知らぬが花 

 彼女の乱れた髪を撫で付けるのはアンデルセンがカルデアを通して契約した時からマスターの役目だった。それを不思議に思ったことはない。彼女らはそういうものだと思っているから。だから、マスター唯一の正式契約サーヴァントである彼女がマスターである少女を見る時の、あの感情が露わになった顔を黙っているのは当たり前のことなのだ。



乱す、髪、露わになった
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愛してください 

 マシュ・キリエライトは自分が外の人間と同じようには出来ないことを知っている。それに絶望することなど今までなかったが、それでもこの生命の終わりまで、と強く思うことがある。
 強くつよく繋がりを持つ、マシュだけのマスター。
 ただの人間である少女に、マシュはどうしてこんなことを願ってしまうのだろう。



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もっと見て、見て 

 大丈夫だよ、と手を握ってくれたことを忘れたことなどない。彼女がいるからマシュ・キリエライトはサーヴァントとして立つことが出来るのだ。それ以外には、ない。
 だから。



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もう、待てない 

 先輩、と呼ぶ。不安でいっぱいだったのだと言い訳することは出来るだろう、けれどもマシュはそれを撤回することはしない。
「先輩、先輩は私のことが好きですか?」
どうか、言って。
 言葉にしてほしいのは、マシュだけではないはずだから。



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羨望集いて天を射す 天ヘク

 お気に入りなんですね、と少年の顔をしたサーヴァントは言った。羨ましさを微塵も隠さないその表情はいっそのこと清々しささえ覚える。
「オジサンのこと?」
一応問うたのはヘクトールにその自覚がないためだった。お気に入り、とは。もっと甘々しい言葉かもしくは毒々しいものか、その辺りに着地するものではないのだろうか。
「それだけ聖杯を与えられて自覚がないと?」
「あー…」
そういう意味で言ったのだったか、とヘクトールは頬を掻いた。
 彼の言うお気に入りというのが聖杯を貰った数、もしくは強度の上限だと言うならもっとほかに適切なサーヴァントがいる。少年の顔をした彼はまだ顔を合わせていないのかもしれない。基本的にあまり姿を見ないサーヴァントだ。どうせいつもマスターであるあの少女の近くにいるのだろう。
 ヘクトールもまた、紹介されるまでその姿を見たことはなかった。その頃はまだ聖杯なんてものを使っていいのかすら分からず、厳重に保管しているだけであったが、アサシンであるが故かその気配は言われても分からなかった。今や聖杯を使えるだけ使われた彼である、あの頃は気配に敏感な者であれば気付いたかもしれないが今では紹介されなければ知ることはないだろう。
「オジサンはオジサンよりお前の言うお気に入りって奴を知ってるからねえ」
そう言いながらけれども、とも思う。けれども、あれはお気に入りというより、
―――わたしの腹心です。
 紹介された時に言葉を失ったのは、そんなことをする少女に見えていたからではない。今どんな顔をしているのか分かっているのか、きっと唯一無二の相棒であるサーヴァントの前ではしないのだろう、笑みとも呼べない冷たい何か。
 呪いだと思った。
 そして呪いを呪いとも思っていないだろうこの一つの主従に、どうしてか拒絶の念を思うことを忘れてしまった。
「貴方以上のものがいる、と?」
「そうだねえ。あの童話作家様なんかも今聖杯与えられてる訳だし、此処ではそんな意味を持ってる訳じゃあないさ」
彼女にとっての聖杯はそんな大層なものではない。何故なら一番叶えたい願いは聖杯に拒絶されているのだから。ゲームでいうパワーアップアイテム。ポケモンで言うふしぎなあめ。あれは少し違うと思うけれど。
 そうですか、と少年の顔をした彼は言った。そのお気に入り≠ノ会えたらまた今の台詞を言ってみますね、と。それで彼は何が変わるとも思っていないだろう、本当は彼も気付いているのだ。彼女との間にある、聖杯という存在についての定義が違うことに。けれどもそのお気に入りを見つけて、それに何かしら言えれば彼にはまだ勝ちの目があるのだと、そう思っているのかもしれない。
 そうじゃねえんだよな、というの分かりきっていたが、それはまだ言わないでおこうと思った。

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笑顔の代償を知る前の幸せ 

 怒るだろうなあ、と思う。あとのことをすべてレオナルドに任せてしまうのをきっと彼女たちは怒るだろうけれど、それに見合うだけの働きはするつもりだった。勿論、勝利の予測が確定してからの話だったが、この状況で確定しない未来が来るとも思えない。千里眼を失っても予測は出来る、ただ、見えている訳ではないから怖くて仕方がないだけで。
「怒ってくれるかな」
未だに感情は分からなかった、結局人間になりきれたのか、それすらも。
 でもこの怖いという感情はきっと、彼女たちが肯定してくれた、人間らしい感情なのだろう。だから、と深呼吸する。
 きっと怒ってくれる可愛い子供たちのために。
 今、一歩を踏み出すのだ。



