それはとろけるスウィート・アンバランス 一目惚れだったのだろう、と言うことは容易い。 量子ダイブの末に行き倒れて、見つけてもらって。何だかそれが、この世界で初めて誰かに見つけてもらえたような、そんな心地を引き起こしたのだ。まだ何も起こっていないはずの世界で(少なくとも自分の目の映る範囲では)出会った少女。顔が好みだとか、そういう話じゃあなかったのは覚えている。わたしを先輩と呼び、笑ってくれた。それだけで胸がいっぱいになった。最初はそれが恋だなんて気付かないで、浮かれた気持ちを掻き消すようにあの事件が起こって、しばらくしてからそれを指摘されたわたしの慌てようは、まあ、一旦忘れよう。その慌てようを引きずるようにうっかり告白してしまったという、あまりにどうかと思う流れがその後あるのだが、上手くいっているのだから今は関係ないのだ。どれだけかっこ悪い告白をしていようと、終わりよければすべてよし、である。 そう、人類最後のマスターとなったわたしは、なんやかんやで唯一無二のサーヴァントであり後輩である マシュと、清く正しいお付き合いをしている。 一部のサーヴァントたちはもっと先に進まないのかと心配してくれたり野次馬をしてくれたりとまあやんややんやしているが、マシュは生まれてこの方カルデアから出たことがないような箱入り娘である。そんなマシュに先を促せるだろうか、いや、無理だ。少なくともわたしには無理だ。一応普通の人間なのであれこれしたいという気持ちがゼロな訳ではないが、それより先にマシュのいろいろなものに出会った時の表情やら何やらを見ているとこちらまで嬉しくなるし、恋人同士のあれやこれやなんてものは後回しにしても良いかもしれない、とすら思ってしまう。 だって、あまりにも可愛い。 わたしの恋人が世界一可愛い。 「先輩っ」 カルデアの円形に伸びる廊下の先からマシュがやって来る。その手には何やら紙の束。もしかして何処ぞの劇作家辺りが八割野次馬で純愛モノでも書いたのかもしれない。先輩、とマシュは頬を上気させたまま微笑む。 「私、先輩のことが大好きです」 「ありがとう」 それに返す言葉はずっと決まっている。 「わたしもマシュのことが大好きだよ」 だからわたしの目下の目標は、さっさと世界を救ってマシュとマシュの生まれた時代でデートをすることなのである。 * (或いは恋愛初心者たちの宴) *** 死ぬまで踊るも一つの手 アンデルセンの部屋を訪ねると珍しく其処にはアンデルセン一人しかいなかった。いつもは同じ部屋のシェイクスピアがやんややんやと彼を囃し立てたりしているので、彼を待つ間話し相手になってもらうことが 多いのだが。 「シェイクスピアはどうしたんですか?」 「知らんが、茶会がどうとか言っていたから恐らくはあの音楽家や処刑人と一緒なのだろう」 「なるほど」 同じ時期にこのカルデアにやってきた彼らは仲が良い。それはマスターであるわたしも知るところだったが、そう言えばアンデルセンも同じくらいの時期に召喚したような気がするのだが。 「アンデルセンは行かないんですか」 「何処ぞの鬼編集者が俺だけに締め切りを課していたりしなければ行けた気もするんだがなあ」 「それはすみません」 ということは出来ていないのだな、と思うが口にはしない。物語を書き上げることがどれだけのものかは知らないが、ぼうっとしているだけで湧き出てくるような類のものではないのは分かっている。 「今度あの劇作家にも何か頼んで見たらどうだ。きっと喜んで書くぞ」 「マシュに聞いてみます」 確かに喜んで書いてくれそうだ。だけれどもああ見えてシェイクスピアは意外と行動派でなかなか捕まらないのだ。特に用事がある時なんかは。 「俺一人が苦しんでいるのは何か違うと思う」 「苦しいですか」 「締め切りの前は何を書いていても苦痛だ」 「嫌ですか」 「嫌だとは言ってない」 「特別手当は出しますよ」 「もう禁断の頁は要らん。重労働させる気だろう、ゲームプレイ記みたいに、ゲームプレイ記みたいに」 「やるならもっとノッてくださいよ。棒読みじゃあないですか」 「七十歳に無茶振りするんじゃない」 「無茶振り持ってきたのアンデルセンですけどね」 アンデルセンの手は止まっていた。相当行き詰まっているのだなあ、と思う。本当に苦痛ならば出直すが、アンデルセンはアンデルセンで、自身の愛読者であるマシュのことをそれなりに気に入っているようなのだ。マスターよ、とアンデルセンは机に突っ伏しつつ呼ぶ。 