悲しき人間の性 ぐだエル

 君は恋をしているんだね、とエルキドゥは言った。オレは少し悩んだあとにそうかもね、と返した。
「その話を聞いても?」
「面白くないと思うよ」
「それはボクが決めることさ」
そう言って笑う頬はとても美しくて、泣きたくなって、けれども彼の言葉を拒否することなんてオレには出来ないからオレはそのまま殺すべき恋の話をするのだ。



眺めのいい部屋で生まれた恋だから柩に入れるサフランの束 / 松野志保

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生憎懺悔など持ち合わせておりませんので 巌ぐだ

 ねえどうして変な話をします、と前置きをする。誰だそれは、と言ったその人―――実際のところ彼は人ではなくてサーヴァントであって、私はどうしたって彼と同じ土俵には立てないのだけれども―――はすべて分かっているような顔をしてみせたのに、既に失敗したのに、私に甘すぎるのに、それでも私は彼のその非情とも言える甘さがこの上なく好きなのだ。否、彼のことなら何でも好きだった。彼のものなら何でも好きだった。
「私、夢の中で戦ってきたんですよ」
「聞いた」
「それでですね、宣教師と名乗る人に出会ったんです」
「そうか。舞台になった年代を考えればおかしくもない話…だろうな」
「そうかもしれません」
何もかもがおかしかったと言えばその通りで、それ以上に私の言うことはなかった。この先に幾多重なる苦難が待っていようとも、私は私で生きるだけなのだ。
 その人が私を、殺すその日まで。
「その人は、貴方にとても良く似ていた」
「そうか」
「そんなことがあるんでしょうか」
清姫にも玉藻の前にも、似ている人がいた。彼女らは違うと言った。頼光や酒呑童子とは違う、彼女らはサーヴァントではなく人としてあの不可解な特異点で生きていた。
「貴方も、人だったの」
「さあな」
それはお前の方がよく知っているのではないか、とその人は言って、それから煙草を取り出した。
「吸うか」
「いつもなら頷いたけれど」
「そうか。―――悪趣味なやつだ」
「何とでも」
 火を付ける音がする。吐き出される息、よく知っている香り。
 そうして合わせた唇は、ただその人の味がした。

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在りし日に還る ぐだデル

 その時計、壊れてるんじゃないのか、と指摘したらその少年―――もう定義が面倒なのでこの際少年で通してしまう、事実少年であるにはあるだろうのだし―――はアンデルセンでもそんなこと気にするんだ、と言った。一体お前には俺がどんなふうに見えているんだと一度問うてみたくなったものの、それを言うよりも先にアンデルセンもオレに興味が出て来たってこと? なんて馬鹿馬鹿しい言葉を続けられたのでげんなりした。
「お前は一度、本気で言葉を紡いでみようとは思わないのか」
「紡ぐって言うんだ」
「………」
今更其処を言うのかと思って言葉に詰まっていると(作家にあるまじきことである!)、少年はごめん、と謝罪を口にした。その頬に申し訳無さは微塵も乗っていない。
「馬鹿にした訳じゃないよ」
「そんなことは分かっている。お前にそんな高等な真似が出来るものか」
「でも、ちょっとは思ったでしょ」
「今更だと思っただけだ」
「うん、そうだね。本当に今更だ」
でも今更気になったんだよ、と少年は言う。余裕が出て来たからなのかな、なんて思ってもいないことを付け足して。余裕なんて何処にもない世界で、そんな言葉を教え込んだのは誰なのか。それをアンデルセンは誰よりも知っているからそれ以上は何も言わなかった。言っても言わなくても自分の首を絞める羽目になるのなら、言わない方がまだ幾らかマシだった。本当に毛ほどの違いだっただろうが、その毛ほどの違いが大切だった。
「本気の言葉なら、もう紡いでるよ」
「そうか」
「アンデルセン、好きだよ」
 結局、時計が壊れている理由もそれを持ち続けている理由も、聞けはしなかった。



「この時計、遅れてるよ」「いいの。そのままにして」「なんで」「正確なものなんて息が詰まるわ」
紫水皐月

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かみさまのいる世界 天ぐだ

 かみさまだよ、と言うとそんなことはありませんよ、と返されるのは最早当たり前の会話だ。意味はなく、おはようとかこんにちはよりも今日はいい天気ですね、と言うようなもの。どうでもいい冗談みたいなことを言い合える、きっとその事実の方が重要で、わたしと彼はきっとそれ以上にはなれない。なってはいけない、そんなことを思うのに。
 ああ、と思う。
 その笑みを見る度にその願いを聞く度に、彼もわたしもかみさまではないからどうにもならないけれども、人間というのは人間だったものはそれなりに正しく生きることが出来るなんて、そんな、傲慢なことを。



