此処が私の帰る家


ウィークエンドシトロン 

 インターホンを鳴らすような人だとは思っていないけれどもだからと言って毎度毎度扉を蹴破られるようにして開かれるのは諸々大丈夫なのだろうか、と思わなくもない。思わなくもないがまあ、困ったことになるような行動をこの人が取る訳でもないし、この辺りには特にそういう物音を気にするような人間もいないことだし、いつものトレードマークを外して街に溶け込む格好をしたその人を真逆ポートマフィア幹部だなんて思う人間がいる訳もないだろうし。それでもまあ、一応はこの人の部下という形にされているので、上司としてそういうことくらいは考えていると示して欲しいものだなあ、と思うくらいはする。梶井とて対外的に言葉が必要になる場面の方が多いことを知っているので。言葉が必要ないのは宇宙大元帥に相対する時くらいで、他の有象無象に関しては一から説明を施す必要がある時だってある、と認識くらいはしている。実行しているかどうかはさておき。
 閑話休題。
 未だ半分寝ているような梶井のことなど気にせずにズカズカと我が物顔で入ってくる上司を追い返すような真似はしないが、折角の休日であるのに良いのだろうか、とも思う。毎度のことこの上司と休日が同じになるのは宇宙大元帥の意志なので梶井から物申すことはしないが(曰く、「だって梶井くん、見張られてでもいないと休まないだろう?」)、別段宇宙大元帥から中原に対して梶井を見張るようにとの命令は出ていないはずだった。以前確認した時に何言ってんだこいつ、という顔をされたのを梶井は忘れていない。この脳は残念ながらどうでも良いことを直ぐ様忘れられるようには出来ていないのだ、否、どうでも良いこと、という訳ではないが。
「梶井、皿とフォーク出すぞ」
そんな梶井の思考など気にした様子もなく、本当に我が物顔で中原は食器棚を漁っている。仮にも上司にこんなことをやらせるのはどうなのだろう、とも思うけれども梶井とて叩き起こされたも同然なのだから何を言うこともしない。別に体質的長時間睡眠者(ロング・スリーパー)という訳でもないが、だからと言って休めと命令されてその通りに休んでいたところを邪魔された、というのは何も間違っていないとは思う。それに人間の身体には慣れという機能が備わっていて、最初の頃こそ一応飛び起きてはいたものの気にされないと理解してしまったらこの敵襲紛いの訪問が中原であると確認出来てしまえば覚醒までの時間は遅くなる。
「…包丁は食洗機の中です」
「手前いつ食洗機なんて購ったんだよ…」
贈呈品(プレゼント)ですよ」
「へえ」
「結構便利ですよ。中也殿も如何ですか」
「別に。食事は此処で摂りゃあ良いしな」
 何か今、合理的ではない言葉が聞こえたような気がするが合理的≠ニいうのは宇宙大元帥の言葉なのであって、それを梶井が言ってしまうのはお株を奪うような行為であるような気がしてしまってもう何も言わないことを選択した。
「梶井、まな板がねえ」
「あー…研究室に持ち込んだんでした。クローゼットに予備があります」
「手前研究室で何やってるんだ?」
