良薬口に苦し 

 召喚場所に扉はない。元々はあったらしいのだが狭っ苦しいという理由でレオナルド女史が取っ払ったのだとか。真偽の程は定かではない。なので、召喚場所を使えば光が辺りに拡散し、すぐにああ召喚しているんだな、と分かるようになっている。
 ひょい、と顔を出すと、つい最近解決した特異点で見かけた顔がいた。ため息を吐く。
「またそうやって仲間増やして」
「だって、折角縁が結べたんですから」
「はいはい。オジサンその辺は口出さないよ」
戦力増強はマスターの趣味のようなものだ。正確には趣味ではないのだろうが、まあ、止めても無駄なので放っておいている。
 近付くと新入りよりもヘクトールの方が背が高かった。なるほどこうして見ると好青年に見えなくもない。
「で、何? お前さん変身出来るんだって? マスター、今更『あっ』て顔しても遅いからな。出来るんだよな? 見てたからな?」
「えっ、マスター、この人怖ーんだけど」
「…燕青さんは、出来ますよ。そういうこと」
「出来るよ。見てたってことはアンタは新宿には来てなかったのか?」
「オジサンだからね。おやすみしてたの」
なるほど特異点での記憶はあるらしい。なら話は早い。
「変身出来るって言うならさ、あの嬢ちゃんに変身出来るようにしといてくんない?」
「ヘクトール」
「え。あのずっと通信してた女の子?」
「そ。その嬢ちゃんがマスターの大事な人だから」
「ヘクトール」
「マスター、名前呼ぶだけじゃ分かんねえぜ?」
 言外に何も言えないだろう、と言ってやれば少女はぐっと押し黙る。
「じゃあ、ええと、燕青? よろしくな」
「こちらこそ? ヘクトール?」
要件は果たしたと踵を返す。
「あのおっさんと何かあったワケ?」
「………何も」
「マスターがそういうならそういうことにしといてやるけどー」
そんなのんびりした会話が聞こえてきて、しばらくは大丈夫だろうか、と淡い期待を抱いた。

***

その身を焼かれぬように 

 まるで花畑だ、と思った。その唯一無二のサーヴァントである少女と向き合う時だけ、彼女はまるでただの人間のようになる。このカルデアにそれを知らないサーヴァントはいない、ついでに職員も恐らく。此処にいるものは多かれ少なかれ、人類最後のマスターである彼女を観察しているのだ。その過程で必要のない情報を取得するのは致し方ないことである。
「恋というのは病気の一種だ」
「そうかもしれませんね」
彼女に自覚はない。恋をしているという自覚が、辛うじてあるだけ、で。
「お前は約束をしているんだろう」
「…誰から聞いたんですか」
「本人以外に誰がいる?」
「ですよね…」
はあーっと長く吐かれる息。
 人の恋路に首を突っ込むことがどれだけ愚かなことなのか、アンデルセンはよく、とてもよく知っていた。



ぼくはおまえが好きだった そしていまでも好きなんだ たとえ世界が木っ葉微塵になったとて その残骸の破片から 炎となって恋の想いは燃えあがる

ぼくはおまえが / ハイネ

***

もどれなくていい、このままで。 

 ぎゅう、と痛いほどに抱きしめてくることを、この人がするなんて思っていなかった。マシュ・キリエライトの中で先輩でありマスターである彼女は強い人で、勿論弱いところがないなんて言わないけれど、それでも立ち向かうことが出来る人だった。今までマシュの前にはいなかったタイプの、普通≠フ人間だった。
「マシュ」
何度も何度も呼ばれる名前は自分のものである。
「せん、ぱい」
「マシュ」
「先輩、泣いているんですか」
「泣いてないよ」
けれども、微かに水分の感覚があった。
「でももう少し、このままでいさせて」
「…それが、」
 マシュは微笑む。
「マスターの命令であるなら」
慟哭することも出来ないという一面は初めて知ったけれども、それでも彼女はマシュにとって初めての人間らしい人間で先輩で、好きな人で、だからマシュは少し意地悪に言葉を返すのだ。



