たった一つのものさえ在れば
現の証明 イオキベさんと花森くんその他全てが虚ろであろうと 何ら問題はないのだ 蝶でなくとも、君に群がれるか? 眠っている彼はまた一段と、人形のようで美しい。群がる蝶さえもとり込みそうな、そう、まるで彼自体が概念のような。 気付いたら、手を伸ばしていた。 「イオキベさんっ!」 その瞬間、はっと目が覚める。 「最近お昼寝ばっかで構ってくれませんよねっ」 どうやら眠っていたらしい。とすると、先程のは夢のようだ。 「…イオキベさん?」 「…君の、夢を見ていましたわ」 はーっと息を吐く。最悪だ、との気分を滲ませるように。夢で良かったのが半分、少し残念なのが半分。 「僕の夢ですか? それは怖いですね」 「怖い?」 にこり、と言った彼に私は繰り返す。 「だって、僕はこうしてイオキベさんの隣に存在しているじゃないですか」 それの何が怖いと云うのだろう。疑問が顔に出ていたのか、彼は続ける。 「イオキベさんは夢を見ている時、あァ、これは夢だ、って分かるひとですか?」 首を振る。 「なら、分かるでしょう? この怖さが」 すう、と距離が縮まった。 「何処からが、何処までが、夢なんでしょうね?」 近付く唇からもれる吐息はあまりに薄い。彼は―――彼は、本当に存在(い)きているか? 「幼い頃読んだ本に、こういうのがあったんです」 とても楽しい夢を見た―――現実と寸分違わぬ幸せな夢を。それが、私はとても怖かった。 「怖い、ですね。信じているものが虚構だなんて良くある話ですが、世界そのものがそうだったら」 夢も嘘も、同じ幻。 「ねぇ、イオキベさん。貴方はどちらが嘘(ゆめ)だと思いますか―――?」 「イオキベさん、事件です」 またも私は彼の言葉で微睡みから掬われる。 ―――ゆ、め? 一瞬おいて起き上がろうとすると、重い。目の前には美しい薔薇。どうして彼はこうも人の上に乗ってくるのだろう。 「今度は何ですかい…。君が持ってくるものに大したものなんかないでしょうに」 「酷いですねぇ。今度はちゃんとした事件ですって」 人の腹の上から飛び降りて、ほらほら早く、と幼子のようにはしゃぐ彼に、重い腰を上げる。 『どちらが嘘(ゆめ)だと―――』 浮かんだのは、あの薄い動き。ふ、と唇が歪んだのは、解えなど分かりきっていたからだ。 「…そんなのは、若者の特権ですわ」 「?何の話です?」 「君には関係のないことです」 「あーッもう。そうやってすぐにはぐらかすんですからー」 今更ロマンチストぶる必要もない。何せ、私は蝶ではないのだから。 * (あァ、なんてばかばかはしい!) * 20120312 ***
本物≠ナあることに意味はなく
美しい人形 イオキベさんと花森くんただそれであり 且つ 生きている≠ニいうことに 意味があるのだろうか *「現の証明」続き 「イオキベさん、事件です」 そう言って彼が持ち込んできたのは、一体の美しい人形だった。 「何です、それは」 「だから事件です」 繰り返してずい、と押し付けられる。やたらと精巧なそれは、今に動き出しそうであった。 「これはですね、ある人形師の作品なんです。わりと有名なんですよ」 イオキベさんは知らないでしょうけど。そんな皮肉は痛くも痒くもないのだが。 「で、これのどこが事件なんです?」 「せっかちですね、イオキベさん」 焦らす君が悪いンでしょうに、と思うも、若造にそんな言葉くれてやる理由もない。こちらにもそれなりのプライドというものがある。ふと落とした視線が人形に絡んだ。濁った蒼の眸。まるで――― 「彼は人間を人形に変えてしまうんですよ」 ―――生きているような。 「…で? その人形師が何処にいるか知ってるンですいかい?」 「さァ? ただ各地を旅して回っているとしか」 呆れる。 「君の情報はどうしてそう、何処か足りないんですかねぇ…」 ぽん、と人形をソファの脇に置いた。そのまま立ち上がる。 「ア、何処行くんですか?」 「久々にドーナツでも食べたくなったんですわ」 「僕も行きますっ」 とたとた、という軽い足音を背に感じ、晴れ渡る空を見上げる。 「イオキベさん、あの人形どうします?」 