あの人は神様じゃない じゃないけどきれいな心臓持っている人 / 黒木うめ

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水槽に寄す ぐだデル

 ごぽり、ごぽりと音がする。それがいつだってハンス・クリスチャン・アンデルセンの耳に、英霊になってからと言うものこびりついて離れない音であった。そもそも記録や記憶は連続しないはずであるのに、これが何度目の召喚かも分からないのに、アンデルセンはいつもだ、と思うのだ。何度もこれを経験している、と思うのだ。そんなことはないだろう、ないだろうにこれが間違いなはずがないとそんなことを思う心もあって。何が本当なのか分からなくなっていた時、不注意で水槽に落ちた。何を言っているのか分からないとは思うが水槽に落ちた。何の水槽だったのか、もう覚えてはいないけれど誰かに頼まれて様子を見に行ったはずだった。水槽の中で、ああ、と思った。これだ、と思った。水槽の中から頭だけ出して、心配しているマスターに向かって、アンデルセンは言ったのだ。
「俺は此処で暮らす」
 まるで母親の胎内に戻ってきたかのような居心地の好さだった。その日からアンデルセンはその水槽の中で寝起きするのはまるで最初からそうしていたかのように簡単だった。マスターなどは毎日毎晩様子を見に来たが、アンデルセンが水槽から出て暮らすことを約束することはなかった。
「なあマスターよ、俺は此処で産まれたんだ」
じわじわと蘇る記憶を少年にまるで寝物語のように語ることの愉快さよ。
「だから此処にいるのが一番良い」
「でも、」
「ああでも、こんな形じゃなかったと思うんだが…何故だろうな」
「よくあるちょっと違った形で召喚された時の、ええと、何かじゃないの。よくいるじゃんそういうサーヴァント」
「そうなのかもしれないな」
 そうだった方がお前には良かっただろうな。

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未来の彫刻 ぐだデル

 踊っている、と感じた。誰かが、何処かで。
「何だ、それは」
「何って言われてもなあ、思っただけだから」
直感だよ直感、と言えばアンデルセンは少し顔を顰めたあとに笑って童話作家よりお前の方がずっとロマンチストなんじゃないか、と囀った。
「そんなことないでしょ」
だから俺は笑う。だって俺は知っている。
 踊っているのはアンデルセンだった。水と一体化して、それでも尚美しいままの、アンデルセンだった。



ラヴェル 水の戯れ

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 デル R18G

*食用アンデルセン

 この春の時期、食用アンデルセンの耳の辺りの肉が何故か活性化するためその部位を利用した期間限定商品が人気となっている。それはやさしく目に馴染むような桜色をしているため、人々の間では桜餅と呼ばれている。

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人魚姫は水底に沈む デル

 ぶくぶくという音がする。そんな音がする訳ないだろう、とハンス・クリスチャン・アンデルセンは思う。何故ならそういう設定にしたはずだったからだ。けれども世の人間というのは想像力に乏しいらしく、アンデルセンの背後ではぶくぶくという音がしているのだった。最後まで読み切ることも出来ないのか、あの短くまとまった物語を、と思うが絵本になりアニメになり映画になり、様々なメディア展開をする中で原作とやらを手に取って見てみる機会は減ったのかもしれない。知っていると思い込んでいるからこそ、こんな音がするのだろうと思う。ああ最悪だ、最低だ。そんなものを聞くためにペンなど取った訳ではないのだが結局聞こえているのだから仕方ない。アンデルセンにはどうすることも出来ないのだ。
 何を思って書いた物語であるかなど、読者は考慮しない。それがどれほど苦難と懺悔と切望に滲んでいたとしても、読者はそれを掬い取らない。挙句の果てにはひどい人間に違いないと決め付ける。否、その点についてはどうだろうかとアンデルセン本人も思ってはいるがそれにしたって元々の動機はもっと純粋なものだったのだ。だから人間性に関しては否定はしないが、物語に対しては真摯に向き合っているつもりなので、その辺りを否定されるとその他大勢≠ニは一体何なのだろうな、とすら思うのだ。
 と、考えていても音が消える訳でもない。
「一体、何がしたいんだか」
そのまま後ろへと倒れる。椅子に座っていたはずだったが高さのあるところから落ちた感覚はなかった。ぶくぶく、と自分の鼻から口から空気が漏れる音がして、鱗のついた長い腕が頬を包むのを感じて目を閉じた。

