やさしいこと:今桜+諏佐
ピンポーン、とインターホンが鳴る。
「…留守、か?」
式紙でも先に飛ばしてみれば良かったなぁ、と諏佐はため息を吐いた。
久々にまとまった休みが取れたため、友人である桜井に会いに来たのだが。
黒子家に人気はなく、電気も落とされていて静かだ。もしかしたら留守なのかもしれない。
「良ちゃんお留守?」
「かもしれないな。一度実家に戻るか」
残念そうに見上げてきた高尾の頭を撫でてやる。
何かメモでも残しておくか、と諏佐が鞄をごそごそしていると、
「諏佐、良いタイミングで来よったな」
「今吉」
ふわ、と降りてきたのはあの胡散臭い妖狐。
「桜井は出かけてるのか?」
「いや、おるよ。今は寝てるけどな」
「…何かあったのか?」
「風邪やて。自分で出来ることはやったらしいけど、人間のことは良う分からん。
時間あるなら看てやってくれへんか」
鍵なら開けたるから、と呟く狐の顔からは、いつもの胡散臭さが抜け落ちていた。
招き入れられた先で見た桜井は、確かにやるべきことはやった、という様子で横たわっていた。
氷枕もしてあったし、冷感ジェルシートも貼ってある。
枕元にはスポーツドリンクが置いてあったし、吐いた時ようにだろう、洗面器も用意してある。
居間にあった水の入ったコップと出しっぱなしになっていた箱から、風邪薬も飲んだのだと分かる。
完璧だった、一人で此処まで出来るなら大丈夫だろう。
―――と、普通ならば思うのかもしれない。けれども桜井はまだ高校生だ。
その事実が諏佐を悲しくさせた。
本当の家族ではないから気を遣う、
それがどういうことなのか本当の家族の中で育ってきた諏佐には分からなかったが、
息苦しいことのように感じられた。
せめて、風邪の時くらい。
甘えてもらった方が安心出来るのに。
そういう訳で諏佐は勝手に台所に立っていた。
一応、冷蔵庫の中身を勝手に使った旨を黒子夫妻へと残しておく。
とは言ってもネギと卵と米程度だ。
普通に桜井が生活する分を考えれば、減っても困らない量だろう。
黒子夫妻は旅行中だった。桜井が商店街の福引きで二人一組の旅行券を当てて来たのだと言う。
期間は丁度桜井の夏休みとかぶっていて、
食事はどうにか出来るから二人で行ってきて欲しいと桜井が言ったらしい。
実際、料理の得意でない黒子夫妻の代わりに、
桜井が食事を作っていたのだから、困ることはなかったのだと言う。
「熱出るなんて、桜井も思ってなかったんやろ」
肩の上に乗っかったままの今吉が言う。
「二人に連絡せえ言うてもせっかくの旅行なのに、しか言わんでな。諏佐が来てくれて助かったわ」
「…桜井らしいな」
「ワシは帰って来て熱出てる桜井を見たら、さつきが昏倒しそうやと思うけどな」
「確かに」
きっと、そこまで気が回らないのだろう。話に聞く限り、幸福な少年時代を送ったとは考えにくい。
見えないものが、見えるのならば尚更。
「よし、卵粥出来たぞ」
「諏佐料理出来るんやな」
「まぁ、一人暮らしで困らない程度には出来る」
お茶もいれて一緒に持っていく。これを食べて少しでも元気になれば良い、と思った。
諏佐に手伝われて、なんとか桜井は卵粥を完食した。
薬は朝飲んだきりだと言うので、薬も飲ませる。
食事をとって飲む薬は、そのまま飲むよりも効きやすいだろう。
起きているのも辛そうな桜井を布団に戻すと、小さくうめき声が上がった。
「どうして…」
「ん?」
熱に浮かされた瞳が諏佐を捉える。
「どうして、諏佐さんは…ボクたちに、良く、してくれるんですか…」
「…そうだな」
眉が落ちるのを感じた。
「お前たちが好きだから、という理由ではないことは言えるよ」
そっと頭を撫ぜる感触が落ち着く、桜井は安心したように息を吐く。
拒絶めいた言葉でも、桜井には優しさとして伝わったようだった。
それがまた、諏佐を悲しくさせる。
「お前にはこういう大人になって欲しくないとは、思うよ」
きっと大変だったのだろうと思う。自分もそうだったのだから。
見ないものが見えるとはそういうことで、逃げられない宿命のようなもので。
「そんな、こと…ないです、よ」
仄かに、桜井が笑む。
「ボクは…諏佐さんみたいな、大人に………」
すう、と息が静まった。眠ったようだった。
「眠ったな」
「安心したんやろな」
今吉が神妙な顔で呟く。
「ワシらにはどうしても与えられない安息が、人間にはあるんやろな」
消化に良さそうなものを少し作りおいて、それを今吉に伝えて諏佐は黒子家を出る。
あの年若い友人が、諏佐とは違う答えを見つけてくれることを、願ってやまなかった。
20150218