腹を空かせた夢喰い
http://nanos.jp/hirarira00/

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温かいミルクティーと焼いたばかりのスコーンを用意しよう 

 あんまり夜更かしはいけないよ、と言ったのは彼女が分かりやすく目の下にくまを作っていたからだ。これはきっとゲームか何か、サーヴァントたちと遊んでいて出来たものなのだろうなあ、と思う。もしもマスターとしての何かしらでこのくまを作ったのであれば、彼女の腹心が一緒にやって来て言い訳を並べ立ててくれるはずだから。
「で? 何をしていたんだい?」
「ゲームです」
「ちなみに何をやっていたか聞いても良いかい?」
「太鼓の達人エジソンバージョンです。PSP持ってきてたんですけど、最近触ってなくて、そしたらエジソンが興味持ったので貸したら、新しくソフト作ってくれました」
「ははーん、それでテストプレイに巻き込まれたって訳か」
「まあ、概ねそのとおりなんですけど、楽しかったのは事実なので…気付いたら朝になってました」
「まったく。仮眠は取りなよ?」
楽しいことは良いことだ、特にこんな切羽詰まった状況の中では。
 神妙にこっくりと頷く少女の頭を撫でようかと迷って、きっとそれは他のものがやるだろうな、とやめておいた。



宵闇の祷り
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唄を失った人魚は、人を喰らい始めた 

 恋なんてものは人を狂わせる劇薬だ、と常々思っていた。アンデルセンって失恋した時の手紙とかも残ってるよね、と言われたことを気にしている訳ではない。ただ仮にもマスターとしている人間のその妙に鮮烈で純真であるのにどろどろとしたものを見ていると、そう思うだけで。
「いやはや、マスターは風になど逃さないだろうな」
そう呟けば、マシュには魂があるよ、と返された。なるほどその通りだ、だから笑う。
 「ならば精々唄を失わせないようにな?」



ロドイビ @dorakujocho

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どうか生きとし生ける貴方へ 

 マスターの部屋に呼び出されることはそう珍しいことではない。ヘクトールはこのカルデアに初期からいるサーヴァントであったし(まあそのおかげでオケアノスでは若干胃が痛かったところもあるのだが)(勿論これはリップサービスである)、マスターの部屋にはマスターの私物があって、つまり暇つぶしの出来るゲーム等々があることを知っているので。そういうことでマスターの部屋には何度も足を運んでいるし一対一の話し合いだって初めてじゃあない。
 でも、今回はそういうことじゃないな、と思った。仮にも軍師である。まだ年端もいかない少女の表情や声くらい、すぐに読める。―――そうして、ヘクトールはマスターからの話に挑んだのであった。
 内容は、最近使い道の分かった聖杯を、ヘクトールに使いたいのだと言うことだった。彼女は彼女の腹心に与えていたから、それで終わりだと思っていたのだが。
「ええと、それはどういう意図で?」
「どういう、と言いますと」
「あー…今のでなんとなく分かったわ。マスター、戦力増強とかそういうことしか考えてないな?」
「…他に、何かありますか?」
「あるよ。じゃあマスター、なんでアンタは先生に一番先に聖杯を使ったんだ?」
 そう言って初めて、マスターはあ、と声を上げた。本当に分かっていなかったらしい。別に、そういうふうに使えるのならば良いと思う。こんな人理が一人の背中に懸かった世界で、戦力増強というのは聖杯に願うに足る願いだ。
「…別に、オジサンも断ろうって思ってる訳じゃないけどね。でも、そうだな、じゃあマスター。聖杯飲む代わりにオジサン約束をひとつしようぜ」
先生、と呼ぶと彼女の影が揺らめいた。そこにいたのか。
「はい」
「アンタならいると思ったよ」
「私に御用ですかな」
「マスターと約束しようってのに、アンタを呼ばないってことは出来ないだろ」
このカルデアの誰もが認める、彼女の腹心。
 このカルデアの一番である、サーヴァント。
 その前で誓う一つの事柄は、まるで子供の約束みたいにお粗末なものだった。

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世界中の悪を手にして 

 善とか悪とかそういったものの線引きは本人の価値観によるものが多けれど、彼女ほどに静かにものを拗らせているのも珍しいと思う。と言っても牙を隠せと命じられている身としては、彼女に問いかけるのも可笑しなことだと思ってしまって。
「だって此処にいる全員が少なからず世界を救ったりしているんですよ」
 あどけない笑みを湛えて彼女は言う。
「それってつまり、世界から見たらどんな悪でも善なんじゃないですか」



(君はまるで女王様)



柔らかく雨を降らそう君だけに、明日も前を見るための雨 / 湖の底



20170713