絶対的所有権の明示:山古



*事後
*若干流血注意



「このあいだ、」
まだ甘く纏わり付くような空気が残るベッドの中。
うとうととしていた山崎の耳に古橋は囁いた。
「三組の女子が、山崎のこと、格好良いって言ってた」
「…そうなのか」
山崎が眉を寄せたのが見なくても分かる。
その予想通りとも言える反応に、古橋はくつくつと喉を鳴らした。
そして思い浮かべる。
山崎くんって格好良いね、そう言っていた女の子を。
ツインテール、くりっとした大きな目、
うっすらとメイクでもしているのか、仄かに薔薇色をした頬、ぷるん、と艶めく唇、
控えめだが形の良さそうな胸、白い指、小さな掌、高くて細い声、
古橋にはないものをたくさんもった、ふわふわした存在。

「結構可愛い子だった」
「…別に可愛いとかカンケーねぇだろ」
不機嫌そうな声。
それすらも予想通りで、古橋は嬉しくなる。
こんなにも、山崎のことを知れている。
でも、今はそういう話がしたいんじゃない。
違う、と古橋は首を振った。
可愛いから、それだけの理由で山崎がたなびくことはないとは分かっている。
この男は存外真面目で馬鹿がつくほど真っ直ぐだ。
そして、用心深い。
自分が進むべきか否か、それを見極められる人間なのだ。
しかし、それは裏を返せば責任感に左右される、とも言える。
「だめだ」
「何がだよ」
「山崎は、」
可愛い女の方が良いというなら、山崎は今此処にいない。
そういった可能性をすべて捨てるつもりで、山崎が自分と付き合うことを決めたのだと、
古橋には良く分かっていた。
自分が手放さない限り、愛想をつかされるような酷い仕打ちをしない限り、
山崎はずっと傍にいてくれる。
それは自惚れでも何でもない観測結果。
確かに不安は消えることはないけれど、其処でくよくよと迷う必要はない。

古橋が一番に危惧しているのは、美点らしく言えば、山崎の優しさについてだ。

「山崎は、可愛い子が縋ってきたら、どうする?」
縋って、迫って、一度だけで良いから。
鈴のなるような可憐な声で、そんなことを言われ、更に泣きでもされたら。
おどおどと困った顔をする山崎が目に浮かぶ。
きっと山崎は駄目だと言う、こんな自分にそうほいほい身体を明け渡すなどいけない、と。
まるで母親か父親のように優しく、そして申し訳なさそうに諭すだろう。
けれどそれで諦めなかったら?
強硬手段に出られたら?
相手の細い肩を掴んで引き剥がすなんてこと、山崎には出来ない。
そうしてそのままぺろりといただかれてしまうのだろう。
優しくてそういう所まで馬鹿真面目な山崎は、逃げることなど出来ないのだ。

古橋自身が、山崎にしたように。

起き上がる。
「古橋?」
それにつられるように、山崎も身体を起こした。
「山崎は、縋られたら逃げられないだろう」
「…そ、んなこと」
「じゃあそういうふうになりそうになったら、殴ってでも逃げると誓えるか?」
「殴って、って。女子を?」
「ああ」
「そ、れは…」
ああ、ほら、優しい山崎。
古橋の唇が歪む。
それは笑っているようであり、拗ねているようでもあり。
「だから、このままじゃだめなんだよ」
ふと、古橋の視界を、深緑が掠めた。

「…あ」
机の上のそれをしっかりと視界に収めた瞬間、名案が浮かぶ。
名案も名案、きっとこれ以上の解決策などない。
手を伸ばしてそれを掴む。
「古橋?」
高校に入って少しした頃、ふらっと寄った文房具屋で見つけたそれ。
カバーの色がユニフォームに似ていると思って、
つい買ってしまい、それからずっと使っているもの。
「山崎」
キチキチと刃の出る音がする。
「良いこと思いついた」
布団を退かし、まだ晒されたままの太腿に触れた。
程よく筋肉のついた、なめらかな肌。
やまざきの、はだ。
「ふる、はし?」
怯えるように声が震えていた。
それでも腰をあげようとはしない様を見て胸が震える。
「大丈夫、山崎、力抜いて」
切っ先で太腿をなぞってやれば、膝頭に力がこもったのが分かった。
膝をするりと撫で、太腿に接吻けを落とす。
そして、
「ふるは…ッ」
恐らく制止の意味を込めて呼ばれただろうそれを遮って、ぐ、とその刃を皮膚へと埋め込んだ。



「やまざき」
途中から悲鳴を上げることにも疲れたのか、鈍く呻くだけになった山崎に声を掛ける。
何度も何度も制止を求めて肩に触れてきた掌は、結局一度として掴んでくることはなかった。
それだから、と思うと同時に、
山崎の優しさを一番近くで受け取れるのは自分だという認識に優越を感じる。
「やまざき、できた」
古橋康次郎。
山崎の太腿にでかでかと刻まれた歪な文字。
血がべったりとついた刃を丁寧に舐め上げながら、古橋は満足気にそれを眺めていた。
考えていたよりも、綺麗に出来た。
「やまざき、できたよ」
もう一度重ねる。
じくじくとした痛みが残るのか、山崎の瞳は僅かに赤く染まっていた。
耐え切れなくて落ちたのか、幾筋かの涙の痕も見つける。
「これでもう、山崎の、オレしか使えないな」
くつくつ、と喉から笑いが漏れた。
でこぼこと傷付いた太腿を撫ぜる。
このまま固まって、またそうしたらかさぶたをゆっくりはがして。
そうしてこれが消えないようにしてしまおう。

そうすれば、きっと、牽制になる。
山崎を欲しがる連中に、これは古橋のものなのだと言える。

「やまざき」
うっとりと呟く。
涙に濡れた目頭を舌で拭ってやる。
「あいしてる」
唇ふそっと触れれば、噛んだのだろうか、血の味がした。
カッターの刃についていたものと、同じ味だった。
嬉しくなって、今度はまだ荒い山崎の呼吸をも喰らうように、その唇を貪る。
「あいしてる」
苦しいのか、ぎゅっと瞑られた目から、涙が一雫、また零れた。
「やまざき、あいしてる」

これが狂っているなんて、ほら、誰も言えやしないから。



(深夜の会話より)
20130313