わたしはただの人間でした 

 わたしは何も出来ない人間だった。
 こうしてカルデアでマスターとして結果的に人理を救うために尽力している中で、きっとそんなことを言えばいろいろな方向からツッコミが入るのは分かっていたが、わたしはわたしの夢のために、望みのために、何も出来ない人間だった。それを彼女は知っていて、それでもわたしを愛してくれた。それはこの上ない幸せだっただろう、幸福だっただろう、だからわたしは彼女を尊重する。この世界で一番に愛している存在の、判断を尊重する。
「先輩」
可愛い後輩はわたしを見る。
 最初と同じように。
 あの焔の中の管制室で見たのと同じように。
「もう一度、手を握ってくださいますか?」
彼女が何を考えているのか分かっている。分かっていても、わたしにはそれを否定することは出来ない。だってそれは彼女が精一杯で出した答えなのだから。
―――例え、それが刹那の輝きでも。
―――その先に、未来があるのなら。
「ええ」
―――それが、彼女の望みなら。

 「もちろん」

***

神様、夢を見るのなら 

 わたしのことを人でなしだと言う人間はいるだろう。
 わたしはマシュが何をしようとしているのか分かっていた、分かっていて止めなかった。手を離せば彼女が何処へ行ってしまうのか知っていた。知っていてその手を離したのだ。
 怖かった、この上なく怖かった。
 彼女を失うことが、この先彼女のいない世界で生きていくことが。人間というのは忘れる生き物だ。彼女のいない世界で生きていくことに慣れてしまえば、きっとわたしは彼女のことを忘れていく。あんなに大切だったのに、あんなに愛していたのに、生きて行けてしまう。
 走りながらわたしはそんなことを考えていた。わたしを急かす声がする、走るべきだと分かっている、でも、それでも―――足元が、崩れた。あ、と思う。
 でも、これでわたしは彼女のことを忘れない。
 世界はもう救ったのだし、良いんじゃないかと思って―――。

 刹那、幻が見えた気がした。

 「まだです、手を伸ばして―――!」
 神様、と笑うには少し、いろいろな出会いを経験しすぎたけれど。どうやら最後に良い夢を見せてくれたらしい。まあ頑張ったのでその分の対価と思えばひどく安いのかもしれない。
「先輩、手を―――!」
わたしは迷わず、その手を掴む。
 聞き慣れたレイシフトの音に、意識は遠退いて行った。

***

水鏡 

 夢だった。
 そう判断出来たのはカルデアに来てからと言うものたくさんの夢を見てきたからなのだろう。とは言え肉体がついてきていないというだけで魂がどうのこうのと言う話なのかもしれなかったが、その辺りは詳しくないので一律夢ということにしているのだった。
 ゆらり、と目の前が揺れる。まるで夢の中にいるみたいだった。試しにあーと声を出してみると、ぶわんぶわんと響いていく。変な心地だった。耳が揺れているみたいで、でも身体はやけに軽くて。今なら何でも出来るような。試しに歩き出して見る。羽根でも生えているようだ。五感も若干の違和感はあるが冴え渡っていて、何も困るようなことはない。
 ないはずなのに喜べなかった。
 これは夢、これは夢、これは夢、そう繰り返してあ、と気付く。
「そうか」
わたしは呟く。
「わたしはそれが一番怖いんだ」

***

この手は人殺しの手 

 ぼろぼろと涙が溢れた。何についてなのか、よく分からないまま涙だけが流れていた。魔術師殿、と呼ばれる。その声が誰の声なのかわたしは知っているし、彼がわたしの傍にいてくれることもわたしは知っている。泣いているのかと彼は問わない、慰めることもしない、抱き締めることなんて尚更。
「このままじゃあわたし、マシュに嫌われてしまいます」
それは懺悔のようだった。
 聖人なんて他にもいるだろうしきっとこういうのはもっと別の人であるべきだった。でもわたしには彼しかいなかった。
「先生」
どうしてもと縋った時に、わたしの願いを叶えてくれる人は彼しかいなかった。
「先生なら、わたしを助けられますよね」
 こんなことをするために喚んだのではないのに、それでも彼は頷いてくれる。
「先生」
それがわたしには何よりも赦しだった。
「わたしがマシュに嫌われるような日が来たら、それを先生が察したら、その前にわたしを殺して」

