魔法を掛けて、わたしはほら、今生まれ変わる メルト

 貴方はまるで私に前に出会ったことがあるような素振りをするのね、と硝子の少女が言ったのは出会った暫くしてからのことだった。
「それに、トリのやつと話してると安心したみたいな顔をするし」
自分で言うのもなんだけど、私って特殊な存在でしょう、なのにどうして私に会うことが出来たの、と彼女は問う。
 けれども。
「ごめんなさい」
わたしはそう答えるしか出来ない。
「それは、秘密なんです」
「…BBとの?」
「かもしれないし、そうではないかもしれない」
謎掛けのような言葉に彼女はふん、と息を吐いて、それから馬鹿ね、と呟いた。



白鳥のランプを灯し暗闇を湖にする魔法はいかが / 河嶌レイ

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 「煙草が足りない」
ある日ロビンフッドから漏らされた言葉はそんなものだった。

嘘みたいな日常 ロビン

 ロビンフッドだけではなく幾人かのサーヴァントが喫煙者であることは、マスターである少女も様々な管理を行っているドクター・ロマニ・アーキマンも、また、サーヴァントと人間の大きな意味での緩衝材となってくれているレオナルド・ダ・ヴィンチも知っていることだった。煙草というのは消耗品であるからして、いつかそういった訴えが出るだろうことは予想されていたが、こうストレートに真正面から言われるとは。
 言われたマスターは少し悩んで、わたしは持っていませんよ、と言った。
「いや、マスターが持ってないのは知ってるんだけど。っていうかマスター未成年でしょ。煙草吸っちゃだめでしょ」
「外の世界滅んでるのにそんなカタいこと言われましても…。どうしますか?」
ダ・ヴィンチちゃんなら煙草くらい作れるだろうが、果たしてあのダ・ヴィンチちゃんが素直に作って売ってくれるということがあるだろうか。パンは時々売っているが、パンは全員がそれなりに食べられるのに対して煙草はそうではない。一部需要すぎるものを彼女(彼女で通す)が売ってくれるだろうか。無理な気がする。
 しかし、それはロビンフッドも同じ考えだったらしい。
「マスター、ダ・ヴィンチ女史と相談してからで良いから俺に煙草の材料取りに行かせて」
「材料だけでいいんですか?」
「自作くらい出来るし。ちまちま量減らしてたんだけど、どーも物足りなくて。素材集め行ってる時についでに探したりとかしてみましたけど、やっぱ素材集めは素材集めだし。材料取りに行くなら材料取りに行くできっちりやった方が良いっていうか、こう、モチベーションっていうかねえ。素材集めサボってる訳じゃないけど申し訳ないし」
真面目だ。
 別に素材集めもちゃんとしてくれるのなら構わないのだけれど、彼は気にするらしい。自分の必要なものを少しずつ集めているサーヴァントは他にもいるだろうに。
 そういう訳でダ・ヴィンチちゃんに相談しに行くことになった。あんまりレイシフトってやったらいけないんだけどねえ、と言いながらもダヴ・ィンチちゃんはすぐさま許可をくれた。流石分かっている。職員の中にも喫煙者はいるので、その分の確保もしておきたいのだろう。
 そうしてロビンフッド以下有志のサーヴァントで煙草の材料集めをして、作成にもついでに加わってみた。出来上がった煙草をおいしそうに吸う姿を見ると、ちゃんと集めることが出来てよかった、と思う。そんなふうに眺めていたら、ロビンフッドは何を思ったのか吸いさしを傾けて来た。
「マスターも吸う?」
「いえ」
断ったの未成年であるからではない。
「マシュが嫌がるのでやめておきます」
 最愛の少女が、あまり煙草の香りを好まないのを知っているから。
 その返しにロビンフッドは少しばかり唇をつり上げて、
「はいはい。ごちそーさま」
さっさと行けと言わんばかりに手を振った。



