絶対的所有権の侵害:原山



*ryp



「ザーキ」
手ェ出して、と言われたのは部活が終わった後、部室でのことだった。
制服に着替え終わって、荷物もまとめ終わって、後は帰るだけ。
原が山崎に声を掛けたのは、そんな時だった。
「目ェ瞑ってて」
言われた通りに目を瞑る。
此処に古橋か誰かがいたのならそれを止めただろうが、
残念ながら部室には二人だけしかいない。
「そのままにしててねぇ」
楽しそうな原の声にどうせいつもの悪ふざけだろうと大人しくしている。
こういう時の原は好きにさせてやる方が後々面倒が減るのだ。
山崎にもそれくらいを学習する脳はある。

ぎゅ、と手首が締め付けられる感覚に目を開ける。
「原?」
「まだ開けて良いって言ってないのにー」
でもま、縛れたからいっか、満足そうに原が見下ろす山崎の両手首には、
霧崎指定のネクタイが巻き付いていた。
原のものだろう。
山崎はとっくに失くしてしまっていたし、いつもある原のネクタイは見当たらない。

「…外せよ」
流石に手首を縛られるのは予想外だ。
自然と低くなる声でそう告げるも、原は黙ったままこちらを見てくるだけだった。
「原ッ」
「外すと思ってンの?」
ぐい、と襟首を掴まれて咄嗟に目を瞑る。

本能かガードするべく縮こまらせた腕も横に退けられた。
「ッ、ン!?」
予想していたような打撃はなかった。
ただ、その代わり、
「ふ、ぁ」
唇に柔らかい感触。
歯列を割って、ガムの名残か甘い舌が口内を荒らして行く。
「は、ら…!」
呼吸のタイミングすら与えてくれないそれの合間に、
咎めるように名前を呼ぶのも、直ぐに飲まれてしまう。
押し返すのも、自由の効かない腕では意味はないも同然。
それでも抵抗しようともがく山崎に苛立ったのか、
「暴れないでってば」
がん、と容赦はあるようだが遠慮のない蹴りが脛に入った。
思わず崩れ落ちる。

その隙を原は逃さなかった。
蹲っていた山崎を軽く押し、尻もちをつかせると、膝を器用に割って膝裏を持ち上げる。
ますます抵抗の術を失って狼狽する山崎に、呆れたように言い放った。
「ねぇ、まさか、意味分かんないワケじゃないよね?」
分からないわけじゃない。
分かるからこそ分からないと言いたい。
けれど分からないふりをするのは賢明ではないようだ。
下手したら更に状況を悪化しかねない。
「何でオレなんだよ!」
ひっくり返りそうな声で何とか言う。
山崎が理解していることに気を良くしたのか、原の表情に笑みが戻った。
「んー…何て言うかさ、オレ、お前と古橋が付き合うことになった、って知った時、
どうせすぐだめんなるって思ってたんだよね」
お前も古橋も不器用だし、素直な方じゃないし。
それはその通りなので否定はしない。
「でもさ、全然そーいうのないみたいだし。
ならオレが直接水差すのも面白そうだなーって」
つう、と原の指先が膝裏から太腿をなぞっていく。
やめる気の見えないそれに、ぞっと寒気が背筋を覆った。
「やめろ、触んな!」
「ね、部室の鍵、閉めてないんだよね〜」
もう一度あげようとしていた制止の声をすんでのところで飲み込む。
鍵を閉めていない。
それがどういうことなのか、言うまでもなく山崎に伝わっている。

此処は部室だ。
体育館に隣接する其処はひと気のない方だとは言えるが、
全く人が通らないという訳でもない。
「あんまりザキが大きい声出すと、誰か来ちゃうかも」
ザキが見られたいっていうなら、オレはそれでも良いケド。
誰かに見られながらってのも結構コーフンするよ?
にやにやと笑う原のそれは勝利を確信したものだった。
ベルトが外され、ファスナーが下ろされていくのを唇を噛み締めて睨んでいるしか出来ない。
そうしてさっき変えたばかりの下着も一緒にずり下ろされて、
「へぇ」
それが、原の瞳に映ってしまった。

歪にでかでかと、山崎の太腿に刻まれた古橋康次郎という文字。
最初カッターナイフで丁寧に刻まれたそれは、かさぶたが出来る度に丁寧に剥がされて、
今ではみみずばれのように浮き上がってしまっている。
「ふーん、古橋も可愛いことすんじゃん」
するり、と撫ぜられた太腿に肩を震わせる。
でこぼことしたお世辞にも綺麗とは言えない其処を、
原は面白いものでも見つけたように眺めていた。
「これ、何?マーキング?」
だとしたら笑えるんですケド、と原は撫ぜる手を止めない。
その微妙な感覚さえ、何かの前触れのようで。

「こんなモンが枷になるワケないでしょ」
そうしてゆっくりと頭を垂れると、
「あんま暴れないでね?」
暴れられると、オレ、歯ー立てちゃうかも、なんてくすくすと舌が擽る。
こいつ、まじかよ。
そう思った時、外から声が聞こえた。
帰っていくほかの運動部か。
バレるかもしれないという恐れが声を出すまいと、いっそう喉を塞いでいく。

