夢のまた夢 ぐだデル

 目が覚めた。
 ぴちゃん、と水の跳ねる音がした。何の音だろう、と見遣ると其処にいたのはアンデルセンだった。アンデルセン、と言ってもいつものアンデルセンではない。というかオレもなんでこんなところで寝ているんだろう。まるで、今まで海で溺れていてアンデルセンが助けてくれたみたいだ。下半身が魚の、アンデルセンが。
「何それ、人魚?」
「他に何に見える」
アンデルセンの耳の部分には耳じゃなくてなんだろうこれ、名前分からないんだけれども魚の鰭の一部みたいなのがついていて、なんだかとてもファンタジーだなあ、と思う。まあオレのいる日常ってやつも結構なファンタジーなんだけれども。過去の偉人やら何やらを呼び出して云々かんぬんとか正直時代が時代なら一世を風靡する超大作になっちゃいそうだし、ソシャゲとかだったらとんでもない売上を記録しているに違いない。出来ればオレがもしこういうのをゲームでやるなら据え置きの方が良いなあ、なんて思いながら手を伸ばす。触れたところからアンデルセンの鱗は傷付いていくようだった。
「助けてくれたの?」
「まさか」
「助けてくれたんだ、ありがと」
「違う」
「ねえあのさ、オレ、あんまり言ってなかったと思うけどさ、オレ―――」

 目が覚めた。
 俺は脚に違和感があることに気付いた。そこにあるのは人間の脚で、最初からそれは人間の形をしていたはずだったのだけれど、どうにも魚のそれだったような気がする。耳も普通だ。鏡にも映る。可笑しいな、と言おうとして声が出ないことを悟った。どうやら英霊になった際にあれこれという類のものではないのだろう、それか、マスターのいつもの悪趣味な夢に巻き込まれてしまったか。別に、悪意があって巻き込んでいる訳ではないと俺とて分かっているが、だからと言って巻き込まれることに毎度文句の一つくらい言ってもバチは当たるまい。
 痛む脚で歩き始める。
「あれ、アンデルセン」
「―――」
「声、出ないの」
「―――」
「人間になったから?」
「―――」
「はは、オレに会いに来てくれたんだ」
「―――」
「ねえ、」
キスが落とされる。
 呪いは解けない。
 真実の愛ではないから。
「オレのこと、殺して良いよ」

 目が覚めた。
 なんだかとても物騒なことを言った気がする。でもまあ、オレがアンデルセンに言うなら分かるなあ、とも思った。アンデルセンはオレの横で眠っていた。人間の脚があって、その身体に鱗はなくて、でも、いつもよりずっと辛そうで。アンデルセンにとって、それは難しいことじゃなかったはずだ。オレは結局拾ったアンデルセンを自分の部屋に連れ込んでセックス三昧だった訳で、それでもアンデルセンの呪いが解けたようには見えなくて。
 簡単なことなのは、分かっていた。
 オレはだから物騒なことを言ったと思うし、それが多分オレの思う精一杯の愛みたいな話だった。実はそういう難しいむず痒い話をするのは苦手で、人は正解なんかないんだからそれが当たり前だと言うけれども、やっぱり枠組みというのはあるもので。
 上手く行かないもんだなあ、上手くいかせたい訳じゃないけど。オレの所為で痛くて苦しくて辛くて気持ちよくて泣いているアンデルセンを見るのは好きだけど、やっぱりその他の理由、って思うと途端に面白くなくなる。別に、加虐趣味があった訳じゃないのに、下半身に脳みそがあるってこういうことなのかもしれないなあ、と思った。
「殺したくないの?」
いつの間にか起きていたアンデルセンの手を取って首に持っていく。これって特別なナイフじゃないといけないんだっけ、まあきっと、こういうのだってご都合主義で何となかなるのだ。
「そんなことないよね」

 目が覚めた。
 いつものカルデアで、当たり前のように俺は人魚だった。あ、起きたんだ、といつもの少年が言って、でも薄らぼんやり記憶にある王子のような姿ではなくて。そうだ、王子だったのだ、似合わない。思わず生きているんだな、と言ってしまえば生きてるよ、と少年は笑った。殺した記憶はなかった。でも物騒な会話をした記憶はあった。
「人魚に戻ったってことは、アンデルセンは愛する人を殺せたんだ?」
ただの少年の顔で、悪趣味な質問をするのは何処かが壊れているからか、それとも誰かが壊したのか、その誰かとは誰なのか、今この少年の目の前にいる、子供の姿をした英霊ではないのか。
 愛する人。
 そんな言葉は似合わない。だって、ただの少年なのだ。ただ生きたいと願うだけの、少年なのだ。だから―――だから? だから何だと言うのだろう。理由があれば良いとでも? 理由があれば許されるとでも? これが本当に愛なら―――良かった、とでも?
 誰も。
 責任の所在など、探すことは出来ないのに。
「ああ」
だから俺は言う。
 笑って言う。
「俺はいつでもお前を殺せるぞ」

 目が覚めた。
 今までのものはすべて夢だった。オレはオレで、オレはアンデルセンで、オレはオレで、オレはアンデルセンで、オレはオレで? なんだか分からないことになっている。なんだろう、今までみたどんな不思議な夢よりもずっと不思議だ。
「―――アンデルセン」
「何だ」
よくそんなところで眠れるな、と言われて思い出す。そうだ、食堂でアンデルセンの話を聞きながら眠ってしまったのだった。それも、すごい体勢で。言われてみると肩がばきばきと痛い。
「アンデルセンってさあ………」
「何だその意味深な間は」
「いや、なんて言おうか迷っちゃって」
「迷うくらいなら言わない方が良いぞ」
「手紙みたいに残るから?」
「その手紙をクッキーにもされるしな」
「はは、笑えない」
「笑っているじゃないか」
うん、とオレは頷く。頷いて、アンデルセンにキスをした。小さな唇はそのまま食べることが出来てしまいそうで、なんとなくもみじまんじゅうを作った人の気持ちが分かったような気がした。

 目が覚めた。
 其処は狭苦しいベッドだった。ああ、そうだ、世界は崩壊してしまって、オレたちだけ助かって、アンデルセンには時々影として会うだけで、それってアンデルセンと会っているのかよく分からなくて。
 でも、一つだけ分かることがある。
「アンデルセンは、そんなこと言わないよ」
 オレを愛しているなんて、そんなことは。
 そしてオレも、そんなことは言わないのだった、言えないのだった。どんなに本当にそうであったとしても、結局、この後ろ暗いものを受け入れてもらおうなんて、思うことなんて出来ないのだった。




20180612