無音 @nothing_glass

***

希望の残渣 

 彼女は平気な顔をして無茶をすることがある。人間というのはとても脆い生き物だと言うことを知っているアルジュナは、当然彼女の行いを止める。それが彼女にとって一番大切なことだと分かっているからだ。これは人類の未来を掛けた戦い、何をするにも彼女が生き残る他に道はない。
 指摘すると彼女は一瞬訳が分からないと言ったように目を数度瞬(しばたた)かせて、そうしてそれからああ、とアルジュナの指摘に気が付くのだ。それでアルジュナはいつでもほっと胸を撫で下ろす。彼女はアルジュナを正しく使う、それは嬉しいことだが時折自分の限界を知らないかのように走り続けるから。
「すみませんでした」
彼女は礼儀正しく頭を下げる。それはこちらが英霊であるから、ではなく、ただ単に唯一無二の自分のサーヴァントであるあの盾の少女以外には、そうであるだけの話。その口調も礼儀正しさも、彼女を形作る一欠片に過ぎない。
「以後気を付けます」
 そう言われてしまえばアルジュナにそれ以上言えることはなかった。例え彼女がまた忘れた頃に同じ失敗を繰り返すのと知っていても。
「マスター、貴方が多くの物事に触れ、多くの英霊と対話をし、そして膨大な情報量の前に立ちすくむこともせずに立ち向かうことを誇りに思います」
その言葉は、
「けれども、マスター。貴方は貴方がただの人間であるということを、時折意識から排除したがっているように思える」
彼女には言えない。
 カルデアへと帰還する、その細かな設定を待っている間、共に来ていた槍の軍師はため息を吐いた。
「マスターが分かっててやってんじゃないってオジサン分かってるけどさ、質が悪いよなあ」
「え、突然何の話ですか」
「アルジュナもそう思うよなあ?」
眠たげな瞳が少しだけ嫌な輝きを放ったのを、アルジュナは見逃さなかった。
 これは分岐だった。
 彼女がこれ以上無茶をしない未来、彼女がアルジュナに対して使えるサーヴァントであるという認識を変えない未来。
「―――いえ、別に。私は質が悪いとは思いませんね」
「へえ?」
「ですがヘクトールとは違うものが見えているのかもしれませんし、私がいつか貴方と同意見になる日が来る可能性は否定しませんよ」
「いやー若者は狡い答え方するねえ」
 だからアルジュナは答えを先延ばしにする。
 今はただ、目の前の希望をこの手で守れば良いのだと、そう思っていた。



ごめんって言われてしまう重ねても土踏まずにはさみしいすきま / なかはられいこ

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真夏の蝶は夢を見るか 天ヘク

 天草四郎時貞が契約している彼女の部屋を訪れたのは夜のことだった。此処では朝と昼は特にあちらこちら必要資材を掻き集めようと奔走しているので、夜くらいしかこうしてゆっくり時間が取れることがない。マスターの部屋へ呼ばれたからと言って何かまずい訳でもない。彼女には、彼女のいちばん≠ェ絶えずついているのだから。それに、と思う。
「マスター、天草です」
「どうぞ」
部屋の中に天草を招き入れた彼女は、遅くなってすみません、と言う。
「最近忙しくて目安箱を確認出来ていなくて」
「いえ。マスターが忙しくしているのを私は把握していましたので、何も問題はありませんよ」
それに、天草にはマスターに呼び出される理由に心当たりがあった。
 このカルデアには、憩いの場に目安箱が設置されている。忙しくしているマスターに話し掛け辛い時は、其処に要望を投書する仕組みになっているのだ。匿名でも良いし、記名しても良い。記名すればマスターが夜に時間を作って面談をしてくれることもある。
 天草の投書は恐らく面談を必要とするだろうな、と思っていた。だから呼ばれた時にはやっと話が出来ると嬉しく思った。
「部屋替えの希望って書いてありましたが、天草くんの投書で間違いないですか?」
「はい。間違いありません」
「李先生と一緒だったはずですが、何か不都合が?」
「不都合、ではないのです。ただ、少しばかり時を共有してみたい方に出会いまして」
「時を、共有?」
「はい。興味、と言いましょうか」
そう、単純な興味だった。
 最初はマスターのお気に入りだと思い、聖杯を与えられている彼が妬ましく、話し掛けに行ったのが最初。そして彼の言う彼女のいちばん≠見て言葉を失っていた天草に、声を掛けてくれたのが二回目。それくらいで絆されるような甘い神経はしていないが、興味を持つには充分だった。
「その人は?」
「ヘクトール殿です」
マスターはヘクトール、とその名を呟いて分かりました、また各々に面談して、返答はそれからになります、と言った。
「はい」
だから天草は笑顔で頷く。
 既に同室の武術家には話を通してあった。そして相手の同室である将軍にも、それとなく話をしてある。彼らは一様に謀略の及ばない相手ではあるが、裏のない願いをはねつけるほどの捻くれ者でもないはずだ。確たる理由がなければ彼は断らない。
 天草の中のヘクトールの評価は、そういうものだった。