しばらく形を確かめるように這い回っていた舌がふと離れて、
「!」
次の瞬間には温かな粘膜の包まれるのが分かった。
「…ッ」
零れそうになった声に慌てて口を塞げば、今まで上体を支えていた肘が床から離れてしまう。
そうしてそのまま保っていた体勢は崩れ、背中から床に叩きつけられる。

痛みと声を抑えるためとで眉間に皺を寄せたその様子を、原はやはり楽しそうに眺めていた。
空いている方の手が袋の裏を焦らすようになぞっていく。
分かっているその動きに、背筋がぞくぞくと唸る。
「ひもちひい?」
「…ッ、そこで、しゃべン、な…!」
いつの間にか片脚から制服のズボンも下着も抜かれ、
もう片方に溜まっているだけになっていた。
何なんだよ、これ、とやけに冷静な頭の奥で思う。
よくある動画のようじゃないか。
けれどひどく冷えているのはその一点のみだけで、身体は貪欲に快楽を追っていく。
「は、ら…ッ!」
覚えのある感覚に焦ったように名前を呼ぶも、
前髪の向こうで原は楽しげに目を細めただけだった。
「らしてひーおぉ?」
逆に腰を抱え込まれて逃げられなくなる。
「やだ、はら、やめろ、」
やだやだと駄々をこねるように首を振る。
けれどそれすら原には面白いようで、じゅる、とわざと音を立てられる始末。
「う、ン、ぐ」
自分の手の平に噛み付いて、声を押し殺す。
良く知る脱力感の後、ぼんやりとした視界の中で原の喉がこくり、と動くのが見えた。

「あー…まっず」
はぁっと息を整える耳に原の声が入ってくる。
まずいのなんて分かっていたことだろうに、離さなかった原が悪い。
自業自得だ。
そんなことを考えながらぼうっとしていたら、身体をひっくり返された。
腰だけ高い位置に置かれたそれはまるで。
「わりと似合うね、ザキ」
このカッコ。
芯を失っているそれにまだ残るものを潤滑剤代わりにするように掬い取った指が、
後ろに這わされる。
ゴムと粘液が纏わりつく、独特の音が耳についた。
まさか、こいつ、最後まで。
今更と言って良いほど遅く湧いていたその可能性から逃げたいのに、
倦怠感の纏う身体では真面に言うことを聞いてくれない。
「はら、むり…ッ、だッ」
「無理じゃないでしょー?」
古橋にいつもおんなじことしてるくせに、と笑う声が恐ろしい。
いつもと同じ声だ、
だからこそ、本気なのだと分かってしまう。
「いつも古橋にどうしてやってんの?」
やわやわと其処を解していく指に嫌悪感しか感じられない。
元々そういう器官ではないのだ。
逆流する感覚が気持ち悪かった。
それでも丁寧に入り込んだ指が優しく内壁を引っかくのを繰り返していくと、
変な心地がしてくるのだから恐ろしい。
一度達したはずのそれも後ろと交互に弄ばれて、再び硬度を保っていた。
こんな状況なのに、欲に忠実な自分の身体が恨めしくてたまらない。
「…ここ、かな」
ボソリ、と原が呟いて指がぐり、と中で蠢くと、
背筋を通って頭のてっぺんまで、びん、と電流が走ったような気がした。
「…ッう、ん!?ぁ、やッ」
「あ、あったりー。
前立腺。知ってるよね?」
そりゃあ知ってはいる。
だが体験するのは初めてだ。
形も成せないような音が口から溢れ出ていく。
こんなのをいつも古橋は感じているのかと思うと、申し訳ない気分にさえなった。
「古橋はここ弄られるだけでガチガチになったりするワケ?」
「ン、なことッおま、えに、教える…か、よ…ッ」
腹が立つのはこんな言い方をしていても、
原の所作一つひとつが、こちらを案じたものであることだ。
いつも気にしているからこそ分かる、相手を労わりながらの行為。
こんな、手首を縛り上げられて、
水を差してみたいなんていうふざけた理由で、犯されかけているというのに。

最後にきらめく優しさのようなものから、逃げられない。

だから山崎は甘いって言うんだ。
脳裏で古橋の声がしたような気がした。

「もーいーよね」
ずり、と指が引き抜かれると、名残惜しいというように内壁が吸い付くのが分かった。
きゅう、と甘い痺れが下腹を走っていく。
ぺり、という音でそちらを向けば、いつも自分がしていることを原がしていた。
「…なん、で、たって…」
信じられないものを見る目になったと思う。
此処に愛なんてものは介在しないし、原が両方イケるなんて話も聞いたことがない。
山崎を襲っている時点で後者については宣言したようなものではあったが、
やっぱだめだねーなんて言って終わることも何処かで期待していた。
「さぁ?まぁ、敢えて言うなら、さ」
押し付けられた温度に喉の奥から、ひ、と悲鳴があがる。
「ザキがやぁらしいから、じゃ、ない、の!」
ず、と滑るような音と、あまりの圧迫感に、吐き気がした。