「どうもこうもしませんが」 人形師の居場所が見当もつかないのならどうしようもない。 「要らないのなら僕にくださいよ」 無邪気に覗き込んでくる眸に、少し不安に似た焦燥を抱く。 「…あァいうのが趣味なんですかい?」 「まァ、わりとすきです」 「好きにしたら良えですわ」 断る理由も見当たらなく、そう言うことにした。 「イオキベさんは嫌いなんですか?」 きれいなのに、と拗ねる表情を盗み見る。 「あまり好きではありませんな」 思い浮かぶのは身動ぎ一つせずにソファーに横たわる肢体。美しい、そう彼は確かに美しい。けれどそれが近付いてきた途端、私は途方もなく迷子の子供のようになる。 「…まァ、会ってはみたいですな。その人形師には」 「イオキベさん、人形になりたいんですか?」 「そうじゃありませんわ」 してみたい人間ならおりますけど。口には出さない、出す必要もない。もしかしたら、本当に人形にしてしまえば、この胸に去来する恐怖にもにた感情とおさらば出来るのかもしれない。 「私はわりととんでもない奴なんですかねぇ…」 「? まァそうですね…?」 見てくれさえあれば構わないと、そうとも取れる自分の思考。だけれどきっと、それが本当になったら、私はまた他の感情に囚われ、今度こそ逃れられないのだろう。ハデスに乞うたオルフェウスのように。 永遠になってしまう美しさなど、彼には似合わず、そして自分にも必要ないのだろう。 * (薔薇は朽ちるから美しいんですかね? ケケケ!) * 20120315 *** 干渉の傷跡 イオキベさんと花森くん 「イオキベさん、今日はキスの日らしいですよ!」 飛び込んできた白色に、溜息を吐いた。これならば、いつものように事件にもならない事件を持ってこられた方が、幾分楽だったのかもしれない。ろくなことになる気がしない。…まァ、それが事件でも同じ、なのだが。 「だから何だっていうンです。その辺のご婦人でも誑かしてしてくれば良いンでは?」 「…イオキベさん、僕にそんな印象抱いていたんですか?」 ひどいです、ぷうと頬を膨らますその動作は子供じみていて、それでもそれが絵になるなんて思ってしまうのだから救えない。 「キスですよ? 素敵じゃないですか」 くるりと回ってきらめく空気を飛ばしてくるも、無視する。みえないきこえないみえないきこえない。私からの反応を諦めたのか、彼はソファに沈み込んで、その背で頬杖をついた。 「イオキベさんはそういうのに、夢、見なさそうですよねぇ…」 それが艷めいて見えるなんて気の所為だ。 「君は夢を見るタイプなンですかい?」 「一般論ですよ、一般論」 ふいよ、と指が振られる。しかしながら私の目線はそちらにはなかった。あァ、こうして目を伏せると、睫毛が長いのがよく分かる。 「接吻けというのは昔から呪いを解くのに使われているじゃないですか、茨姫然り。子供向けに改変された白雪姫もそうですよね? ひとは馬鹿馬鹿しいと思いながらも接吻けに夢を見ているんです。しかし一方でそれは他者からの干渉であり、本来ならば必要のないものだと唱える人々もいます…」 「切欠は内包されているものだということですかい?」 「ええ」 頷く。 「ひとは、すべての可能性を秘めていて、自分でそれを使うことができる。それに気付いていないからこそ、宗教が生まれるのかもしれませんね」 目覚めさせてくれたひとを、王子と、神と、名前をつけるように。息を吐いて、彼は顔を上げた。色素の薄い髪がさらり、と揺れる。その下の薔薇が影から顔を出す。 「イオキベさんは他者からの干渉を必要としなさそうですね」 最近よく干渉してくる人間の台詞ではないと思う。奇妙に煌めいた眸が近付いてきて、しまった、と思った時にはもう逃げられない。…薔薇のくせに、蜘蛛のような動きを、する。 「でも僕は―――それでありたいんですよ」 貴方を変える切欠に、どうしようもない傷痕に。 「イオキベさんの今までのそれを―――全部消すような」 やたら乾いたそれは、確かに甘かった。 * (目覚めさせて、どうするって云うンですかね) * 20120523 *** |