「お前、太ったんじゃないか…?」
全ては、イギリスのこの一言から始まった。

かぼちゃの馬車に乗るには 

 幾ら日頃何も気にしないゴーイングマイウェイを邁進するアメリカでも、好きな人から言われればそりゃあもうどうしようもなく気にする訳で。
「…俺、そんなに太ったかな…」
自分ではいつもと同じように生活しているだけのつもりだし、最近何か特別なことがあったかと言うと、ない。そう、ないのだ。ずっと好きだったイギリスと何かあったとか、進展したとか、脈がありそうだとか告白したとかされただとか、そういうのも一切ない。自分で言っていて悲しくなってきた。
 とは言えやはり第一印象というのは大切である。それに、イギリスに馬鹿にされるのだけは死んでも御免だった。だって好きな人にはカッコつけたい。いつだって。そう思って各国を渡り歩きダイエットをした。
 はず。
 なのだが。
「可笑しい…」
体重計に乗ったアメリカは一人呟いた。
「ふえ…てる…」
体重計の針は明らかに前回乗った時より多い数字を示していた。
 困った。
「今日はイギリスが来るのに!」
きっとアメリカが何を言っても皮肉屋のイギリスには口で負けるだろうし、イギリスというのはとても目ざといのだ。だから今回アメリカが太ったことも言ってきたのだろう。ティーンエイジャーの子たちが無理してダイエットする理由が分かったような気がする。何をやっても無駄なんじゃないかという、アメリカにそぐわぬ思考が脳を支配する。
 そんな中でピンポン、とチャイムを鳴らして勝手に入ってきたイギリスに、アメリカが対応する術を持っているかというと、何もないのだった。
「うっわ!? お前何だよその顔。風邪でも引いたのか?」
「いや…ちょっと…」
「はは~さては俺に言われたこと気にして減量に挑戦するも無駄だったんだろ~? イギリス様には全部お見通しなんだぞ~?」
むかちん、と音がした。ああそうだよそうだとも、こっちはイギリスに言われたことが気になって夜しか眠れないんだ!
 と言おうとしたところで、はた、と思い付いた。
 一つだけ、やっていないことがある。
「イギリス」
「な、なんだよ」
急に真面目な声を出したアメリカにイギリスは戸惑ったようだった。
「実は…そうなんだ。体重が減らなくて」
「はー! やっぱりそうか! 大体お前は普段の食生活から」
「それでね、いろんな国でダイエット方法を聞いて回ったんだけど、一個だけやってないことがって」
「ん?」
「フランスから聞いたやつなんだけど。試してみなきゃ、って今思ったんだ」
「…っは、あ!? い、いや、アイツのことだ! どうせガセだろ?」
「いやいやそうやって決めつけるのはいけないよ。試してみないと。人類はそうやって進歩して来たんだから」
「おいちょっと待て近付くな!」
「イギリス」
 その額にちゅ、と接吻けを落とす。
「可愛い弟のためだと思って」
 その瞬間、何か大切なものが崩れたような気がしたけれども、進歩のためには多少の犠牲はつきものなのだ。



 後日談。
「フランス!」
「おぉ、アメリカか。何だい?」
「君の言っていた方法は、ダイエットにとても良いね!」
「ほー…って、えぇ!?」
「ただ、相手が先にバテちゃうのがちょっとねー…」
「ちょ、ま、アメリカ!? 誰、誰なの、相手は!?」
お兄さんに話してごらん!? と言うフランスからはダッシュで逃げた。
 誰が言ってなどやるものか!

***



硝子の靴は粉々に砕け散った 

*米英前提の英←仏からの仏→英

 アメリカのになったんだって? そんなことを言うのも腹立たしいがどうやら本当のことらしい。壁に追い詰めたイギリスは何でそれを知っているんだという顔になるし、いつもの腹の底が読めない大英帝国様は何処へ行ってしまったのか。これでは生娘と変わらないじゃないか、とも。もう生娘じゃないんだろうけれど。
「べ、べつに、アイツのになった覚えはねえよ…」
そう言いはするもののうっすらとその頬は色づいているし、そもそもいつもなら此処でああ!? イギリスがアメリカ領になんかなるはずねーだろ! と息巻いて来ていいはずだった。なのにそれがない。
 ふい、と逸らされた視線を良いことにへえ、と呟きながらまだ開けていた片方も塞ぐ。これでイギリスは壁とフランスの間に閉じ込められた。こんな檻、イギリスならすぐに蹴破っただろう。何の拘束力もない。
「フランス、さっきからお前、何なんだよ、様子が可笑しいぞ」
「俺はいつも通りだよ。いつも通りじゃないのはイギリスの方」
 ああ、本当に腹が立つ。あのイギリスは何処へ行ってしまったのか! これでは本当に生娘―――いや、子リスだろうか? なんて弱々しいものに成り果てた。それもこれもあの若造の所為か。
「アメリカのじゃないんだ。へえ、そうなんだ………なのに、抱かれるんだ?」
 唇が震える、知られていると、それを恥じるような。ああ、本当に気に入らない。気に入らない。気に入らない。
「アメリカのじゃないのにそういうことになってるってことは、だ」
碧い目を捕まえる。
「俺がお前に何しても問題はない、ってことだよな?」
 言葉が理解されきる前に、唇を重ねる。薄い。味もしないような唇。
 イギリスの手が抵抗するように胸を押してきたけれどももう後戻りするつもりはなかった。
―――ずっと、待っていたのに。
それを理由にして良いことはないけれど。
 呼吸の隙間に舌を忍び込ませる。どんどん甘くなる吐息に、ひどい話だと自嘲した。
「何、すん…だよ」
慣れていると言えば慣れているのか、それでもまだ余裕は保たれている。ああ本当、ずっとこれを横で見ているだけで良かったのに。相手は人間だったから、人間は愛おしくて、それでいてすぐにいってしまうから。
 良かったのに。
「何って、何だろうねえ」
「頭おかしくなったのか、風邪でもひいたか?」
「ひいてないよ、ご心配ありがとね」
自分のネクタイを解いてまとめた腕を縛り上げる。
「だ、から、ッフランス!」
「こういうの嫌い?」
「そういう問題じゃねえよ!?」
だろうな、とは思う。でもやっぱり、もう引き返せない。
「本当はね、お兄さんね、お前に抱かれたかったの」
「………は?」
「でもね、それってナイと思うから我慢してたのにさ、アメリカはあんなこと言うし。だから本当、頭来て」
「何だよそれ、どういうことだよ」
「でも大丈夫」
会話になんてならなかった。
 仕方がないよな、と思う。思えたのがきっと、最後の理性だった。
「安心して」
耳元で囁く。肩が引きつる。
「お兄さん、こっちも上手になったから」
 お前の所為だよ、と言うつもりはなかった。



***



20180223