戦車数台列なす後に立ちのぼるあの八月の蝶の乱舞を / ひぐらしひなつ

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真実の愛よ、何処に ディルフィン

 間違ったことをしたのだとは思わない。サーヴァントも夢を見るらしく、時折彼の最期が蘇っては消えていった。どうして彼は自分を殺した男を王と仰ぎ続けることが出来るのだろうか、いや、それに同じくして乗った自分もどうなのだろう。
 彼は自分に愛しているのだ、と言った。その顔はどんな女性に向けるよりも獰猛に甘やかで、そして何より騎士然としていた。彼は間違いなく自分の騎士だった。自分の選んだ騎士だった。
 フィン・マックールは言葉を返さなかった。それに誇り高き騎士は何も言わなかった。
「マスター、君は、」
休憩をしているらしいマスターの横にいれば、彼は追い掛けては来ないから。
「本当に愛おしいものだけに愛を示すんだよ」
 はい、と彼女は言った。いい返事だった。



理由など何でもよくてスニーカーを突っかけ空の下へ駆けてく / 湖の底

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泡になれない人魚姫 

 結局人魚姫ってハッピーエンドなの、と聞かれたのにどうせ特に理由はないのだろう。ただ単に気になったというよりも思いついたから言ってみたとでも言うような、そういう話。彼女は魔術師というにはあまりに普通の価値観を持っており、恐らく信条なんてものもないのだ。
「それは読者によるだろうな」
しかしながら大半の人間がハッピーエンドだと思っていたらこの身体に無数に蔓延る呪いはなかっただろう、とも思う。アンデルセンは読者ではないので、結局分かることは出来なかったけれど。
「泡になるところがキーなのかな」
「愛されて痛む脚を投げ出したいと喚いても逃げられない話か。それはそれでいいんじゃないか?」
「そんなことは言ってないよ」
「そうか?」
 どうでも良い話だった。



レム睡眠 @rem_odai

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毒の様相をして死別 

 カルデアを介して契約したサーヴァントである以上、基本的には戦闘で敗けてもカルデアに勝手に帰還するだけで通常の聖杯戦争とは違いマスターとそう簡単に別れることはない。それはこの度呪腕のハサンのマスターになった少女にも分かっていることだった。
 けれども、彼女は言う。
「先生が死んだらわたしが死ねないので先生が死ぬ時はわたしが死ぬ時で、先生はわたしの許可なく死んだらいけないんですよ」
呪いのように、祈りのように、言う。
 彼女が恐れているのは別れではない。
 もしも自分が最愛の少女を幻滅させるようなことがあれば死ななければならないと、そう信じているだけの話だった。

***

戦場、もしくは物語の果てにて 

 あまり旗色がよくありませんな、と呟くと前を行く軍神はそうだな、と頷いた。満身創痍だ。それは前線に出ているサーヴァントも、後ろに控えるマスターも変わらない。令呪による魔力供給も、礼装によるそれも望めない、だがしかしそれでもこの敵は倒さねばならない。
「アルテラ殿、スキルは何が残っていますかな? 一度利用した軍略や星の紋章は回復しておいでで?」
「回復している」
そういう軍神の身には呪いが纏わり付いていた。これでは攻撃―――相手の宝具を耐えたとしても、こちらが全滅することには変わりない。しかし、それは向こうも同じ。その身は置き土産の呪いの苛まれて、あとは朽ちるのを待つのみだ。
「ハッ」
対してシェイクスピアは相手の宝具を耐えるだけの強さはない―――このまま、では。
「ハハハハハハハハハハ」
「案が浮かんだのだな」
「流石アルテラ殿話が早い! しかし案と言うほどのものではありません。一人でもこの地に立っていれば、それは我々の勝ちとなりましょう。これはそういう戦いです。何、相手は回避を持っておりませんから」
「なるほど。…国王一座の方はどうなっている」
「そちらも回復しております」
 やれることは一つしかない。
「国王一座! 自己保存!」
「軍略、星の紋章」
残るものが自分たちしかいない今、削りきれなかった際の保険が必要になる。相手の体力を削りきれずにあの宝具が解放された場合、それに抗って立っていられるほどの防御力はシェイクスピアにはないし、アルテラとてそれは同様だった。
 三色の光が溢れてうねりを増す。
「―――命は壊さない。その文明を粉砕する―――軍神の剣(フォトン・レイ)!!」
悲鳴と共に相手は光に包まれ、そうして無事に倒れた。呪いが軍神の身を削って行ったが、それでも勝ちは勝ちだった。戻ってきた軍神は座り込んでいたシェイクスピアを持ち上げると小脇に抱える。
「ちょっ、アルテラ殿? これはどういう」
「カルデアに帰還する」
「帰還するのは分かりますが、流石にこれは…吾輩貴方より大分大きいですし」
「大きさは関係ない」
「ええー」
 相手だったものが黒煙を上げて消えていく。
「他愛のない」
満身創痍の軍神は笑う。不敵に笑う。
「この程度では、私の物語は倒せない」
 いつもと少し違ったその勝鬨に、何だか自分まで誇らしくなってしまって思わず笑みが漏れたのだった。