「研究ですよ」
知っているでしょう? という言葉はくあ、という欠伸の音に掻き消された。けれど言いたいことは伝わったらしく、まあ知ってるけどな、と返される。かちゃかちゃ、と皿の触れ合う音がして、其処にフォークの金属音も加わっていく。そうして食器棚を閉めてからまな板を出しに行くらしい。
「中也殿は、」
 そのよく働く背中をぼんやり眺めながら、呟く。少し輪郭がボヤけるのは眼鏡をしていないからだった。それ以外の理由など何処にもない。
「何故僕の部屋に来るのです」
「…手前がそうやって疑問を提示する時は碌でもねえのとを考えている時だ」
クローゼットを開けて、振り返りもせずに中原は言う。
「何もかも知った顔しやがって」
「何もかを知っていたら僕は科学の徒では既になくなっていますよ」
「それもそうだな」
ああ、これか、と引っ張り出された箱を目を細めて見遣って、確かにそうだったのではい、と頷く。
「手前は知っていることを知っているだけだ」
「何か、物語のような台詞ですね」
「手前が云うとまるで厭味だな」
「厭味ではないと?」
「手前にそんな器用な真似が出来るかよ」
研究馬鹿が、と破壊されるダンボール箱に対して、梶井は何を思うことも出来ない。
「でも、そうだな…敢えて理由を捏造するなら、手前の云う美しさに納得してみえてからじゃねえのか」
 洗うんだよな、これ、と見せられたまな板はあまりに白く、自分が購ったものであるのに信じられない心地になった。アルコール消毒だけで大丈夫ですよ、水気を含むと長いですから、と返す。
「で、自分で聞いておいて感想はないのか?」
「感想を欲するような遣り取りでしたか?」
「なんだ、ないのか」
「………ない、訳じゃあ、ないですが」
「じゃあ言ってみろよ」
「…口が上手いことで=v
「は、上出来じゃねーか」
 シュ、と音がして用意が整ったことを知る。それから中原が満を持した、とでもいうように冷蔵庫を開けた。そして、
「…って、オイ梶井! これ砂糖掛かってねえじゃねえか!」
 叫んだ。
「ええー…中也殿、前食べた時は甘すぎるって言ってたじゃないですかあ…」
「それは掛けるなってことじゃねえよ!」
「じゃあ今から掛けますよ。固まるまで少し時間掛かりますが」
「なら見てる」
「お好きにしてください。あ、上のところ切りますが食べますか」
「食べる」
「トッピング要りますか?」
「任せる」
「じゃあそうですね…甘すぎるって言われないように檸檬の皮でも。中也殿、知っていますか? この美しき紡錘形は皮にも―――」
「早くしろ」
「えー」
「あとで聞く」
「はい」
今度は出そうになった欠伸を無事に噛み殺しながら、まだ眼鏡をしていなかったな、と思って振り返ったら、いつの間にやら眼鏡を取ってきたらしい中原に無理やりに掛けられた。
「…中也殿」
「何だ、文句でもあンのか」
「右耳掛かってません」
 確かに、と言った中原が屈め、と言って、その通りにしたら今度は丁寧に掛け直されたので、とりあえずこの対価分はこの西洋生菓子(ケエキ)を丁寧に仕上げよう、と思うのだ。

