ハピハピバースデイ アルマシュ

 7月4日。隣に住む兄弟の家からは、楽しそうな声が聞こえて来る。お祭り好きな彼のことだから、自分の誕生日も盛大にやるんだろう。
でも…
「なんか、寂しいね」
「誰?」
「…マシューだよ」
静かな家に、クマ吾郎さんと二人(?)きり。本格的な夏がやってこようとしているこの時期の夜は、うだる暑さが身にまとわりつくようだった。じっとりとした空気が身を取り巻くが、その中心にいる彼は、ひどく冷えている。
「プレゼントも買ったけど…」
マシューは部屋の隅に放置してある小さな箱を見やった。本当なら、今日、アルフレッドに渡すはずだったもの。誰、と問われても良いから渡しに行きたかったのに、結局怖くて止めてしまった。彼の中で、自分の存在がほとんどと言って良いほど認識されてないのは知っている。なのに、今日だけは、怖くて仕方なかった。
「…ばかみたい」
マシューはそっと目を瞑る。クマ吉さんをそっと抱き締めて、呟いた。
「―――会いたい、な」
 誰に?
 幻聴が聞こえ始めた、とマシューは思う。アルフレッドに、に決まってるでしょ、とマシューは返す。幻との会話なんて、結局自分と話してることになるのに。何も意味なんてないのに。
 何で?
 腕の中の温度が心地好かった。だけど、寂しくて寂しくて、頭はぼんやりとしている。唇が動いているのかすら、分からない。幻との会話なら、脳内で返しても一緒か。マシューは気にせずに、言葉を紡いだ。今日は彼の誕生日なんだ、プレゼントも渡したいし。
 どうして会いに来ないんだい?
 怖いから。マシューはクマ三郎さんを抱く手に力を込めた。幻聴は、限りなくアルフレッドの声に似ていて。
―――寂しい。
何で? 今度は本当の自問自答。どうして、アルフレッドに会いたい?
誕生日に、プレゼントを渡したい? 存在を認識されないのが怖いのは、何故? ああ、とマシューは息を漏らす。違うな、好きだから、行けないんだ。
 ふいに、唇にやわらかいものが当たった。
「クマ四郎さん…?」
鼻の先が当たったのかと思ったが、それにしてはやわらかすぎる。そっと、目を開ければ、
「好きなら、朝一番に来れば良かったんだぞ」
「―――アル、フレッド…?」
ごしごしと目をこするが、目の前の彼は消えない。
「夢?」
「現実だぞ」
もう一度目をこすってみる、やっぱり消えない。
―――ということは。
「…さっきまでの声って…」
「俺だけど?」
楽しそうに笑うアルフレッドに、マシューは固まった。何かとんでもないことを言った気がする。いや、声に出してなかったかもしれないけれど。でも、とマシューは必死に記憶をたぐり寄せる。たぐり寄せなければならない程前のことではなかったのに、如何せん、マシューは混乱しすぎていた。目を開けた時、彼は何と言っていた?
 「マシュー」
じ、と見られている。
「アルフレッド、僕、なんか言ってた? 何か、とんでもないこと」
本人に確認。聞かれたアルフレッドはにこっと笑う。それだけで全てが分かってしまって、マシューは声にならない悲鳴を上げた。頭を抱える。ああああ、僕はなんてことを。
 「マシュー、顔を上げて」
上からアルフレッドの声が降ってきて、マシューは恐る恐る顔を上げた。
「…トマトみたいだな」
その台詞で自分が赤面していることが分かって、更にいたたまれなくなる。どうしよう、もう、どうしよう。マシューの中で言葉がリフレイン。
「目、反らさないで、マシュー」
優しい声。それはいとも簡単に、マシューを動かしてしまう。青い瞳に捕らえられる。アルフレッドが、そっと口を開いた。
「俺は、さっきの言葉を聞いて、すごく、嬉しかったぞ」
「―――え?」
「嬉しすぎたから、君にキスしちゃったんだ」
「えええ!?」
腕の中でクマ男さんが煩そうに目を細めた。
「き、きす…?」
「うん、さっき、君が目を瞑っている時に」
ばっと、唇を手で押さえる。混乱に混乱が乗っかって、何で眼鏡ぶつからなかったのか、とか、今あまり重要そうでないことが頭の中を飛び交う。
「ぼ、僕は…ッ」
何か言おうと口を開いたけれども、言葉が見つからない。もどかしさに口をぱくぱくさせていると、アルフレッドが話し始めた。
「俺は、ずっと君を見てた。でも、君は全然気付いてくれなかった。今日も来てくれると思ったのに、いつまで経っても来てくれないし。会場をフランシスに任せて抜けてきたんだ」
「マシューハネガティヴデ鈍感」
腕の中で、クマ左右衛門さんがぼそっと呟く。
「ちょ、クマ八さん、何その知ってたみたいな言い方!?」
「知ッテタ」
言葉に絶句すれば、アルフレッドが笑う。
「君以外、みんな知ってたさ。それくらい、君にアタックしてたのに」
そう言われ、マシューは今度こそ記憶を手繰る。
 会議で認識されなかった時。
「マシューはすごいんだぞ!」
根拠もないのに言い切った。
 気付いてもらえないと愚痴をこぼした時。
「俺は絶対に気付く!HEROだからな!」
 もっと前―――独立の時。
「君の隣にアメリカ合衆国を予約しておいてくれよ!」
 もっともっと前―――みんなで、星を見に行った時。綺麗だね、と呟いたら、
「もっと綺麗なもの知ってる」
そう言ってふくれて、手を握ってきた。
 手繰れば手繰るほど昔から、ずっと、アルフレッドはマシューの傍に居た。その心を、そのままに。
 「マシュー」
アルフレッドがしゃがんだ。目の高さが合う。
「俺は君のことが好き。国としての立場は関係なく、俺は君の傍に居たい。君は?」
青が揺れる。揺れているのは自分かもしれない、とマシューは思った。
「僕も―――君の、傍にいたい」
次の瞬間、アルフレッドはマシューに抱きついた。二人の間に挟まれて潰されたクマ太さんがぐえ、と変な声を上げた。でも、今は勘弁してもらおう。後で謝るね、とマシューは心の隅で言う。
「マシュー、大好きだ」
啄むような接吻け。普段KYと言われる彼からは、想像出来ないほど優しいキス。
「…僕も、大好き」
ぎゅう、と抱き締められて、胸がいっぱいになる。あとでプレゼントを渡そう。マシューは目の端に綺麗にラッピングされた小さな箱を映して、小さく笑った。



20090705



20180509 編集