食用アンデルセン モブデル R18* 1 食用アンデルセンというものがある。かの有名な童話作家の名を冠したそれが何なのか実のところ詳しくは知らなかったが、名前にある通りにそれは食用なのであった。ひょんなことからその工場でバイトをすることになったおれは、高級食材である食用アンデルセンを初めて目にして、それから食べてみたいと思った。 が、先に述べた通りに食用アンデルセンは高級食材なのである。バイトの身では手が出せない代物だ。そこでもしかしたら普通であれば貯金を頑張るとかそういう話になるのかもしれなかったが、おれは残念ながらそんなに優等生ではなかった。おれは監視の目を掻い潜って一体、食用アンデルセンをちょろまかした。まだ小さいそれは仕事用のジャンバーの中に入ってしまうほどだった。この状態から半年ほど掛けて成体―――人間で言えば小学二年生ほどであろうか、その程度の大きさまでに育てて食べる。刺し身にしても旨いらしいぜ、というのは先輩の言であり、先輩はどうやら昔食用アンデルセンを食べたことがあるらしかった。どうやって、と聞いてみたけれどもそのうち教えてやるよ、と言うだけだったのでこれは教えてもらえないだろうと思った。 そういう訳でおれの六畳一間の部屋には小さな同居人が増えた。この食用アンデルセンはまだ声帯を取り除く前のものであるので、培養器の中から一体だけ連れ出されたことを不思議に思っているらしかった。 「泥棒だぞ」 生意気にそんなことを言うものだから笑ってしまった。食用アンデルセンは皆こうなのだろうか、おれのいる加工場では既に声帯を失ったものしか来ないから、基準が分からない。ただハズレを引いただけかもしれなかったし、これが基準なのかもしれなかった。 けれども持ってきてしまったものは仕方ないし、今更返す訳にもいかない。食用アンデルセンは自分が食べられるものだと分かっているらしく、大人しくしていた。 そんなこんなで、おれと食用アンデルセンの生活は始まった。 * 2 食用アンデルセンというのは思っていたよりも煩かった。なるほどこれは製造過程で声帯を潰されるのもやむなしと思う。しかしながらおれは素人なのでそういった専門的なことは出来なかった。辛うじて料理が出来るくらいで、だからきっと食うには困らないがあれこれの処理は難しいと思った。ともあれまあ、喋ろうが何しようが食用アンデルセンは食べ物なのだ。豚や牛と変わらない。何を言っているのか分かるのが困るところだったが、豚や牛が命乞いをするのを聞いたことがないので大丈夫だろう。 こうして暮らし始めてみると意外にもアンデルセンは何も出来なかった。餌として与えるのは牛乳のみ、それ以外を与えると成長に支障が出るのだと聞いていた。食用アンデルセンは牛乳でもなかなか飲むことが出来ずに、見よう見まねで喉を潰していたらもっと大惨事だったな、とほっと胸を撫で下ろす。夜はバイトをして、昼は学校に行って、食用アンデルセンとはあまり関わり合いにはならなかった。けれども一緒に暮らしていれば愛着は湧いてくる。毎日手ずから牛乳を飲ませているのだ。よくよく見れば食用アンデルセンは美しい顔をしていた。試しに頭を撫でてみれば最初は戸惑っていたものの次第に微笑みを見せるようにもなった。それは、ハムスターが懐く過程を見ているようだった。 その傍らでおれはうちのアンデルセンとは違う食用アンデルセンたちを加工するバイトを続けていた。このバイトは割が良いのでやめようとは思わなかったが、その一方でうちのアンデルセンと此処でおれが加工しているアンデルセンは違うものなのだ、と思った。彼らのことを可哀想だと思うことはなかったが、うちのアンデルセンとは違うのだと思うと誇らしくなった。彼らは既に喉を潰されていて、何も言うことはなかったし目も死んでいた。うちのアンデルセンはそうではなかった。まあ目は生き生きとしているとは思わなかったけれど、それでも彼らのように、死んだ魚のようではなかった。 「アンデルセン」 家に帰ったおれはただいま、と言う。 「おかえり」 低い声でそう返ってくる。 おれたちはまるで、家族だった。 * 3 ある日先輩に呼ばれた。アンデルセンをちょろまかして三ヶ月目のことだった。まさかバレたかと思っていたのだけれど、どうやら違うらしい。先輩はにひっと笑って刺し身が旨いって話をしただろ、と言った。勿論食用アンデルセンのことだと分かった。 「食わせてくれるんですか」 「ああ」 絶対に誰にも言うなよ、と先輩は言って他の加工場の建物に連れて行ってくれた。中に入るとまるで戦時中の国のように本棚が動いて、その後ろから地下への階段が出て来た。 「此処にはな、出荷不能と判断された商品が集められるんだ」 「出荷不能?」 「まあいらんところに傷がついたとか、そういうやつだな。喉潰す時に失敗しただとか。それでもまあ、流通に乗らないことはないんだが、見た目がこれだろ。だからあんまり傷モノ出すのも…ってことで、出せない商品は社内で内々に処理することになってんだよ」 「ええ、タダで食えるってことですか」 「まあそうだな」 味は保証する、と先輩が言って、ああ、なら、あのアンデルセンをちょろまかす必要はなかったのだなあ、と思った。 「今回は三体か」 「どうします? 先輩。どれを料理します?」 「じゃあ真ん中のをまず刺し身にしてやれよ。新人が食ってみたいってさ」 「おー、了解っす。一回食ったらヤバイぞ〜忘れらんないぞ〜」 そんなことを話しながら男は食用アンデルセンの腕をまな板の上に乗せる。そして、そのまま包丁で削いだ。 「ほらよ、刺し身」 「えっ、血抜きとかしなくて良いんですか」 「なんか知らんけどしなくて良いようになってるらしい。詳しいことは知らねえや」 まあ元々食用アンデルセンという存在自体がよく分からないしなあ、と言われてしまえばそれもそうだ。受け取って恐る恐る口にすると、一瞬ですべての疑問が吹っ飛んだ。 「あ………あ………!」 「ほらほら、水もあるぞ? それとももうちょっと後味味わっとくか?」 「後味味わうって頭痛が痛いみたいですよね」 「うるせえな! 新人の感動に水差すんじゃねえ!」 美味しかった。 他に言い表せないくらいに美味しかった。まるで水で出来た肉を口に入れたような口溶けだ。氷が溶けるよりもやわらかにその香りは口の中いっぱいに広がり、そうしてほのかな塩気が抜けていく。何よりも後味が最高だった。そこに食用アンデルセンの刺し身がいたのだと、強く主張する割にはしつこくない。ただただ脳天を揺さぶられるような味で、おれは自分が失禁していることに暫く気付かなかった。 先輩たちは笑っていたが、羞恥よりも食用アンデルセンの味の方が強かった。ぼうっとする頭ですみません、と謝るといいって、と先輩たちが言う。よくいるんだよな、と。そうして次は焼肉として、そして次はスープとして、様々な料理を出してもらっておれたちは全員で食用アンデルセン一体分を食べ終わった。 けれどもこの場にはあと二体残っている。 「あれはどうするんですか?」 おれが先輩に聞くと、先輩はああ、あれはな、と未熟な方の手首を掴んだ。 * 4 お前、どっちの方が良い? と先輩に聞かれてもよく分からなかった。 「どっちが良いとかあるんですか?」 「ああーそうだな、好みだと思うが…あっちの方が暴れるからそういうのが好みならあっち、こっちの方が柔らかいからそういうのが良いならこっち」 なんとなく分かったので未熟な方にすることにした。先輩が食用アンデルセン一律で着せられている検査服のようなものを剥いでいく。未熟な方は何をするんだと言いたげにこちらを見ていたが、如何せん身体が小さいので先輩の腕力からは逃げられないようだった。 「こいつらは食われるために作られてるからさ、食われること自体はそう嫌がりはしねえみたいなんだけど、その他のことは面白いくらいに嫌がるんだよなあ」 先輩がその大きな口で食用アンデルセンの小さな唇にかぶりつくと、未熟な方はいやいやと首を振った、否、振ろうとした。先輩に抑えつけられた未熟な方は何も動けなくて、そのまま何度も何度も口の中を蹂躙されていく。 背徳的な光景だった。 未熟な方は先輩の髭が痛いらしくそれでも逃げようと頑張って、それを先輩がもっと強い力で抑えつけていく。