「どーぶつみたいだね、ザキ」
変にすっきりと保たれている理性が、余すことなく原の言葉を拾ってしまう。
「ケツだけあげてさ、突っ込まれて、それで喘いでんだもん」
どーぶつ以下かもね、笑う原に手をぎゅっと握り締める。
原の言葉は山崎の自尊心とか古橋への貞操観念とか言ったものをどんどん削って行く。
それが原の策略とは分かっていても、山崎は唇を噛み締めてしまう。
あは、と笑った原がぐり、と一際深く抉った。
「―――」
はくはくと酸素を求めてだらしなく口があくのも、
きっと原を楽しませる要因にしかならない。
分かっているのに、身体のコントロールは既に山崎の手にはない。

「かわいーねぇ、ザキ」
原の言葉を否定するように弱々しく頭を振った。
否定しやすいところから縋らないと、自分が自分でなくなっていくような気さえした。
原によってつくり変えられていくような、そんな恐怖めいた心地だった。
「なぁんで否定すんの、こんなに、かわいーのに」
心底可笑しいというように笑う原のことを忘れてしまいたかった。
たとえば、例えば、だ。
これが古橋だったならどうしただろう。
いつもと立場は逆になるが、これが古橋だったなら。
もっと穏やかな気持ちで受け入れられる気がした。
幸い、顔は見えないのだ。
今からでも遅くない。
これは古橋だと思えば。

カシャッという、とってつけたようなわざとらしい効果音に、
思わず瞑っていた目を見開いた。
思考は途切れてしまって浮かび始めていた古橋の姿は霧散する。
だがそれどころじゃない。
「て、め…ッ」
聞かなくても分かる、あれは携帯のカメラのシャッター音だ。
「はいはい、そのまま〜もう一枚」
原を振り向いた状態でまたおもちゃみたいな音。
「ちょっとブレたけど、まぁザキって分かるしいっか〜」
「そ、れ…どうする、きだよ…」
脳内で新たに首を擡げた可能性に青褪めながら問う。
原はまた面白そうに唇を歪めると、選ばせてあげるよ、と囁いた。
「古橋に送るか、送らない代わりにまたオレの相手するか」
一枚目も古橋の名前入るように写したし。
合成とか、誤魔化すの無理っしょ?

絶望とは、こういうことを言うのかもしれない。
古橋の名前が入った太腿の持ち主なんてこの世界に一人しかいないだろうし、
その事実を知っているのも数刻前まではそれを刻んだ古橋と山崎本人のみであったのだから。
「あと五秒で決めてねー五、四」
「ちょッは、ら!」
「一、零。ハイ、時間切れ〜」
何やら原が携帯を操作している。
ああ、これはさっきの写メを送られるのか。
ちぐはぐにひどく静かな頭でそう思う。
ぐり、と良いところを突くそれに、もう理性もすべて、手放してやりたい。

「あ、古橋?」
瞬間、山崎は手放しかけていた理性を残らずかき集めた。
喉を半分通り過ぎようとしていた声も無理矢理に飲み込む。
「ねー今さ、オレ、何してると思う?」
やめろ、いうな。
ぐりぐりと的確なそれに震える喉を押し殺した。
だめだ、声なんて。
思えば思う程、原の携帯から漏れ出る声に意識が行く。
「ヒントいちー部室ー」
血が出る程唇を噛み締める。
「ヒントにー、ザキも一緒」
腹にありったけの力を込めて息を止める。
「…ごーじょー…」
苛立ったように原が呟くのが聞こえた。
すい、と引かれた腰。
次に何が来るのかその予想に、まるで身体は歓喜を表すように震える。
じっと息を潜めて耐えようと身構えた。

しかし、なかなかそれは来ない。
怖々後ろを振り返ってみれば、にやりと笑った原と目が合って、
しまった、と思った時には既に止まっていた呼吸が、早計な安堵に解よって放された後だった。

部室中に響き渡ったその甲高い嬌声が、自分のものであるとはにわかに信じがたかった。
もうそれでタガが外れたようにまた、唇は言葉にも成れぬ音を零し始める。
電話の向こうの古橋にも、聞こえてしまっているだろう。
「泣かないでよぉ」
原の手が真っ暗になった携帯の画面をこちらに見せてくる。
もう切れるからさ、と言われるが慰めなどにはなりもしない。
古橋に知られてしまったのが、今はとても情けなく感じた。

「結構ヨかったよ、ザキ」
白濁を受け止めたそれの口を縛りながら原が言う。
瞼が重い。
「オレ、殺されたくないから先行くね〜」
じゃあ、また明日、なんて何にもなかったように衣類を整えて、原が出て行く。
山崎は何をするでもなくそれを見送っていた。
もう何もする気も起きない。
このまま眠ってしまいたかった。

それで、目が覚めたら古橋がいてくれたら、なんて。

「…なさけ、ね」
思った以上に掠れたその声に自嘲を浮かべて、山崎は目を閉じた。



(えのさんに捧げます)
20130327