だとしてもきみが五月と呼ぶものが果たしてぼくにあつたかどうか / 光森裕樹

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天国で喝采 新宿

 マシュがまだ同行出来ない段階での特異点。わたしには決断が必要だった。それでもわたしには決断なんて出来ないので、わたしはわたしの腹心にすべてを委ねるのだ。
「先生」
「はい」
「任せます」
「御意」
 わたしを守るか、マシュを守るか。けれどもきっと彼はマシュを守ってくれる。そういうひとだ。わたしはそれをよく知っている。
「行ってきます」
わたしは呟いてコフィンに乗り込む。
 それがさよならと同じ音をしていることに、気付かないふりをしながら。

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引いて押して引いて引いてまた引いて押して 天+ヘク

 部屋替えの希望がありました、とマスターに言われ、特に異論もないのでヘクトールは引き受けた。
 が、それにしても謎は残る。一度彼には聖杯の用途のことで声を掛けられたことはあったけれども、それ以外にこれと言った接触はなかったはずだ。そういえば思い出したが彼はあの後例のアサシンを紹介されたらしく、大分ショックを受けていたように見えたが大丈夫だったのだろうか。
 そんなことを考えながら、何故部屋替えを希望したのか聞いてみる。
「貴方に興味を持ちました」
「なんでまたオジサンに。もっと他いろいろいるでしょ」
「トロイアの英雄に興味を持つことは、そう悪いことではないでしょう?」
現に既にいる訳ですし、と言われれば確かにそうだ。アレキサンダーはイーリアスを読み込んでいたらしく、このカルデアにやって来てからはよく話しかけて来る。一緒に出撃したことはないが、仲は悪くないと思っていた。照れ臭いには照れ臭いが、何より自分を慕って来る存在というものは可愛いものだから。
 けれども彼は違うだろう。彼はアレキサンダーとは違う。生前から興味を持っていたという情報は与えられていないし、彼もまたそんなことは言っていない。誤魔化しの言葉。
「まあ別に、言いたくないなら良いんだけどね」
「言いたくない訳では…」
「じゃあ整理がついてない?」
「…かも、しれません」
 なんだ、案外素直だ。
「じゃあ解えが出たら教えてよ」
「はい。そうすることにします」
それは間接的に自分の観察を認めたようなものだったが、この古今東西あらゆる英霊のいるカルデアでそれは今更な気もした。寧ろ自分が認めてる分、気持ちに余裕が出来る気もする。
 許可された少年は何がそんなに嬉しいのかと思うほどにこにことしていて、まあ暫くは付き合ってやるか、と思ったのもまあ、あった。



チューニングくるいはじめた感情にゆっくり首を絞められながら / 北原未明

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残響リコイル ディル→フィン

 フィン・マックールがマスターである少女と話をしているのは然程珍しい光景でもない。なかなか相性の良いらしい彼らはどうでも良い話を延々と続けることも、フィンの英雄譚を聞くことも、マスターの今までを語ることも、当たり前のように続けていた。互いにそれほどの興味がないこと、それが会話を長続きさせる秘訣なのかもしれない。フィンは少女の人生に立ち入らないし、少女もまたフィンの考えに賛同しない。
 答えの出ない問答を、ゆるりと続けているだけ。この白銀の檻の中で。
「逃げているようで、落ち着きはしないがね」
「逃げ、ですか」
「ああ。騎士には相応しくない言葉だろう?」
「まあ、ニュアンスとしてはそうかもしれませんね」
やはり興味なさそうに言ってみせた少女が、本当に興味がない訳ではないことくらいフィンは分かっている。分かっていて、この距離感にうつつを抜かす。それが正しいと思っているから。
 ダ・ヴィンチ女史がフィンを呼ぶのが聞こえ、少女に断ってフィンは立ち上がる。歩き出したのを、
「フィン」
少女は呼び止める。
「わたしは貴方が逃げても良いと思います。こんな世界ですから、許される瞬間くらいは、と思うんです」
 真っ直ぐな瞳は、フィンを見てはいない。
「…君らしい」
「そうですか」
「そうさ」
笑う。その笑みがいつまでも保証されるように。
「またいつでも、貴方の話を聞かせてください」
「…我がマスターがそう望むのであれば、いつでも」



