美しい名前 羽黒ちゃんと羽黒くん

*轟沈ネタ
*菊花クロスオーバー
*少しだけ双方で駆逐艦神風を捏造



 沈んでいく艦というものは何度かその目でしかと見届けて来ていて、けれども経験するとなるとそれはどうにもじれったい程にゆっくりに感じるのだと思った。いち、にい、さん、と数える傷の数もきっともう意味がない。ぼんやりと浮かんでくるのは離脱させた神風のことだった。無事に逃げおおせられただろうか。きっと大丈夫だ、アイツだって此処まで生き延びてきた艦なのだから。目を瞑る。ああ、水というのは、海の中というのは、こんなにも暗いものだったのだろうか。もう、あの光り輝く菊花の紋章が、見えない。
 幸運艦、とそう呼ばれる程度には死線を潜っている自覚はあった。けれども自分が沈まないと言うことは他の艦が沈むことだと、そういう自覚もしていた。自分の避けた魚雷に当ってしまった摩耶のように。もう服はただの布切れ以下の存在だった。いち、にい、さん、連なった穴を見つめながら思うのは神風のこと。泣き叫ぶあの子に作り上げた冷酷な声で、離脱を命じるのは本当に酷い行為だったと思う。けれどもそれは正しい判断だったはずだ、それをきっとあの子も分かっている。目を瞑れば微かに感じていた光もきれいに消え失せて。もう、提督の誇りである菊花の紋章が、見えない。
 掌が合わさる感覚がした。
 「…お前は」
「…貴方は」
海軍の帽子をかぶった背の高い青年と、濃い紫の衣装を身に纏った少女。
「俺、だな」
「私、ですね」
何の根拠もなく、敢えていうのならば身体の底から沸き上がる魂の鼓動。
「…お前も沈んだのか」
「…ええ、そうですね」
「俺は神風の囮になったんだけど」
「私もです」
合わさったままの掌を、どちらからともなく握り合う。同じはずなのに、その大きさは大分違う。
「神風は無事だろうか」
「あの子なら、大丈夫ですよ。我が侭で泣き虫ですけど、でも良い子ですから」
「そうか。俺ンとこのやつは、理屈屋で馬鹿正直なやつだったな」
「その子もきっと大丈夫ですよ」
「…お前が言うんならそうなんだろうな」
笑う。方や気が強そうな青年、方や気の弱そうな少女であるのに、同じ笑い方をしているような気がした。
「そろそろ行くか」
「そうですね、行きましょう」
繋いだ手はそのままに、暗がりの中を歩き出す。何を言わずとも向かう方向が同じことはもう分かっていた。そして、恐れるものなど何もないのだと。
 艦に死はない。あるのは終わりだけだ。だから誰かがまたその名前を呼ぶ、その時まで。
 「羽黒」「羽黒さん」
 おやすみなさい。



いつかまた、その名前を冠する艦が生まれることを願って。




image song「美しい名前」THE BACK HORN



20131004



20180509 編集