息が出来ないのかどんどん赤黒くなっていく顔に満足したようで、先輩はやっと口を離した。 「こうなっちまえば大体もう抵抗はしないさ」 必死になって息をしている食用アンデルセンはまるで普通の子供のようで、おれはこの時初めて、食用アンデルセンというのが食用であれど生き物なのだと知った。 先輩はぐったりした未熟な方を腹ばいにすると腰を持ち上げた。 「ああ、もう耐えきれねえよ」 ずっとこの日を待ってたんだからな、と言う先輩もまた、食用アンデルセンに虜にされた人間なのかもしれなかった。先輩はさっさとベルトを外すと、未熟な方の尻へと宛がう。未熟な方は何をされるのだか分かっていないような顔で、それでも助けを求めるようにおれに手を伸ばしてきた。 けれどもおれは何もしない。 目の前で、未熟な方が貫かれるのを見ているだけだった。痛いのだろう、悲鳴を上げたいのだろうが未熟な方は未熟でも既に喉が潰されている。何も出ていかない唇が苦しそうにはくはくと震え、目には涙が浮かんでいた。 「切れたりしないんですか」 「さあな。切れてるんじゃねえか? でも血とか出ないから、良いんじゃねえの? 痛くても叫びやしねえし」 未熟ではない方はどうやら製造過程で声帯が取り除けていないのが発覚した商品だったらしく、罵倒と叫び声が上がっていた。それでも言葉になっているとは言い難い。 「お前、どうする?」 「え、おれも使って良いんですか」 「あーこっちは使い物になるか分かんねえや。未熟な方だし。でも口は使えると思うぜ」 「噛みちぎられたりしませんか」 「歯、全部抜いてあるからそれはねえよ」 なるほどそういう処理もするらしい。だから後ろの未熟ではない方の言葉は聞き取れないのだ。 「じゃあお言葉に甘えて」 ベルトを外して性器を頬に当ててやれば、未熟な方はおれを睨みつけてきた。それがうちのアンデルセンとは全然違っておれは楽しくなる。 「ほら、ちゃんと味わってよ」 「さっきはお前が味わったくせによー」 「じゃあウィンウィンじゃないですか」 未熟なだけあって口腔内は狭かった。慈悲で残されているのか舌が逃げるように奥へ引っ込んでいくのを追う。すると自然と喉の方に行くため、嫌な音がした。空気の軋むような音、ぐえ、と潰れたカエルのような汚い音が鳴るが彼らはこのために数日何も腹に入れていないらしいので安心だ。 「うわっ…せまッ」 「あんま奥突っ込むとマジで息止まるからな」 「やっぱり死にますか?」 「ああ。死体遺棄って騒がれてもアレだからちゃんと煮てからトイレに流すんだけどな」 「うわ、マジで証拠隠滅じゃないですか。ヒきますよ、先輩」 「即順応してるお前には言われたくねえわ」 涎と涙とあと何かしら人間で言う胃液に相当するものでぐちゃぐちゃになった未熟な方を犯しながら、おれが思い浮かべるのはやっぱりうちのアンデルセンだった。 結局何度かイッたあとにまだ未熟な方の後ろは使えそうだったので先輩と場所を交代して、残りの時間を朝まで楽しんだ。未熟な方は途中で先輩のものが完全に喉にハマってしまって息が出来なくなったらしく、気付いたら死んでいた。けれども所謂死体になってしまってもそれでも未熟な方は愉しかった。 おれはずっと、うちのアンデルセンもこういうことをしてくれないかなあ、と思っていた。 * 5 朝家に帰るとうちのアンデルセンが迎えてくれた。あの未熟なのとちょうど同じくらいに育っているのだな、と改めて感じる。三ヶ月。あと三ヶ月。最初は普通に食べるためにちょろまかして来たのだけれどもこうして見ると食べてしまうだけでは勿体ない。それこそ食べてしまうのは後でも良いと思った。 「ねえアンデルセン」 アンデルセンは名前を呼ばれたことにびっくりしたようだった。自分の名前がアンデルセンだと言うことを忘れていた表情にも見えた。 「おれと、わるいことしようか」 今日が学校もバイトも休みの日で良かった、とおれは心底思った。 アンデルセンは最初は嫌がっていたものの、おれが優しく撫でたりさすったりを繰り返していると何も言わなくなった。