梅。それは雪深い山間部に伝わる話だった。透けるような青空を映すように咲いた梅の花、それを見た人間は一つだけ、願い事を叶えられると言う―――美しい、けれどもその裏を考えればとても悲しい話だと、聞いた時は思ったものだった。それを模した氷菓を作ることが出来れば。そう思って書いたものだった。勿論、自分の体質を考えればそれは決して思ったように美しいものにはならないだろうが、それでも。
 いつか、仲間が作って誰かが口にするように。
 作り始めた氷菓はやはり、思い通りにとは行かなかった。花だったはずのものは髑髏になり、牛乳を掛ければ途中から色が変わっていく。レシピ通りに作っているはずなのに、やはりうまくはいかない。しかしそれでも出来上がったそれを、一口、含めば。
 舌の上からつま先まで、ふわりと香る優しい甘み。
「―――」
誰も周りにいなかったからか、ほろり、と一粒涙がこぼれて消えた。
 あの頃の自分が、泣いていた自分が、笑ったような気がした。

***

20160923