「お前の拙い恋愛話で我慢してやろう」 一応手はまた動き始めたには動き始めたので、要はBGMを寄越せ、ということだろう。それで恋愛話を選択するのがまた、なんというか。 とは言え、引き換えにアンデルセンの原稿が手に入るのなら安いものだ。 「此処に来る前ですが、恋人はいましたよ」 カルデアに来ることが決まったので別れた。理由は聞かないで欲しいと言ったわたしに、彼はそう、と笑って深くは追求しなかった。バイト先で知り合った、年上の男性。何もかもゆっくりと進めてくれる、とてもいい人だった。そう、いい人だったのだ。告白されて付き合うことになったけれど、わたしの中でそれ以上の評価にはならなかった。それを、彼も分かっていたのかもしれない。 「まあ別れているんですけど」 「大方恋愛的に興味が持てないとか言って振ったのだろう」 「大当たりです。アンデルセンってわたしが此処に来てから召喚されたんですよね?」 「お前の行動を見ていれば分かる」 「そういえば趣味観察でしたね」 「観察はネタにもなるからな」 「そういうものですか」 「そういうものだ」 会話が途切れる。 「そろそろ出来ました?」 「そんなに読みたいのか」 「マシュが楽しみにしてるんで」 「お前はそういう奴だったな」 そう言いながらアンデルセンはペンを置いた。最初からすべての原稿用紙を集めて確認する。 「n番煎じだが」 「貴方にそんなこと言われたら世の作家が泣くんじゃないですか」 アンデルセン著作の物語は今でもいろいろなもののモチーフに使われているはずだ。人魚姫とか、雪の女王 とか。 「ときに鬼のようなマスター殿よ、お前は俺の作品を読んだことはあるのか?」 「全部ではなくとも、多少は」 「なら何が一番印象に残っている」 「…赤い靴、ですかね」 「―――悪趣味だ」 アンデルセンは笑った。 「是非あの愛読者の前ではしっかり者のスズの兵隊とでも答えておけよ」 そう言って寄越された原稿は一人の少女が花園で美しい歌を紡ぐという、たいへん可愛らしくてやさしい物語だった。 * (或いは幻の歌物語) *** 鏡面 召喚したばかりの頃はこんなじゃなかったはずなのだけれど、と思うけれども口にしないのは流石にそれを言ったらこちらの分が悪くなることが分かっているからだった。迷惑というか心配というか、この崖っぷちの状況で掛けない方が無理だと分かっていても、最初はこうじゃなかったって言うんなら誰の所為でこんなふうになったんでしょうねえ〜変化があったっていうんなら原因があるはずなんですよねえ〜。脳内再生完璧だ。何も言わないに限る。 怒る、というのとは少し違った。彼はいつだってわたしに謝ることを許さない。 「お嬢ちゃんはそんなこと願っちゃいないだろうよ」 「そうでしょうね」 傲慢でもなんでもなく、それは分かっている。 「それでもわたしはマシュに誇れるわたしでありたいし、そのためにはわたしにはそういうものが必要なんです」 「あーあ、面倒だねえ、マスターは」 「面倒ですか」 「面倒だよ。第一印象は仕事の出来る真面目ちゃんって感じだったのにな〜、でもまだちょっと頼りないからオジサンこらあ頑張って支えてやんなきゃな〜とか似合わないこと思っちゃったのにな〜」 「そうだったんですか。それは初耳です」 「うん。初めて言ったからね」 こういうのを距離と言うのだろう、と思う。もしくは絆。戦いの中で未来を見る力を試されれているみたいだ、と思ったことが数度あるけれど、彼はそれが段違いだった。勝つつもりで、生きるつもりで、ちゃんと前を見て、以下略。それはある一定時期まで誰も言わなかったことで、ヘクトールが言ってわたしがただ頷いたことで誰もが言って良いのだと、そういう空気になったことだった。 わたしは笑う。 「ヘクトールのような人のことをきっとお節介って言うんでしょうね」 「はいはい、そうですよ。どうせオジサンはお節介だよ〜」 「でもどうしてでしょうね、」 別に家族不仲という訳ではなかったけれども、そう毎日会えるような両親ではなかったし、育ててくれた祖母も放任な方だったから。こういうものが物珍しく感じる、ただそれだけなのだ。 「不思議と嫌ではないんですよ」 * (或いは地獄へと伸びる鎖) *** 約束された幸福 大体何をするにもランスロットが一緒だった。最初はカルデアに残っていた何かのログから書き起こしたものだったけれども、無事に彼と縁が結べて召喚することが出来て、それからは殆ど何処へ出撃するにも一緒だった。