ブレスト・バレーにて 

*ゲームプレイ記に近いので細かいことは考えてはいけない

 「ヘクトールって、年下趣味なんですか」
戦闘が終わって一旦休憩とした時にマスターが言い放ったのはそんな言葉だった。これが厭味だとかそういうものではなく、ただ純粋に疑問に思ったから口にしただけ、といったようなものだから余計に質が悪い。ヘクトールのマスターがそういう性質を持った人間だと知っていたが、こうして自分に降りかかるのとでは話が別だ。
「マスター…。あのね、確かにこの中で一番魅了に掛かってることは認めるし悪いとは思ってるけどね」
「一番っていうかアンタしか掛かってないけどね」
「ドレイク女史は黙っててくれる?」
先頭にいるからどうしても喰らいやすいの! と弁明するもそういえば三番手にいたフレンドの孔明氏は跳ね除けていたなあ、と思い出す。彼はアレキサンダーの方であれば途端にちょろくなるという噂を聞いているが真相はさておき。
「そもそもアイツの出典(ギルガメシュ叙事詩)の方が成立年代古いからね!?」
「ショタジジイじゃないと無理ということでしょうか? あまりの開き直りっぷりに流石のBBちゃんもドン引きです…」
「いいえ、自分より成立年代が古いから守備範囲外と言っているのかもしれなくてよ? つまり、自分より成立年代が新しくないと無理ってことなんじゃなくて?」
「そこの新入り二人、適当なことマスターに吹き込まないでくれる?」
 勿論面白い話を聞いた女子(女子)の暴走を止められるはずがなく、翌日にはカルデア内にその噂は蔓延していたのであった。

***

胃痛 

 その未熟なマスターについて思うところのあるサーヴァントは山のようにいるだろう、と思う。ただ単に彼女の持つ揺るぎない善性にその言葉を飲み込むか何かしているだけで。彼女が嫌われるということは恐らくないだろう、それほどに彼女には得も言われ性質が備わっているのだ。例えばそれはやたらと興味を引くことだったり、放っておけないものだったり。感じるものは千差万別、けれども共にいることがそこまで苦ではないというのは共通する認識だろう。
 だが、それとこれとは話が違う。何かしら思うところがあってカルデアを通して彼女と契約しており、彼女のことをそれなりに思っていても、文句一つないとは行かないだろう。そもそも魔術師としての訓練さえあまり受けていない子供なのだ。戦闘訓練などもってのほか。指揮一つとっても迷いはないが感情を押し込めることはまだ苦手なようだし、無謀な作戦にすら率先して参加する。確かに他に手がない場合に進んで加わることは勇気と褒められるかもしれないが、ヘクトールからしたらそれは蛮勇に類するものだった。希望を掴むために今まで必死で戦ってきたことは勿論褒められるべきことだ。だが、それは結果論だ。
「お嬢ちゃんがいるから大丈夫だと思ってたんだけどなあ」
彼女と一緒に最前線へと繰り出す少女を思い出す。真っ直ぐに、まっすぐに、彼女を思い続ける唯一の彼女のサーヴァントにして彼女の恋人。
 そしてその恋人は、彼女が他のサーヴァントに向けるひどく甘やかな笑みを知らない。
 彼女がどれだけ彼女以外のすべてについて、冷酷になれる素質を秘めているのか、知らない。秘密にしている、という自覚すらないのだろう。ため息を吐く。彼女は彼女自身の危うさを知らない、けれども恋人だけには知られたくないと思っている。それを利用出来るものと、彼女の生存のために利用出来るものと思っていたけれども。
 「あーあ、ホント。オジサンこんなキャラじゃないはずなんだけどなあ」

***

夜の瀬戸際 

 無茶をするからね、と同じクラスの将軍に言われたのをエルキドゥは覚えていた。とはいえ、気にかけていた訳ではない。どうしたってマスターという立ち位置は危険が伴うものだ。それにいちいち弱音を吐いていられたら困る―――というのを知っていたから。頭は優秀でなくてはならない、自分のマスターであるのならば尚更。
 だから、これはそういった意味の行動ではない。ない、のだけれど。
「マスター」
呼びかけると彼女は振り返って、何、と問う。
「少し休憩をしよう」
「え、でも…」
「ほら、見て。夕焼けが綺麗だよ」
「本当だ」
空が燃えているようだった。それを目を細めてきれい、と呟く彼女はまるで長いことそれを忘れていたかのような様子で、何となく他のサーヴァントたちが彼女を気にかける理由が分かったような気がした。



夕焼けを引き止めようと掴む手の体温はきっと夜より低い / 中島裕介

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貴方が何も知らなくても 

 大した言葉を操る能力はない。揺らめく思考の中でそれでも意識を保っていられるのは人格を崩すほどの後悔の起因よりも先に、彼女に会ったことだったのだろうと思う。このような姿になったことは自明の理だった、それを悔やむこともないけれども。楽になりたかった、楽でいたかった、後悔の念に捉われたくなかった。
「ランスロットさん!」
セイバークラスに自分がいるのにも関わらず、彼女は変わらずそう呼んでくれる。マスターもそうだ、このカルデアにランスロットと、何の装飾もなく呼ばれるのは自分だけ、だって彼女らにとって最初のランスロットは自分だったから。
「マスターが呼んでいました。難しい戦場に行くのだと」
呻き声のようなものでも彼女は受け取ってくれる。
「はい! 頑張りましょう。今回は私も一緒です」
そうして並んで走って行く、この瞬間もこの先も。
 幸せであればいいと思う。それがひとときのものであっても。