***

或る一つの攻防 

*学スト

 丸洗いに出来たら良いのに、と梶井が言うので何事かと手の中を見遣ればなんてことはない、黒板消しだった。また何ぞ危(あや)しい薬でも誰かの背広に零したかと少し期待したもののそうではないらしい。残念だ。
 しかし、黒板消しとは。
「…乾くのに時間が掛かるんじゃねぇのか」
「そうなんですよね」
「黒板消しがないと困るだろう」
「そうなんですよね。一瞬で乾くような便利なものがあれば良いのに」
「ねぇのか」
「ありませんよ」
「なら、」
 白い粉が舞う。中原の額は梶井の手によって押さえられて距離は縮まらない。制服に粉がつく。
「つくれば良いんじゃねぇのか」
「それもそうですね」
君、変なところで頭が良いんですよね、と梶井が笑う。失敗だった。

 後日、梶井が黒板消しをすべて水浸しにしたとして数学教師に説教されている場面を目撃する羽目になることを、中原はまだ知らない。

***

四月の魚を逃がすな 

*学スト

 大人ですよ、とその大人びた帽子を被ってなんにもなくなったブレザーを引っ掛けて、少年だった少年は言う。
「もう良いと思いますがね」
「ええー」
「往生際が悪いとは思わねえのか」
「だって君、まだ未成年には変わりないですし」
教頭だって問題は起こさないでね、って、この件については慎重ですし、という科学教師の胸ぐらを少年は掴んで、
「ぐわっ」
地面に叩きつけた。
「オレは―――」
 宣戦布告はとうに過ぎている。
「此処で始めても良いんだぜ?」
その様子は勿論、他の生徒にも教員にも目撃されている訳で。
「どう思うだろうなあ? こんな、卒業式の終わったすぐあとの中庭で生徒と教員のセックス」
「君は僕の人生とかそういうもののことは考えないのかな!?」
「全部オレのモンになれば関係ねえだろ」
「………中原くんて、馬鹿ですよね」
「アア!?」
降参です、と言う。視界の端に教頭が映る。あのハンドサインはもうちょっと、ああ、なるほど。
「中原くん」
「何ですか、梶井先生」
「知っているとは思いますが、卒業式を終えても君は三月いっぱいは高校生です」
「なるほど四月一日に先生の家にお邪魔したら良いんだな」
「勝手に話を進めないでもらえますか!?」
思わず顔を覆う。
「だから、つまり、僕は、何があっても、それまでは君に答えを出しません」
「出てるようなモンだろ」
「出しません」
「でも、」
 少年は立ち上がる。青年へと変貌を遂げる途中の、尊い表情で彼は言う。
「それを言ったってことは、もう敗北宣言にも等しいって、賢い梶井先生なら分かってるじゃないですか」
その言葉に、本人よりも周りが盛大なため息を吐いた。



釦(ボタン)散つて打ち重なりぬ少年の独占欲ほど紅き唇 「転生の歌」 / 黒瀬珂瀾

***

骨まで溶かして 

 矛盾の問題ってあるだろ、と中原が言ったのを梶井はぼんやりと聞いていた。ひどく夏の様相を呈した春のことだった。そう、まだ春だった、暦の上では完全なる春であるのに、あまりの異常気象にこうして生命に限りのある人間らしくなくぼんやりと時間を食いつぶしているのであった。
「ええ? 今、なんて言いました」
「矛盾の問題」
「矛盾なんて、そこかしこにあるじゃないですか」
「有名なやつだよ」
 曰く、手に入らなかった愛しい女を殺すために博士は何でも溶かしてしまえる薬を作る。そしてその女を溶かしてしまう。さて、この文章を可笑しいところは?
「そんな問題でしたっけ」
「俺が聞いたのはそうだった」
「それは道徳の問題ですか」
「化学的な問題なんじゃねえの」
こんなマフィアに対して道徳を今更説くかよ、と言われてまあそれもそうだな、と思う。
「じゃあ、何でも溶かしてしまえる薬なら、保存する容器がない、ということでしょうか」
「そうそれ」
「中也殿、本当に答えを知っているので?」
「さあな」
「さあな!」
どちらともつかぬ笑い声が始まって、そのぼんやりとした空間を壊していく。
「手前なら作れるだろう」
「さて、どうでしょうね。僕が好きなのは爆弾ですし」
「それもそうか」
「骨は残りますよ」
「本当かな」
貴方が何を望んでいるのか分かりません、と素直に言えば、手前がそう言うのを待っていた、とこれまた絶対嘘であるようなことを言われた。



@ODAIbot_K

***

今宵、貴方の第一釦を奪いに行きます。 

*学スト

 貰ってくれないか、と言われたのはまだ春の盛りの頃だった。しかもまだ彼は二年であり一年後、ということでもない。何にせよ気が早すぎやしないかと梶井は思ったもののこの生徒に何を言っても無駄なことはこの短期間でよく分かっていた。
「それ、貰って何か僕に良いことがありますか」
「俺がついてくる」
「却下で」
何でだよ!? と叫ばれるもそれで頷く人間がいるならそれは確実に教師をやってはいけない人間だ。梶井ですらそれくらいは分かる。賢い彼がそれを分からないはずがないのに、鳴呼、青き春というのは賢さすら奪ってしまうのか。悲しいことである。そんなことを考えていると予約させたからな、と強引に話を打ち切られた。
「貰わない手はないんですか」
「ない!」
そう笑って帰っていった彼を見送って、長いため息を吐いたのがつい昨日のことのようだ。
 それで、と中原がにやにやと笑っているのが分かる。
「梶井先生はご丁寧に貰いに来てくれた訳だ。しかも俺がちゃんと高校生でなくなるまでまって。四月になる、その深夜に俺の家まで釦を取りに来てくれた訳だ」
「貴方が言ったから取りに来たんですけど気が変わったなら―――」
「変わってるとでも思うのか?」
「オモイマセン…」
まあ諦めろよ、とこの深夜に制服を着込んで待っていた人間の台詞とは思えなかったけれど、無事にその第一釦は梶井の掌に落ちて来て。
「ドーゾ、これからも末永くよろしくお願いします」
「…中原くんが言うと本当にそうなりそうで怖いですね」



