胡乱げな夜の殿:今桜
基盤:今桜
その他:黒桃、木花
「さくらいー…ってうわ、また名前返したんか」
「今吉サンですか、おかえりなさい」
「名前返すのにはワシは反対せぇへんがな、
もうちょっとペース考えなあかんていつも言うとるやろ」
「スミマセン…」
床に寝っ転がって、窓から入ってきた同居人を迎える。
この人ならざる同居人との出逢いは、数ヶ月前に遡る。
早くに両親を失い、親戚中をたらい回しにされ、
やっと一つの家庭に落ち着くことが出来た桜井は、
前の家を出る前に渡されたダンボールを漁っていた。
話によると、祖父の遺品らしい。
「…何だ、これ」
訳の分からないものの中に、何やら一等不思議な紙の束を見つける。
ぺらぺらと捲ると、読めないはずの文字なのに、頭に流れ込んでくる。
一度閉じて一番上の紙を開き直して、
「い、ま、よし…しょう、いち」
浮かんできた名前を紡いだ、次の瞬間。
「桜井!何やひっさしぶりに呼んだなぁ。
ワシ、忘れられてもうたかと思ってたんやで?」
突如疾風と共に現れた関西弁眼鏡のやたら雅な格好の男に、桜井は目を白黒させる。
「あれ?何か小そうなってない?
こんななよなよしとったっけー?…桜井?」
何者か分からないが、分かることが一つだけあった。
「…た、多分、貴方の言っている桜井は、祖父のことかと」
やっとのことで、吐き出す。
一瞬、眼鏡の奥の瞳が見開かれるのが見えた。
ゆるゆると肩を掴んでいた手が緩み、頬に優しく添えられる。
「そうか」
ふ、と吐き出した息はいろんな感情に染まっているように見えた。
「人間は、儚いモンやなぁ」
しばらくされるがままに頬を撫ぜられていた桜井だったが、戸惑いながらも言葉を転がした。
「あの…貴方は?」
突然現れたことと言い、人間のように見えるが人間ではないのだろう。
そういうもの―――妖が見える力を、桜井は持っていた。
その力に大分苦しめられてきたのだが、それは今は置いておく。
「ワシは今吉翔一」
男は微笑んで自己紹介を始めた。
曰く、彼は妖狐らしい。
人間の姿形をとっているが、本性は九本の尾を持つ九尾狐なのだと。
祖父―――桜井リョウとは友人という間柄だったと、とても優しい目をして言った。
「これも何かの縁や、ワシがお前を守護したる」
こうして、桜井の居候する黒子家に、一匹のブタギツネが加わったのだった。
20121125