彼のクラスがバーサーカーであることもそうだし、何よりもマシュが彼にはとてもよく懐いているように見えたから。 「マシュのこと、可愛がってくれてありがとうございます」 マシュは自分が唯一わたしと直接契約しているサーヴァントだという自負があるからか、新しく召喚したサーヴァントには自分から話しかけに行くことが多い(その後良い関係を築けるかはさておき)。だからマシュと話したことのないサーヴァントはこのカルデアにはいないのだが、それを抜いてもマシュは彼を召喚出来た時にとても喜んでくれたし、その後もよく一緒にピクニックに出掛けたりしている。 「わたしは貴方の言葉がすべて分かる訳ではないけれど、」 ログの中からランスロットを見つけて来たのもマシュだったな、と思い出す。 「マシュのことを気にかけてくれていることは分かっていますし、それだけで充分なんです」 何がマシュを惹き付けるのか、それはなんとなく分かっている。カルデアにはたくさんの蔵書があるし、あれを読めこれを読めと持ってくるサーヴァントは少なくない。 でも、今はそれは関係がないのだ。 「マシュは貴方と出掛けることを楽しみにしているようだから」 朝から台所を借りて、サンドイッチを作って、そんなマシュを見ていると。 「―――わたしには、難しいことはわかりません。だから、マシュもランスロットも楽しければ良いのかなって思います」 少し羨ましいな、なんて思うのだった。 * (或いは嫉妬と羨望の対象) *** 悪徳の定義 どうして彼のことを先生と呼び始めたのか、あまりよく覚えていない。まだ指揮も覚束ない初期の頃、毎回危うい戦いをしても最後まで立っていることが多かった、その心強さを称して誰かが彼のことを先生と呼び始めて、それがそのまま定着したのかもしれない。ただ、約束を一方的にした頃にはもう先生と呼んでいたし、今ではその呼び名はカルデア中に広がって、他のサーヴァントのみならず職員までもが彼のことを先生と呼ぶ始末だ。彼自身もそう気にしていないようなので、そのままになっているが。 先生、なんて呼ぶものだからわたしと彼の関係はそのまま先生と生徒のようなものだった。本当は魔術師と使い魔だとか、いろいろと推奨される関係はあったのだろうけれども、結局のところわたしは何も知らないズブの素人なので、誰かに助けて貰わなければどうにもならないのだ。それがわたしの場合、先生に頼る頻度が高かったというだけで。 「先生はわたしのことを悪だと思いますか」 「いいえ」 彼の言葉はいつだって正しい。 「魔術師殿は紛れもなく善でありましょう」 「そうですか」 「少なくとも、私の価値観ではそうですなあ」 価値観、とわたしは繰り返す。価値観、と彼も繰り返す。 「魔術師殿の価値観は変わりましたかな?」 「マスターになって、ですか? それともこんな大変なことに巻き込まれて? それとも他のことですか?」 「好きなもので構いません」 「じゃあ、ええと、そうですね。変わったと思います」 「おや、そうなのですか」 「だって、此処に来る前のわたしはマシュと出会っていないから」 「なるほど」 きっと彼はこの言葉を予期していたのだろう。まあ、予期していない言葉をわたしが発したとしても、彼の 声に揺れなど出ないのだろうけれど。 彼は仕事人だ。だから。 「わたしの価値観では先生は善ですよ」 「人を殺していても?」 「人を殺していても」 「…人の価値観に文句をつけるつもりは毛頭ありませんが、それは難儀な価値観ですな」 「今頃気付いたんですか?」 「いえ、知っておりましたとも」 「後悔してます?」 「いいえ」 「約束したことは?」 「少し」 「そうですか。でも、守ってくれなきゃいやですよ」 そう言うわたしの表情に可愛らしさは欠片もないだろう。そもそも彼に可愛いと思われたい訳ではなかったし、彼がそういうものに惑わされてくれるとも思わなかった。 「先生が一番私の願いを叶えてくれると思ったから約束をしたし、だから聖杯を捧げたんですから」 「そうですな」 約束ですから、と彼は繰り返す。わたしはそれを聞いて安心する。 いつか、この人はわたしを殺すのだ。それまでこの人はわたしの傍から離れることさえ叶わない。 そういう約束だった、子供のような、自分を正当化するためにとても必要な、拘束力のない約束だった。 * (或いは歪な忠誠) *** 20170713 |