***

なもなきひと 

 あの爆発で一体何人が死んだのか、その総数は教えてもらえなかった。四十七人の自分以外のマスターの数だけでも目眩がしたのだから、きっとそんな反応はドクターにはお見通しだったのだろう。ドクターはそういうことをさらりとフォローしてくれてしまう人だった。確かに、喋ったこともないような人々の死にまで何かを考えるというのは漠然としすぎていて、すぐさま出来るようなことではなかったけれど。
「長期戦になるだろうしね。サーヴァントは確かに部屋を必要としないだろうけれど、ダ・ヴィンチちゃんに部屋があるしね。カルデア内でもまあ、部屋は余っていない訳じゃないし。使ってもらったらどうかな」
片付いてない部屋も多いけど、と笑ったドクターは困ったような顔をしていたし、余っていない訳じゃあない部屋というのが何を指し示すのか、分からない訳ではなかった。
 必要ないと切り捨てられるほど冷たくはない、でも顔も知らなければ名前も知らない、喋ったことすらない。けれどきっと、今の自分がいるのはその人たちの叡智の結晶であるマスター礼装があるからで。
「どう思うのが正解なんだろう」
掃除は任せるよ、と一任されてしまった部屋を開けて、一人呟く。マシュはレオニダスと出掛けていた。だからドクターも頼んだのだろう、と思う。マシュはわたしと違って、彼らと面識があるから。
 扉の向こうには部屋があった。少し前まで誰かが其処で暮らしていたと、色濃くその跡の残る部屋があった。ああ、と思う。もう何処にもいない、元通り未来を勝ち得ても戻ることのない彼らの持ち物―――遺品をダンボールに詰めながら、最後まで何を言うべきなのか分からなかった。

***

イヴ・ユース・イヴ 

 静かな夜だった。座標はもう少しで確定する。最終決戦は目の前だ。大きく息をする、ずっとこの日を待っていた。わたしはどうしてもこの日を乗り切りたかった。
「先輩?」
マシュの声がする。
「なあに、マシュ」
「その、あの…ええと、先輩と私は、その、おつきあい、しているのですよね?」
「えっ、あっ、うん。わたしはそのつもりだけど…どうしたの?」
「その、ですね…ええと、先輩と私はおつきあいしているのに、その、何も…ないので。以前からサーヴァントの方々には言われていたのですが、その…先輩は、私とそういうこと、したくないですか?」
「とんでもない」
思わず身を乗り出してしまった。
「わたしは、マシュが、いいなら………」
 言ってからはっと気付く。最終決戦は目の前だ。目の前なのだ。明日にも、最後のコールが鳴るかもしれない。
「………でも、今すると、フラグ、みたいだよね」
「先輩?」
「ねえ、マシュ」
その手を取る。
 最初の時のように。
 わたしはきっとずっと、無力だから。
「世界が元に戻ったら、いちばんに、マシュにキスしてもいいかな」
「も、もちろんです!」
「よかった。…頑張ろうね」
「はい!」
現状に満足したりしないように、全力で足掻かなくてはいけないのだ。

***

ぼくらの休日 

 「マスターはさ、世界救えたら何がしたい?」
まるで抜き打ち検査のようにそう聞いてきたヘクトールにわたしはなんですか突然、と問い返す。するとヘクトールは自分が喋りたかっただけのようで、その続きを口にした。
「オジサンはねえ、頑張って育てたマスターのポケモンで世界中の強い奴と戦ってみたいって思うんだよねえ」
そういえばゲーム機を持ち込んだな、と思い出す。それをヘクトールが見つけて、貸してほしいと言ってきたのは結構前のことだったので忘れていた。オジサン頑張ったんだよ〜と見せてくる画面にはいろいろなポケモンがいるが残念ながらそういうことをしてこなかったわたしには凄さが分からない。
「厳選したんですか」
「そうそう、隠しステータスって面白いよね〜」
「ヘクトールってえげつない厳選しそうですけど」
「さあ? どうだろうね。オジサンがマスターのゲームやり始めた頃にはもう外の世界は焼却されちゃってた訳だし、攻略サイトとか見れなかったし。いやー一体一体努力値調べるのきつかったからエジソンに頼っちゃったけどまあ、先人の知恵を利用出来ないんだからそれくらいのチートは許されるべきだよねえ」
「エジソンに何させたんですか」
「秘密」
「お願いですから公式に怒られるようなことはしないでくださいよ」
「えっ」
「待ってください何したんです」
「マスターに優しい方から言うとパッチを用意したかな」
「待ってくださいシナリオ誰です、デザインも誰です」
「シナリオは童話作家様と劇作家様のコラボ、編集はティーチ、キャラデザはパラケルスス」
「パラケルスス」
「なかなかすごいよ、パラケルスス」
「いや待ってくださいよ、わたしのポケモンはどうなったんですか」
「それは安心してくれよ、ちゃんとデータ取ってあるしマスターが捕まえたポケモンは一匹だって逃してない。現に今オジサンが持ってるし。なんなら確認する?」
「良いです…でもまた何でパッチ」
「だってセーブデータ二つ作れないし。マスターのデータ消すのもなあ〜って感じだったし、でもオジサンだってストーリーやりたいし? っていうふうに始めたはずなんだけどねえ〜。気付いたらゲーム制作班が出来てた。オジサンテスター」
「ええ…」
「面白かったら人理修復したあとにネットにアップするって言ってた」
「怒られない程度にしてくださいって言っておいてください…」