無音 @nothing_glass

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どうか恋を教えて 天ヘク

 そんなに良いものなのですか、と唐突に会話が始まったものだからヘクトールは面食らってしまった。
「え、何が」
「恋、というものが」
「うーん…オジサンに聞かれても。オジサン、確かに愛妻家だけど恋愛をしていたかって言われると…難しいねえ、オジサン、これでも皇子だし」
「地位があったから、恋は許されなかったと?」
「どうだろう。地位があっても恋をするやつはいっぱいいるし」
アレキサンダー辺りが持ってる本を読んでみたら? と言ってみる。ヘクトールの時代の物語は、イーリアスだけではないだろうし。
「貴方は…恋を、知っているんですか?」
「微妙だねえ。あとから思えばあれは恋だったかも、なーんて思うことはあるけど、正直生きてる時にああ、これは恋だ!≠ネんて思う余裕なかった訳だし。人間を愛し愛されするより、神様に愛し愛されの方が生きる上で重要…なとこもあったしなあ」
それがまるでだめとも言えないけどね。
 自分が何を言っているのかもよく分からなかったけれど、少年の顔をした彼はそれなりに納得したようだった。
「…今こうしてサーヴァントになって。恋をしてみたいと、思いますか」
鼓動の音がゆっくりに聞こえた気がした。
「…どう、だろうねえ。考えたことなかったかなあ」
「そうですか」
「でも、知らないなら知らないままで良いと思うよ」
「そういうものですか」
「少なくとも、オジサンにとってはね」
 もしも恋が噂に聞く通り、身を焼き焦がし判断を鈍らせ、何もかもを狂わせる可能性を秘めているものであると言うのならば。それで大切なものを一切合切失ってしまうのだと、その所為に出来てしまうと言うのなら。
 そんなものを、きっとヘクトールは知らないままの方が良いのだ。



「おお お馬鹿さん お馬鹿さん うぬぼれのお馬鹿さん 恋のなやみにくるしむひとよ すべて あなたののぞみは はしゃぎまわる心のこどもたちは すっかり殺されたのよ」
海の精のうた / ハイネ

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ホットミルクに嘘を混ぜて ロマニ

 嘘を吐いている、という自覚を本当は持っていた方が良いって分かっているんだ、と友人は言う。なのに、今が楽しくて楽しくて、彼女たちが精一杯に生きていることが、とても尊くて。自分が隠し事をしていることすら、嘘を吐いていることすら、これが結果的に彼女たちに対するひどい裏切りになることを、僕は理解しているのに!
「ああ、本当に今、僕は人間を満喫しているんだ」
最高だよ、と言った友人の言葉を、それこそ嘘に出来るほど審美眼は狂っちゃいなかった。