明日の色 @asitanoiro

***

夏の少年 

 中也殿はブラウンがお好きなので、と聞かれた意味が分からずにああ? と凄んでしまったのはきっと癖のようなものだけれども今更この男がそんなことを気にする訳もないので特に訂正はしなかった。
「ですから、ブラウンが好みなのかと」
「もしそうだったら何だ」
「向日葵、お好きかな、と思いまして」
「………文脈が繋がらねえんだが」
 まあただの気まぐれですよ、と梶井は部下のような表情で呟く。
「貴方に向日葵はとてもよく似合うと、そんなことを思ってしまったものですから」
夢のような話でしょう、と言う梶井に、一体それの何処が夢のようなのだと問い返すことは出来なかった。



ロケットに積むなら摘みたて向日葵を 通りの御日様拾って帰る / ロボもうふ1ごう

***

あの人は私にとっての学問であり、宗教であった。 

 一体手前は首領のことをどう思ってんだ、とそんなことをうっかり聞いたらいつもの調子でおや中也殿! もしやそれは巷で噂の悋気というやつでしょうか! いやはや中也殿かまさかまさかこの梶井に―――と立て板に水とばかりに言葉が出てきたので強引にその言葉を止めてやった。
「…中也殿」
「なんだ」
本当にうっかりで、ただ日頃気になっていたことがぽろりと出てしまっただけで、本当の本当に他意はなかった。悋気などとはとんでもない! ただ、深く聞くつもりはないものの、あまりに自由にさせられているこの男にも忠誠心やそれに類するものが存在するのかと、そんなことを。
「接吻けで言葉を奪うというのはあまりに手慣れた所業ではありませんか」
「そうかあ?
手前だってやるときゃやるだろ」
「僕は中也殿が一体何処までご存知なのか一度聞いてみたいと今思いました」
「でも聞かねえだろ」
そういうことだよ、本当にうっかりだったから気にすんな、答えなくて良い、と続ける。
「尤も―――」
 いつものゴーグルではなく眼鏡だと、何となく幼さのようなものが感じられるその視線を。
「手前が話したいんなら別だけどな」
そう言って眼鏡を外してやる。視界がどれだけぼやけるのかは知らない。
「僕とて、中也殿の問いには解えを見つけたいという気持ちはあるのですよ」
「そうか」
「でも、貴方に演説をするのは何か違うでしょう」
ねえ、中也殿、とその男は心底困ったように言う。
 「この世界に神は一体幾らいるのでしょうね?」



