紫原の妖力は日に日に衰え、次に強い光や熱に触れれば、
身体を保つことは出来ないような気がした。

「桜井ー!」
階下から声がする。
窓からひょこりと顔を覗かせれば、八ツ原の妖怪・小金井が立っていた。
「東の森にあやしい影を見たよ!一応報告!」
赤司かもしれない。
「ありがとうございます!」
すぐに、今吉と紫原を連れて家を飛び出した。



「封印って、どうやる気ですか」
赤司を封じる、だから任せて欲しい。
そう言った紫原に桜井は尋ねる。
「オレの妖力、もう殆どないから。
この器がなくなったら強制的にあの石像に戻って眠ることになると思う。
もっかい征十郎に触れれば、その熱でオレはきっと融ける。
だから、その時に抱き締めて離さなければ、もしかしたら…」
それは、あまりに不確かな方法だ。
「やらせて、桜ちん。
オレ、征十郎をあそこに連れて帰りたい」

東の森に足を踏み入れる。
ざぁ、という風の音に紛れて赤司の気配がした。
何処だ。
辺りを探す桜井の上で、ぱら、と木の葉が落ちた。

ハッとして見上げる。
「赤司サン…ッ」
枯れ木の幹に縋り付いて、こちらを見つめる赤司。
「征十郎…!」
紫原が名を呼ぶと、赤司は嫌がるように光を放った。
衝撃で紫原が吹き飛び、崖を転がり落ちていく。
「紫原サン!!」
紫原が離れたことに満足したのか、赤司はしゅるしゅるとまた空中に戻ろうとする。
逃げる、そう気付いた桜井は、咄嗟にその腕を掴んでいた。
紫原が戻るまで、赤司を逃がすわけにはいかない。
掴んだ所から、じゅっと嫌な音がした。
其処から広がる熱さにぞっとする。
「放しぃ、桜井!手が焼けてしまうで!」
邪念が強い熱になってるんや、という今吉の言葉に、桜井は首を振り、
更にひし、と赤司を抱き寄せるようにして掴んだ。
苦しそうに赤司が暴れる。
「だめです、此処で逃してしまったらまた…今吉サン、紫原サンを、早く、此処へ…!」
ざわり。
何かが流れ込んで来るような感覚と共に、桜井の視界は一時奪われる。

「―――敦」
優しい声。
「敦、また三色の虹は出なかったね。
村のことを願わないといけないのに、早くまた雨が降らないかな」
「…オレは、雨寒いから嫌い」
拗ねたような紫原の声に、ふふ、と赤司は笑った。
「僕は平気だよ」
優しい。
こんなにも、あたたかい。
「寒くないよ、お前がいるから」

「さむい」
じゅうう、と熱さがしみてくる中で、桜井は声を聞く。
さむい、さむいと繰り返す赤司を、桜井は見上げた。
「う…」
ずきん、と痛みが走り抜ける。
「桜井、放しぃ。お前の身体が保たん」
「だめ、です、紫原サンが来るまで…。
赤司サンを紫原サンに、帰してあげるんです…ッ」
今吉の舌打ちが聞こえた。
「分からんの、桜井。
紫原にもう妖力は殆どあらへん。
会わせたところで融けるどころか、そのまま消滅するかもしれへんのやで?」
そんな、と思うと同時にくらり、と眩暈がした。
「放しぃ、桜井、生命落とすで。
どうしても放さんのなら、」
どろん、と現れたのは今吉の本性の姿。
九本の尾を持つ、美麗な狐。
「力ずくで―――」
ぐわ、と今吉が牙を剥くのが見えた。
だめ、やめてください、今吉サン―――声に、ならない。

その牙が、赤司に届こうかと言う時。
ばっと、鮮やかな紫が、赤を包み込んだ。

「紫原サン…」
さむい、さむいと尚も繰り返す赤司を、紫原がぎゅっと抱き締める。
「オレも寒かったよ、征十郎」
じゅうう、と嫌な音がする。
「だから、帰ろう?一緒に。
征十郎の心が癒えたら、また二人で虹を待とう?
オレも、幸せだったんだよ…征十郎が、ずっと傍にいてくれたから…」
さら、と紫原の身体が融けていく。
赤の髪の向こう、紅の方の眸から、粉雪のような涙溢れるのが見えた。
戸惑いがちに大きなその背に回された腕が、
待ちわびたように抱きしめ返すのを桜井と今吉は見ていた。
ぱらぱらと舞っていった二人は、何一つ残さず、風に乗って消えていった。
「…さよなら、桜ちん、さよなら…」
紫原の遺した声だけが、ふわりと桜井の手の中に落ちてきた。



その夜、桜井は夢を見た。
二つの光がはしゃぐように、虹の掛かる山へ帰っていく夢。

「二人とも、無事に石像に帰れたでしょうか」
「大丈夫やろ」
しばの原へ向かう。
あんなにざくざくしていた雪は此処数日の間に綺麗さっぱりなくなっていて、
寒さはそのままだったが地面が見えるようにはなっていた。
「妖っちゅーもんは、お前が思う程弱くはないで」
「そうですね」
嫌味ともとれる今吉に言葉に桜井は苦笑する。
「強い今吉サンが思っている程、ボクはまだ別れには強くないんです」
今幸せなことが、こんなにも怖いように。
「だから、大切だと思ったことは大事にしていきたいんです」
ぽてぽてと歩く今吉を抱き上げる。
今吉は何か言いたげに桜井を見上げて、それから首を振った。
「…桜井の言うことは、分からんわ」

何しにいくんや、という今吉の質問に、花の種でも蒔こうと思って、と笑う。
弱い人間には虹を見せてやることは出来ない。
でも、きっと、三色の花なら見せてやれる。

何度も何度もめぐる春は一つ一つ違うだろうけれど、
妖も人間も、きっと同じ春を知っているから。



20130118