さっきも見たけれどもアンデルセンにもまた、あちこちに傷やら鱗やらがついていて、お世辞にも美しいとは言えなかった。先輩曰く、これは元からついているものだから仕方ないらしい。元から傷が多いから製造過程でついた余分な傷がうるさく言われるのだとも。よく分からないなあ、と思いながらおれはアンデルセンの口の中に指を入れる。戸惑ったようなアンデルセンがおれを上目遣いで見て、それから恐る恐ると言ったように舐め始めた。なにこれ興奮する。アンデルセンの歯は抜いていないし、やっぱりそういう処理は怖かったのでしていないのだけれど、これだけ従順ならもしかしたら咥えてくれるかもしれない。まあ、今日は別に良いけれど。 「これは悪いことなのか」 アンデルセンは聞いてきた。 「悪いことだよ」 おれは答える。 「そうか」 アンデルセンは納得なんてしていないように見えた。なんて言っても見た目が未就学児童なので悪いことは悪いことだ。アンデルセンは人間ではないのだけれど。でも生き物なんだ、と思って触れていく。 ローションなんていうものは一人暮らしの学生の部屋にはないので、代わりにサラダ油を持ってきた。レジャーシートはあったので床の上に敷く。一応の対策はしたけれどもこの床だって激安物件に相応しい謎のシミとかいろいろあるから正直そんなことしなくても良かったかもしれない。掃除が楽にはなりそうだけれど。サラダ油を注ぎながら穴に指を差し込むと、アンデルセンは痛い、と言った。 「痛い?」 「…痛い」 「そっか」 それから暫く浅く繰り返してみたけれどもアンデルセンの状態はよくならないようだった。おれは未熟な方の終わったあとの惨状を思い出していた。穴は穴としては既に存在していなく、めくれ上がった肉だったものが外に開けていたのと、千切れたところから甘い汁が滲んでいたのと。 アンデルセンをああするつもりはなかった。 それは違うと思った。 「足閉じて」 おれは指を抜いてそう言った。アンデルセンはおれの要求に素直に従ってくれたので、おれはそのまま足の隙間に性器を差し込んだ。 「ね、ほら、此処に力いれて、ちゃんと締めて」 アンデルセンは何が楽しいのかという顔を始終していたけれどもやはり感情も感覚もあるのだろう、徐々に細い声であ、あ、と声を上げ始め、それからおれがイくのと同時にぼろぼろと涙を零した。そういえばあの未熟な方は性器もなかったけれど、アンデルセンには性器がある。もしかしてアンデルセンもイくのだろうか。 気になったけれどもアンデルセンはいっぱいいっぱいだったようだし、おれもおれで一晩中遊んできたあとだったので、その涙を舐めてその日は終わりにした。 アンデルセンの涙は甘い味がした。 * 6 その日からおれとアンデルセンは悪いことをするようになった。アンデルセンは徐々に順応していったけれどもやっぱりおれはアンデルセンのためにローションなんてものを買う気にはなれなかったのでサラダ油とか、時にははちみつとか、そんなものでいつも代用していた。アンデルセンはやっぱり尻に挿れるのは怖かったのか自分から口でしてくれることもあって、おれはそういうのを見ながら飼っている犬がお手やらお座りやらをした時の気持ちってこんなんなんだろうな、と思った。 多分、おれがローションに手を出せないのはそれが高いからとかそういう意味ではなく、アンデルセンのことをまだ食用だと思っているからなのだろう。食べ物には食べ物を使った方が良いというか。けれどもおれはこの頃アンデルセンを本当に食べることが出来るのかと疑問に思うようになってきた。おれはアンデルセンを確かに食べるためにちょろまかして来たし、食用アンデルセンの味は忘れられるものではないし、アンデルセンの涙は甘くて美味しいし、食べたいと思うことは今だってある。あと一ヶ月と少しだった。アンデルセンが成熟するまではそのくらいの時間しかなくて、きっと前なら一ヶ月なんて長過ぎる、と思ったはずなのに。可笑しいなあ、と思う。 アンデルセンと悪いことを続けていくうちに、アンデルセンもイくことが出来るようになっていた。