***

サンタクロースの願い事 

*いろいろあってサンタアイランド仮面の正体が割れてる設定

 調子が悪いのですか? と聞いたのはいつもより少し元気がないように感じたからだった。別にお師匠さんはいつだって元気溌溂というキャラではなかったけれども、それでも聖人と言われるだけあっていつも穏やかに微笑んでいるのがとても似合っていて、こんな栄養分の少ない薔薇なような顔はしていなかったはずなのだ。貴方に見破られるとは、とお師匠さんは笑って、それから私の頭を撫でる。
「貴方のように、」
「?」
「私ももう少し幼い頃の姿で召喚されていたら良かったのでしょうか」
不思議な気持ちだった。お師匠さんだってそんなに大人の姿で召喚されている訳ではないのに、これ以上、私のように幼くなりたいと言うのか。子供は子供らしく、と教えてくれたお師匠さんが、それを。
 私は少し考えてから、その手を取る。そしてぎゅっと握る。
「私には難しいことは分かりません。でも、私はお師匠さんがお師匠さんで良かったと思っています。だって、お師匠さんが今の姿だったから、私は今此処にいるんですから」
お師匠さんが私と同じ子供の姿だったら、きっと私は何者にもなれなかった。サンタクロースのまま、あの秋の日に沈んで消えていた。ジャンヌ・ダルク・オルタ・サンタ・リリィに私がなれたのは、確かにお師匠さんの存在あってのことなのだ。
「誰だか知りませんが、お師匠さんをいじめる奴はこのジャンヌ・ダルク・オルタ・サンタ・リリィが許しませんっ!」
「ちゃんと自分の名前が言えましたね」
「もうっ! からかわないでください!」
「別に、いじめられた訳ではありませんよ」
「でも、誰かに何か言われたのでしょう?」
「何か言われた訳でもありませんよ。ただ、噂を小耳に挟んで、勝手に落ち込んでいるだけです。噂ですから、事実から乖離している可能性だってあるのに」
「お師匠さんは火のないところに煙は立たない≠ニ思っているのですね?」
「ええ、そうです」
気にするなんて私らしくないですね、とお師匠さんが言うので、私はそういう時もありますよ、と笑ってみせた。
「らしい≠ネんてお師匠さんが気にすることないです。元気が出ない時なんて誰にだってあります。そういう時は、楽しかったことを思い出せばいいんです!」
「貴方が、初めて海を見た時のように?」
「もう! お師匠さんは意地悪です!」
でもそのあとに、そうですよ、と小さく付け足す。お師匠さんはやっといつものように笑ってくれた。
「今日は月曜でしょう。マスターに呼ばれているのでは?」
「あっ、はい! そうなのです! 修練場で宝石みたいにきらきらした石を集めてこないと、アーチャーのみなさんが困ってしまいます!」
「そうですね。頑張っていらっしゃい」
「はい!!」
駆け出す。
 願わくば、次に会った時にお師匠さんの愁いが少しでも晴れていますように。

 「そういえば今日、お師匠さんが元気なかったんですけれど、何か心当たりはありますか? ヘクトールさん」
「えっ。えー…オジサンにはちょっと心当たりないかなあ〜」

***




20170713