***

夜明けの嘘 

 青空教室はとても勉強になった。いろいろな話が聞けたし、恐らくみんなが当たり前と思っている知識をわたしは知らないのだから。そして恐らく殆どのサーヴァントはそのことを認識していない。わたしが半人前以下という認識はあっても、何を知っていて何を知らないのかは分かっていないだろう。ただ一人、この人を除いて。どうしてこの人がわたしが何を知っていて何を知らないのか察したのかは分からないけれど、同じ匂いがすると思ったので、もしかしたら生前わたしと同じように何事かに巻き込まれたのかもしれない。
 だから、確信を持って呟いた。
「大変でしたか」
驚く素振りも見せずに赤い弓兵は笑って、そうだな、と言った。
「そうかもしれない」
「これからもっとわたしは大変になるんでしょうか」
「ああ、そう思う」
「それは経験則?」
「そうだ。覚悟一つでどうにかなる事態でもないが、覚悟はあった方が良い」
わたしはそれに素直に頷く。
 これから何が起こるのだとしても、わたしはこの人と同じように立ち向かうだけなのだ。



孤独な愛の育て方 @kimi_ha_dekiru

***

絶対不滅ユートピア 

 様子を見に行こうと言われて素直について行ったのは、いろいろと言いたいことがあったからだった。別に文句ではない、と先に言い訳しておく、が。
「先生はですね、違うんですよ」
カルデアの二人の疑問の声の裏で、わたしは呟く。
「そうじゃないんです」
「そうじゃない、とは」
どうやら話は聞いてくれるらしい。お人好しなのか、知りたがりなのか。後者な気がする。
「いてくれたら、と思ったのかもしれません。…いえ、もしかしたら今もついて来てくれているのかも」
 この特異点に赴く前、わたしは彼に言ったのだ。
―――任せます=Aと。
「わたしの腹心はわたしに一番良い選択肢を任されています」
「良い選択肢」
「わたしの腹心は同じ―――そうですね、同じ、と今はいいましょうか」
本当はそうではない。霊基数値が同じでも、他の彼はわたしの記憶を持っていないから。
「貴方はわたしの先生ではないのは分かっています。キャメロットで会ったのは先生ではありませんでしたから」
積み重ね、そうだ、積み重ね。
「でも、違うんですよ」
ああ、本当に、どうして分かってしまったのだろう。馬鹿みたいに信じていられれば良かったのに。
「違うんです…」
 わたしの声を彼がどう感じたかは分からなかった。

***

転寝の空舟 

 思い出さないとは言えない、とわたしは一人で思う。寂しくない訳ではないのだ、別に確かにいつも家にはいなかったし、交流と呼べるような交流は少なかったし、それでもわたしたちは確かに家族で、いざ連絡が取れないとなると本当に何か失くしてしまったような、そんなおぼつかない心持ちになる。ああ、わたしたちは家族だったんだ、なんて。失ってから気付くなんていう常套句をこんなところで言う羽目になるとは思わなかった。
 誰が悪い訳でもないし、わたしはそれを受け入れていた。不思議に思うことはあったかもしれないが、短い時間でも彼らはわたしに言葉を尽くしてくれたし、それは幼いわたしにもしっかり伝わっていた。だから、関係は良好な方だったと、そう言えるけれど。
「誰も、いないんだなあ」
窓の外は雪ばかりだった。空も見えない。
 でも、例え見えたとしてもその先に何もないことを、わたしはもう知ってしまっているのだった。



父母が頭かき撫で幸くあれて言ひし言葉ぜ忘れかねつる / 防人の歌

***




20170713