あたし昔 冥王星の衛星でした まだ地球の誰にも存在を知られてなくて 名前もなくて あたしと冥王星はほんとうに宇宙でふたりっきりだった この星では あなたと アイスクリームが好き よろしくね あたしは まみっていうの

雪舟えま「愛のあいさつ」

***

掌のあとさき 

 よく叱られているのを目にするのは彼女がそう叱られるようなことを度々起こす訳ではなく、燕青がただそういった場面に出くわしやすいからだった。それはあのギリシャの槍兵がこっそりと彼女を叱るのに使う場所が燕青の好む場所なのであって、つまるところあの槍兵とは恐らく趣味が合うのだ。人が合うかどうかは知らないが。
「今度は何したの、マスター」
 慰める役を買って出た訳ではない。彼女にはそういったものは必要ないから。否、絶対に必要がないとは言わないが、それは燕青の役目ではない。
「下がるのが、遅れてしまって」
「自覚はあるんだ」
「自覚のあることじゃなかったら、ヘクトールはこういうところで叱らないと思います」
なるほど確かにそうだ、と思う。彼女の意図しないまずいポイントは、チェスの駒やら何やらを使って、大広間で他のサーヴァントも巻き込んで講義のような形をとって教えている。
「俺は此処に来てまだ日が浅いし、マスターのこと、あのオッサンほどよく知ってる訳じゃないけどさ」
 忠言を聞き入れない主君は嫌うべきだが、彼女がそうな訳ではない。
「死んだらだめだとは思うかな」
「…はい」
分かってはいます、と彼女はやっと拗ねたような声を出した。
「それに、わたし、死にたがりな訳じゃないですし」
「じゃあ無鉄砲?」
「かもしれませんね」
「それもあんまり褒められねえなあ」
「…ですよね、気を付けます」
死にたくないですもんね、と続けた彼女に、ああなるほど、だから彼女は眩しいのだ、と思った。



星だけが丸めたままでボケットに残されていて手で灯してる / 琳譜

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諦観を夢見て 

 両親がいるんですよね、と彼女が本当になんてことないように言うので、ロビンフッドはそのまま一度自分の分のホットミルクを飲み込んで、それからそうなんですか、と答えた。
 まだあまり特異点の修復も進んでおらず、何故人類史が突然に燃え尽きたのか分からない頃の話だ。夜眠れないのだと起きて来た彼女に、冷蔵庫をあさっていたからついでにとホットミルクを出してやって、そして冒頭に戻る。
「まあ世界を飛び回るような仕事をしている人たちだったので、最後に会ったのが四、五年前だったりしますし、カルデアに来る前の連絡もメールだったんですけど」
「悲しくないワケ」
「悲しいとか悲しくないとかの次元を超えてしまっている、という感じでしょうか。正直、外の世界がなくなってると言われてもピンと来ないのが現状ですし」
全員死んでしまった、というにはこの状況は確かに違和感の残るものだった。本当はまだ何処かで世界は生きていて、このカルデアだけが切り離されてしまったような、その方がまだ受け入れやすい物語だ。
「いつか悲しく思う時が来るんでしょうか」
「さあね。でもそういう時が来ても、マスターは同じ分だけ楽しいことにも出会ってるだろうし、そもそも悲しくなる前に世界救えたりするんじゃないですかね」
「その手がありましたね」
彼女は本当に、その時だけ本当にただの子供のように笑って、それからホットミルクを飲み干してごちそうさまでした、と言った。
 その横顔は既にマスターのもので、ロビンフッドは少し早まった言葉を与えたような思いに胸を詰まらせていた。



絶望のつなぎ目にあるほころびをやっぱり僕は見つけられない / 木下龍也

***

指先は血濡れたペン先 

 人間の綴る文様はとても美しいと、それは今だって変わらない。ずるにずるを重ねてやってきたこのカルデアで、人類最後のマスターは無事に人理救済を終え、そして外の世界には再び文様が戻ってきた。観測する分には困らない。困らないからこそ、すべてが終わったあとでもカルデアに残っているマーリンを見て、マスターである少女はあれ、という顔をしたのだろうと思う。一番先に帰ると思った―――なんてことは言われてはいないが、思ってたのだろうな、と想像に難くないし、実際最早カルデアにいる意味はなかった。
 なかったけれども、どうせ今後永遠に続く塔の生活と、今選べる特等席での鑑賞チケット、となれば後者を選ぶのも当然だ。あの塔の居心地は悪くはないが、こうして掴んだチャンスをみすみす捨てるのも勿体ない。だから、少しばかりであれば力も貸そう。
 そう思う。
 けれども。
「マスター、そろそろ休んでも良いんじゃないかな? 羅生門・鬼ヶ島と出ずっぱりだよ私!?」
マスターである少女は少しだけ考え込んでから、あと少しなので、と真っ直ぐに見てきた。それが本当に何も考えていないような顔だったので、仕方なく同行することにした。



