痛みの証明 扶桑+俺提督

*良い子のみんなも悪い子のみんなも中途半端なみんなも作中の行為は真似しないでね



 「提督」
何処で覚えてきたのか。人の口にガーゼを突っ込み水を垂らして来るその楽しそうな様子を、ぐりぐりと痛んできた目で見つめながらそう思った。元はといえば食道にガーゼを張り付かせ、それを勢い良く剥がすことによる食道への損傷と、それに伴う吐き気により嘔吐して、その傷を更に痛ませるという、何ともまぁまどろっこしいがかなり酷な拷問から来ているはずだ。喉に張り付くそれは食道まで達しているようには思えないが苦しいのには変わりなく、またがっちりと拘束された腕や、固定された首も加味して考えるとこれは紛うことなき拷問であるのだろうが、そのひどく楽しそうな表情やらそのきらきらとした瞳に浮かぶ愛惜やら。それを見逃せるほど、司令官を務めた年月は短くない。
「ていとく」
夢を見るようなとろりとした響きを、その唇から零して。
「苦しい、ですか?」
口腔内に進入してきた指が、そのガーゼの張り付いた部分を擦る。ぶわり、とそこから熱が広がるような気がした。灼け付くような、焦らされているような。ぞわぞわと、背筋をなぞられているような感覚。骨の内の、束になった神経を一本一本、解きほぐされているような。
 目の前の全てが弾けるような心地がした。
 「ぐ、うぇ、あ…ッ、ぉえ、えはっ」
何を思うより先に湧き上がる嘔吐感に咳き込み、みぞおち辺りに力を入れる暇もなく内容物が逆流を始める。
「ひ、あッ、が…ッ」
燃えるような痛みが喉から広まって、全身に痙攣が行き渡った。固定された首のままで何とか吐き出したそれの色など、確認する余裕もない。
「あらあら」
頭上から降ってきた声は残念と言うべきか、いつもと変わらないものだった。穏やかな、声。これとて日常の一部と言うような。
 否、きっと彼女にとっては日常と言っても差し支えのないものだったのだろう。幾つの生命が彼女の目の前で、彼女の手の届くところで最期を迎えたのだろう。人間ではない彼女にそれをどうにかすることなど出来ずに、しかしそれでも彼女―――彼女たちと言い換えるべきであろうか―――は、人間と同じその感情を棄てることも出来ずに此処まで来たのだ。
 例えばそれが表面に、入渠でどうにか出来るようなところには現れない、彼女たちの深層、目に見えないところが、そう、所謂心という部分が、壊れるとまでは行かずとも何処か可笑しくなってしまっていても、何ら不思議ではない。
 「痛いですよね、提督」
首の固定も腕の拘束も、そこでやっと解かれて、どうにかこうにか平衡感覚も危うい身体で喉を掴む。
「痛い…です、よね」
そう言いながらすまなそうな様子は微塵も見せずに、彼女は手を伸ばした。触れた指先が頬を滑り何かを拭った感触で、やっと涙が溢れていることに気付く。
 扶桑、と。それは傷付いた喉では言葉にならなかった。明日も仕事があると言うのに、どうしろと言うのだろう。そんな現実的なことすら頭を過ぎる。霞む視界で震えながら伸ばした手は、そのまま彼女に包まれた。先ほど吐き散らかしたものは彼女の服を汚しているのに、それすら気にならないかのようなひどく、やわらかな表情。
「提督」
いたいでしょう、と彼女は尚も繰り返す。痛いでしょう、痛いですよね、痛いはずです。穏やかな焔を灯したそれは限りなく凪いでいるのに。
 「痛いのは、生きているからなんですよ」
泣いているようにしか、見えない。
 あたたかな腕がふわり、身体を引き寄せる。
「提督は、これからも痛がらなければいけません」
零距離。心音の代わりに聞こえる機械音は。
「ずっと、ずっと。出来るだけ、長く、痛がっていてください」
ああ、どうして。こんな彼女を責めることが、どうして出来ようか。



20130820



20180509 編集