喉元にカッター
http://nodokiri.xria.biz/?guid=on

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何処へだって行ける 天+子ギル

 気にしているんですか? と自分よりずっと小さい貌(かたち)をした、けれどもずっとずっと前の時代の大英雄を前にして、天草四郎はどう答えたものかと少し躊躇った。
「ああ、もし大人の僕のことを―――と言っても此処にはキャスターの方の、比較的大人しめな方しかいないのですが、まああれも大人の僕ですし、それなりに傲慢ではありますからね。気になるのも仕方ないでしょう。前置きが長くなりましたがあれとは同じ記憶を持った別人とでも思ってくだされば良いので、肩の力を抜いて答えてくださって構いませんよ」
にっこりと笑った顔は確かに言われた通り年相応にも見える。勿論それだけではないことを天草は知っているのだが。
「気にして…いない、と言ったら嘘になる、くらいのものですかね」
「それはまた」
難儀ですねえ、と少年は笑う。
「一応言っておきますけれど、僕の方にそのつもりはないですよ」
「分かっています。そもそも貴方ではありますが、貴方ではないものでしょう」
「頭では分かってはいるけれども、心の方は別、と言ったところでしょうか」
「………そう、なのでしょうか」
「少なくとも僕にはそう見えますね」
だからなんだと言う話なのですが!
 明るい、まるで本物の子供のように。
「自分がどうしたい、というのも分かりませんか」
「そうですね」
「カルデアにカウンセリングを行うものはいませんし…そもそも貴方はそういうことを聞く方、ですか」
「言われてみればそうなのかもしれません」
「人の声に耳を傾け、導く。確かに貴方は英雄であるのですね」
「…思ってもいないことを」
「はは、バレましたか」
少年は今度は笑い声を上げて、でも、と続ける。
「僕が認めないことが一体貴方にとって何になるのでしょう」
 そうだ、この少年が何と言おうと、天草の心は、使命は、生き様は、生きてきた痕跡は、変わらない。
「僕たちは死者です、死者の影法師。この世に何を遺すことも許されない幻影。でも、だからこそ。出来ることがあるのだと、そう思いませんか」
人間のことを、人類のことを、可愛らしいと愛おしいと、貴方がそう思うように。
 それを聞いて天草は立ち上がることにした。
「そんな、美しいことを思っている訳ではありませんよ」
「貴方はとても素直なのですね」
「嘘吐きでは仮にも聖者の枠に入っているのに、格好がつきませんから」
歩き出す。少年は追って来ない。
 まずはじめにあの人に会いに行こう。それから何をするのか決めよう。
 そんな、まるで何も知らなかった頃に戻った振りで、足を進めた。



雪の朝取り替えてきた嬰児(みどりご)の呪文で今日は南の島へ
佐々宝砂

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定義の向こう側 

 先輩、と抱き締めてきたのが誰なのか分かった瞬間、何を考えるより先に身体が動いていた。まだ重い腕で抱き締め返す。…あたたかい。
 ゲーティアはそれを迷いと言った。ヒトによる理解者がほしいと、そう言った。違う、とわたしは思う。それは確かに迷いかもしれない、迷いにしか見えないのかもしれない。否定はしない、嘘は言っていないのだろうし、言葉が誤魔化しであるはずもないのだから。
 それても、と思う。きっとマシュも同じことを思っていた。わたしは、わたしたちは。
 人間だから。
 その在り方を変えることは出来ない、胸をはることは出来ても恥じることは出来ない。まるで呪いのようだと言えばきっとそうだった。それでも。
 彼は無駄とは言えども愚かだとも、生き汚いとも言わなかった。それが答えなのだろう。

***

止めるならいっそのこと切り落として殺すまで デル

 どうして俺だったんだ、とぐちぐち文句を言われるのは初めてのことではないし、実のところそう深刻な愚痴でもないことを少女は分かっているのではい、はい、すみません、とちゃんと聞いてはいるものの流すような返事しかしたことはなかった。マシュとうまくやっているようだし、マシュの憧れとかそういう感情を踏みにじることはきっと彼はしないので、愚痴くらいは喜んで受け入れようと思うのだ。ガス抜き、まあ、そんな感じで。
「…しかし、あの後輩はよくよく正しいファンの姿をしているが、お前はどうなんだ」
「どうなんだと言いますと」
「本は読むのか」
「読みますよ」
一体何だと思われていたのだろう。流石に本くらい読む。しかしながら彼の著作がどれかと言われると作者など気にせず読んでいた時間の方が長いので、すっと出て来ないのだが。人魚姫も嫌いではないが、特別すきという訳でもない。うーん、と考えていると、別に無理をしなくても良い、と言われる。無理をしている訳ではない。
「あ、そうだ。赤い靴ってアンデルセンですよね。あれ、好きですよ」
思い出したので素直に言ったら、当の少年姿の作家はひどく微妙な顔をしてみせた。

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20180509