(大体そのあと少しってなんだかんだ言って君最高記録狙っているだろう)(サモさんがスキルマしたらこう…考えます。サモさんチャレンジしたいので)(早くホムンクルスベビーとってきなさい)



鮮やかな太陽の痕影ひとつ 人型だけど顔は見えない / 河蔦レイ

***

唯一の枷 

 彼女がどう答えるのか、実のところ既に計算は完了していた。そこら中にあるヒントを繋いでいけばそれは可能だったし、そもそも彼女自体がかなり分かりやすい人間だった。あまり偽るという行為をしてこなかったのだろう、と思う。それは純粋に珍しい素養だと思った。それと同時に、いつまでそんなことが続くかとも、思った。
 人間の中には大きかれ少なかれ、悪がある。それを芽吹かせるのは簡単だ。
「信じる・信じないの問題じゃないんです」
だから、その答えには少し、違和感を覚えた。
「つまり?」
「貴方を信じても、信じなくても、それでわたしが死ぬことはきっとないと、いえ、許されないと、決まっているから」
 まるで夢でも語るような表情で。
「だから、わたしは貴方を信じたいと思います。貴方の素性が、まったくもって分からなくても」
彼女は笑う。
「わたしを殺す役目は先生にしかあげられないので」
先生というのが誰のことかまではその時は分からなかったが、まるでゴール地点は決まっていると言いたげな彼女に、結局のところ笑うしか出来なかった。

***

夏の思い出 

 夏である。この閉鎖空間で夏とは、と言いたげな諸君の気持ちも分かるがバケーションが出来なくて以下略なので詳しくは去年の夏の記録の概要を読むように。
 という訳で今年も浜辺だった。店番とばかりに巻き込まれたヘクトールは、氷をしゃこしゃこ削りながらサーヴァントたちにかき氷を配っている。誰に何味を渡したのかメモを取るようにと言われており、パラケルススに借りのあるヘクトールはそれを断ることは出来ない―――実際には断れば彼はそうですか、と他の協力者を探すだろうが、まあ断るほどやばいとは感じていない。たぶん。だがまあ、サーヴァントとはいえ子供の姿をしたものに見るからにやばそうなものを勧める気にもなれず、海から戻ってきて一休みするらしい一団からは、そっと一番やばそうなものは隠した。
 とは言え、隠せば気になるものもいる訳で。
「貴方がさっき食べていたのは? 紫色だった気がするんですけど、売り切れですか?」
「売り切れてないよ」
「何味だったんですか?」
「自称グレープ」
「自称」
「いや…うん、紛うことなきグレープ味だったけど一応やめときなさい。おとなしくメロン味にしておきなさい。最悪メロン味なら原料マナプリ説が通るから。レモンの方はレアプリ使わせて貰えるほどアレじゃないと思うから、やめておきなさい」
「…あれも進んで食べるものではないと思うんですが」
「うん。オジサンもそう思うけど、ほら、風≠ニか言われて原料違うとか言われてるものより良いでしょ」
「………そうですね」
「まあ、うん。ほら、本当にやばいのは作らないはずだから。はずだから」
「重ねられると不安になってくるのでやめてください」
「うん、そうだね。オジサンが悪かった」

 ちなみに特に何も起こらなかったが、後日パラケルススが例の紫のかき氷を食べたサーヴァントを観察して何かメモをして、ほほう、とか言っているのが目撃されたとか何とか。真相は誰も知らない。

***

ひとつだけ 

 マスターはまるで無欲な人間みたいだ、と花の魔術師に言われてはじめて、確かにそう見えるかもしれないな、と思った。勿論彼がそう言うということは実際は違うということだし、わたし自身も自分のことを無欲などと思ったことはないのだが。
 一か二しかない世界で、三を求めるような作業を、所業を、まったく無欲な人間がこなせるかというときっとそうではない。何かしら求めるものがあったから、此処まで来たのだと思っている。それでも言葉にしないと分からないものなのだと、恐らくそういうものから一番遠い彼に言われたのは少し気にすべきだと思った。
「マシュ」
「先輩。休憩はもういいのですか?」
「うん、大丈夫だよ」
でも。
「…マシュ」
「先輩? どうしました?」
「どうもしてないんだけど、マシュが傍にいてくれるのって、すごく幸せだなって思ったから」
「と、突然そんなこと言われると、どうしていいのか分からなくなりますよ…!? 私も、その、先輩と一緒にいられて、しあわせ、ですけれど…」
もう少し、もう少しだけ。
「休憩、あと少し、しててもいいと思うから」
「はい」
「手を握っててもらっても、良いかな」
「はいっ!」
 この平穏に、甘えていたかった。



欲しいものはたくさんあるの きらめく星くずの指輪 寄せる波で組み立てた椅子 世界中の花 集めつくる オーデコロン
矢野顕子「ひとつだけ」

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20170713