邂逅 @kaikoubot_00

***

午後の交際 

 手前のそれはわざとか、と問われて梶井は一体何のことですか、と至極当然に首を傾げた。暫く中原は訝しむようにこちらを見遣っていたけれどもそのうちに本当に梶井に思い当たることがないと悟ったのか、それともお粗末な腹芸しか出来ないことを思い出したのか、まあどちらであっても梶井にとっては同じことであるのだが、やれやれ、と首を振ってため息を吐いた。ひどく大きなため息であった。仮にも献身的≠ネ部下に与えるものではないような気がする。けれども梶井にとってそんなことはそう重要でもないので、一体何なんですか、と言うに留める。こうして大仰な仕草をしてみせたということは中原にだって説明する気があるということだろうし、もしも梶井の目測が間違っていても特に梶井としては気になっていないので問題はない。もしもこれを口にすればそういうところが、と小言の一つでも食らいそうではあるが、そういうものだってもう慣れっこだと言ったら慣れっこだった。
「しかし、見事に誰も気付かないモンだな」
「まあ、人間見た目が十割と言いますし」
「八割だろ」
「細かいことを気にしますね」
「いつも細かいことを気にするのは手前だろ」
 いつものゴーグルを取って眼鏡に変えて、白衣を抜いで中原の選んだ服に身を包む。それだけで誰も、この喫茶店(カフェ)で指名手配犯がお茶をしているなんて思わなくなるのだから面白い。面白いが突き詰めて考えるようなものでもないのだよな、と思いながら手元のカップを引き寄せる。
「新聞、今日は開かねえだろ」
「ああ、そう言えば」
「どうしてだ」
「何が載っているのかもう知っているからでは?」
「もう読んだとでも?」
「中也殿の好きなように」
きゅっとその双眸が細められるのを見るが、今更こんな視線に晒されて怯えるようには出来ていない。人間の適応力というのは存外凄いものである。
「今日俺は手前を叩き起こして此処に連れてきた。手前は日付が変わる前からずっと研究室にこもっていて、昨日から研究室に手前以外の出入りはない。手前が寝ていたのは研究室の仮眠室で、間違って起動したりしないようにあの部屋には通信機器の類は持ち込めない」
「よくご存知で」
「俺の決めた規律(ルール)だ」
「そうでしたね」
 新聞には、爆発事件の記事が載っているはずだった。それを梶井は知っている。その爆弾は梶井が作ったもので、その構造も何もかも梶井がすべて知っている。失敗なんてするはずがなかった、でもそれは構造上の問題であって、持っていった人間が自分でスイッチを押すことを選んだのであれば仕方がない。
「中也殿」
死なせるつもりはなかった、処刑のつもりもなかった。けれども彼は、それを選んだ。彼が一体死の間際に何を思ったのかは分からない。だって死人は喋らないから。
「人間は死ぬんですよ」
「………言われなくても分かってら」
「なら良かったです」
美味しいですよ、此処のビスケット、と皿をすすめると何も言わずに一枚取られた。
 梶井にとっては顔も知らない誰か有象無象の一人であっても、中原にとってはそうではない。新聞を開かなかったのは結果を知っているから、決して覚束ない学習機能が働いた結果ではなく、だからこれはただのよくある逢引(デエト)でしかないのだ。



image by「のさばるレモン考」平野紗季子

***

魅惑のカシスソーダ 

 お酒苦手なんですよね、と言ったらとりあえず目の前には何か置いておけ、と勝手に頼まれたのはカシスソーダだった。
「飲まないのに?」
「タイミング見て空にしてやる」
「必要ですか」
「不必要ってわけじゃあない」
馬鹿じゃないんだからそれくらい分かるだろ、と言う言葉は梶井にとって頷くことしか出来ないもので、そういう言葉を選ぶこの上司は本当に狡いとそう思うのだ。



胡乱な夢 @ebisu_unknown

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ポケットに突っ込んだ手は繋がれないまま 

 逢引(デエト)というやつをしましょう、と梶井が言い出したのは今に始まったことではないし、恐らく研究に一区切りついてテンションが上がっているのだろうと分析をしてあった中原のスケジュールは既に調整済みだった。
「明日の午後なら開いてる」
「じゃあいつもの店で」
「いつも思うんだがそれ、意味あるのか?」
暗に手前が会議にちゃんと出たら良いだろ、と言ってみるものの、呼ばれていない会議には来ないというのが梶井の心情らしい。どうにも首領はこの男に甘くていけない、と思うけれど、中原だって人のことを言えた義理ではないのは分かっている。甘やかしたくなる男、という訳でもないのに、あまりにあっけらかんと『それ、僕必要ないですよね? ならその時間使って研究がしたいです』なんて言われてしまえば気持ちよくなるとでも言うのか。
「だって、中也殿、逢引と言えばまず待ち合わせからでしょう!」
 科学も計算も何もない、梶井の美学という訳でもない。ただ、誰ぞが言っていたような不確定の台詞。演劇に出てくるような切欠、ただの舞台装置。それを当たり前のように愛していると宣言する梶井の、その薄さ寒いほどのちぐはぐさに。
「…そうだな」
 中原は頷くしかなかったし、明日の逢引への期待が少し、自分の中で高まっているのを感じていた。



@bollboy21

***

20190502
20191225