***

交わらないから平行線って言うんだよ ぐだデル

 ねえ知ってる、と呟いたのは多分独り言で意味があったかと問われればなかったのだろうと思う。けれども返事があった時点でそれは独り言になることは出来ずに、まるで最初から会話だったように滑り出すのだ。夜。カーテンを締め切った向こうから差し込むのは外灯の光だ。此処では月はあまり明るくない。
「魚ってさ、人間の手の温度で火傷しちゃうって言うじゃん」
「まんぼうの話じゃないのか」
「まんぼうだけじゃなくて、大体の魚はそうなんだって。海って冷たいし」
元々意味のない呟きだったのだからその先はないのも同じだ。なのにどうして返事があったからと言って続けようとするのだろう。好きとか、その他、いろいろ。人は理由を聞きたがる生き物だろうけれどもそれは死後も変わらないんだなあ、なんて思ってしまう。サーヴァントというのは結局生きていた人間の影法師で、それはまあ例外もいるんだろうけれど、人間の延長線上と言ったら失礼かもしれないが多分、そういうふうに感じる人間だっているんだ。例えば、此処に。
「で、結局何が言いたかったんだ」
過去形なのはきっと分かられているからだ。理解されているとは言わない。悲しいかな分かってしまっているだけなのだ、理解も出来ないのに。
「…よく分かんない」
「そうか」
「怒らないの」
「お前は子供だからな」
「そりゃあおじいちゃんから見たら子供だろうけどさ」
「いつもは合法ロリ扱いしている癖に今日は随分日本語が通じるんだな」
「だって、これは夢だから」
 妙に意識がはっきりしていた。カーテンから差し込んでいるのが外灯の光なはずがなかった。月も当たり前だ。なのにどうしてそう思ったんだろう、それはそっちの方が日常だったからだ。
「………先生じゃ、ないんでしょ」
「少なくとも、お前の先生になった記憶はないな」
「だよね」
そうだと思った、というのは言葉にしない。
「俺、帰れるのかなあ」
「帰れるさ」
「何それ、めちゃくちゃ優しいじゃん。こっちの俺と仲良いの」
「それはない」
「なあんだ」
でも、と呟く前に瞼が重くなっていく。
―――先生と、おんなじ癖だよ。
というのはきっと、指摘しない方が良いのだ。嘘を吐く時の癖が、彼とまったく一緒だなんて、多分釈迦に説法くらいのふざけた話なのだから。



「あーアンデルセン」
「何だ」
「アンデルセンって魚っぽいっていうか、海に生きてそう」
「またお得意の妄言か」
「だからさあ、」
「何がだからだ」
「一回、おれに、食べられてみてよ」



「先生」
「何だ今日は早いな」
「先生はさ、嘘を吐く時って理由があって吐いてる?」
「まあ、そうなんじゃないか」
「そっか」
「どうしたんだ」
「ううん、好きだって言ってもらえないって、ちょっと淋しいのかなって思ったんだけど」
「けど?」
「俺なら結局なんでもハッピーに紐付けちゃうかなとも」
「そうだろうな」
「うん。だからきっと幸せなんだろうなって」
「変なものでも食べたのか」
「先生が食べたい」
「………好きにしろ」

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君に至る物語 巌ぐだ

 なんだったら良かったのだろう、と思うことがある。人間ではない彼を見る度に私は人間であることを自覚させられ、彼の既に終わった物語のことを延々辿ってしまう。覆しようのない歴史を思ってしまう。私は人間だから彼に出会えた、彼には彼の物語があったからこそ私のもとに至った、それは分かっている、分かっていると言うのに人間というのはことに恋をした人間というのはあまりに自分勝手で無防備で馬鹿でどうしようもなくてただグズグズと泣いてしまう。決して交わらないはずだった平行線がねじ曲がって点と点で絡み合ってねじれにまでなって。それでも尚、私はその先を求めてしまうのだ。どうにもならないことを知っていて、それに納得しているような顔をするのだ。



カタツムリ踏み潰しても天使にはなれないことを知ってしまって / 黒木うめ

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20170713