それは未熟な身体に合わせたもののようで精液は出なかったが、代わりにやっぱり甘い汁が出た。人間で言ったらこれは尿に当たるのかもしれないけれどもアンデルセンの体液は全体的に甘いのでおれは飲めてしまった。アンデルセンに慣れるとヤバそうだなあ、と思ったけれどもそもそもアンデルセンじゃなきゃこのサイズのものも人間も更に言えば男なんて相手にはしないとも思った。ならこの心配は無用なものなのだ。 繰り返していれば身体というのはどんどん対応するものだし、最初は痛いと言っていたアンデルセンも尻に指を挿れても何も言わなくなった。それどころか気持ちが良いとでも言うような顔をして、もっととねだることすらあった。アンデルセンの無意識のようだったが。充分に解れたように見える穴に挿れるのは可能だと思ったし、おれが前に未熟な方にやったみたいにひどくしなければアンデルセンだって壊れるようなことにはならないだろう。おれは少し迷ってゴムを付けた。どうすべきだろうと悩んだけれどもアンデルセンはあとにも残るので、やっぱりしておいた方が良いだろうと思った。あとなんと言ってもアンデルセンは食べ物なのだし。 「うわ、せま…」 奇しくも同じ台詞が出てしまった。アンデルセンは指とは違う感覚に喘いだようだったが、すぐに慣れていった。自分から腰を振る始末である。おれはアンデルセンの中に挿っていた。アンデルセンの中はまるで水の中みたいだった。自分が生まれたところに帰っていくみたいな気分になった。 ぼろぼろと涙を流すおれに気付いたのか、アンデルセンは無理矢理体位を変え、おれにキスをした。おれはその時初めてアンデルセンとキスをした。アンデルセンは唾液も甘くて、そしてやっぱり海の気配がして、おれはまた泣いた。気持ちが良かった。だからおれはその時に決めたのだ。 おれはアンデルセンを食べない。 このままずっと、アンデルセンと暮らすのだ。 だから二回戦目からはゴムは使わなかったし、今後も使わないだろうと思った。 * 7 アンデルセンを食べないと決めたあと、おれはアンデルセンにいろんなことを教えた。最低限の知識をアンデルセンは持っていたので字などには困らなかったが、キッチンの使い方などは分からないようだったのでおれが徹底的に教えた。アンデルセンは物覚えが悪いというよりもめんどくさがりなようだった。おれが教えたことはそれでも吸収しているようなのでおれは安心した。この先アンデルセンは小学校にも行かなければその先も無理だ。おれだけが拠り所のアンデルセンは、おれだけの頼って生きていく。それはなんだかとても美しいことのように思えた。 ある程度の金が貯まって学生生活も終えたら、就職先は田舎にしよう。そこでアンデルセンと一緒に慎ましく暮らすんだ。おれはそんな夢みたいなことを思って、一層勉学とバイトに励んだ。バイトの日数は増やしたし、学校だってサボらなかった。おれの生活はアンデルセンのおかげで満ち足りて、輝きを帯び始めた。 と、まあそんな急に生活を改めて、身体がついていける訳がなく。おれは風邪を引いた。と、最初は思っていたけれどもあまりに高熱が出るので病院に駆け込んだらインフルエンザだった。バイト先にも学校にも連絡したら出停を食らったので(当たり前だ)、大人しく薬を飲んで寝ていることにした。バイト先の人も学校の友人も心配してくれたがアンデルセンがいる家に来てもらう訳にはいかないので、実家から親がちょうど来ていたタイミングだったから大丈夫だと嘘を吐いた。あのシュコーとするやつを病院でやったから大丈夫だろうと思っていたのだけれども、熱はなかなか下がらなかった。身体はだるくて料理も出来ないから、買い込んだゼリー飲料でどうにかしていたがそれだけでは栄養が足りないような気がした。 「おい」 アンデルセンが話しかけて来る。 「どうしたの、アンデルセン…感染っちゃうよ」 「お前、死ぬのか」 「死なないとは思うけど、死ぬかもしれないなあ」 我ながら弱音が出たと思う。 「栄養が足りないんじゃないか」 「かもしれない」 「あんなゼリー飲料ばかり飲んでいるからだ」 「だって料理出来るほど元気じゃないし」 「俺がする」 思わず二度見した。 「教えたのは貴様だろう」 「ええ、そうだけど…」 「俺用の台まで作って」 「はい、作りました…」 「大人しく待っていろ」 そうして台所に消えていったアンデルセンを見送ったあと、おれは力尽きて眠りに落ちた。 揺り起こされると完璧な病人食がそこに鎮座していた。 「うわ…なにこれすごい…」 「美味いか」 「美味しいって言いたいけど、おれ今舌が死んでるから…」 「そうか」 なら仕方ない、とアンデルセンは言った。 「ねえ、アンデルセン」 おれは言う。多分おれは幸せそうに笑っていた。 「おれが元気になってもまた作ってよ。たまに、で良いからさ。アンデルセンの料理、ちゃんと味わいたい」 アンデルセンは少し困ったような顔をしてから、気が向いたらな、とだけ言った。 * 8 アンデルセンの料理のおかげかおれはみるみるうちに元気になった。これは愛の力かもな、と思った。おれはアンデルセンのことが好きだったのだとその時初めて気付いたので、お礼と一緒に伝えよう、と思った。おれは久しぶりの風呂に入ってアンデルセンにお礼を言って告白して、それからセックスでもしようなんて頭でいた。 それに気付くまでは。 アンデルセンの左手がなくなっていた。 「な、ちょっとまって!? アンデルセン、左手どうしたの!?」 「あ?」 「左手だよ! ないじゃん!?」 「ああ」 何だそんなことか、とばかりにアンデルセンは言う。 「なくなったが、それがどうした?」 「どうした…って、誰かにやられたの!?」 激安物件ということもあって防犯は正直心もとない。おれがインフルエンザで寝込んでいる間にもしかしてアンデルセンが此処にいることを知った誰かが腕を持って行ってしまったのだろうか。 「いや、自分で切った」 「はあ!?」 何を言っているのか分からない。 「何で!?」 「何でって…」 意味がわからないと言う顔でアンデルセンは言う。 「お前が食べたじゃないか」 「え………」 頭が真っ白になった。 おれが、食べた。 それは、 「え、嘘、そんなの嘘だよね?」 「嘘を吐いてどうする。味が分からないと言われるのは少々悔しかったが…ああ、そういえば作ると約束していたな。もう少しなら動けそうだ」 「何、なに、どういうことなの」 「お前こそ何をそんなに動揺している」 アンデルセンが眉を顰める。 「俺は高級食材だぞ? ついでに栄養も満点だ。俺は外に買い物に出ることは出来ないから、家にある食材でどうにかするしかなかったし、あの時お前に必要なのは栄養だったし、それに一番手っ取り早いのは俺を使うことだった」 「で、でも…」 「そもそも、貴様は俺を食べるために盗んで来たんだろう?」 殴られたような心地になった。 「大丈夫だ、まだ動けるから…俺は俺を調理出来る」 「ちょっとまって、さっきから、まだ動けるって…」 「左手だけじゃあ足りなくてな、あちこちから削いでいたんだがなかなか…うまくいかないものだな。こういうのは人間の方がやっぱり上手いんだろう」 慌ててアンデルセンの衣類を剥いでみたらその脇腹からはごっそり肉がなくなっていた。肋骨が見えている。以前この骨も食べられるのだと教えてもらったが今はそれどころじゃない。 「…ああ、だめだ。悪いな、俺はもう動けそうにないらしい」 「どうして、」 「貴様が食べたいと言ったんだろう。俺は約束を果たす男だ。…とは言っても、無理なようだがな。せめて、貴様が代わりに俺の約束を果たせ。俺はきっと美味いだろう」 貴様が愛情をここまで注いだ食べ物は、きっと美味いに違いない。 アンデルセンはそう言って笑って、おれはそれを抱き締めていることしか出来なかった。 抉れた身体の間から心臓のような器官が見えて、それが徐々に動きを弱めてそのまま止まるのを、おれはただ見ていて、涙も流せずに、ただひたすらどうやって料理をしたらアンデルセンに報いることが出来るのだろうと考えていたが、結局それは食べる側の都合でしかなく、そしておれはやっぱりおれのアンデルセンを食べたくないと考えてしまうのだった。 本当に、ずっと、愛していたかった。 *** 20171010 |