仙境の柳:今桜・かず諏佐(かずよし)



「諏佐…お前、誰と契約してるん?」
「は?」
今吉の問いに諏佐は首を傾げる。
「契約って…そりゃあ一応祓い屋だし、あっちこっちでしてるが」
「そうやない」
首を振る。
「魂の契約、しとるやろ」

とある午後。
表の仕事に休みが入ったらしい諏佐はまた黒子家に遊びに来ていた。
裏の仕事が夜にあるから、それまでなら、と言った諏佐に桜井は喜んで彼を招き入れた。
桜井に宿題を教える諏佐を今吉はじっと見ていて、唐突に放たれた一言。
そこで冒頭に戻る。

「それとも、何や?」
襟首を掴む。
「その痣に繋ごうとるやつ引っ張りだして、聞いた方が良えか?」
「その必要はありませんよ」
にゅっと諏佐の後ろから伸びてきた手が今吉の手を払った。
そのままぎゅ、と諏佐を抱き締める。
「オレの佳典に触らないでもらえますか?」
誰だ、この人。
今、何もないところから現れた。
驚いて目を見開く桜井を、流れるような動作で今吉は抱き締めた。
桜井と諏佐、双方抱き締められた状態でぽかん、と数秒。
はぁ、とため息で沈黙を破ったのは諏佐だった。
「…原、此処、オレの友人の家なんだが」
「ごめーん、でも、佳典の襟首掴むなんてひどいことするやつがいるから」
しかもやたら強いみたいだし、原と呼ばれた青年が頬を膨らます。
呆然とする桜井の前で諏佐は闖入者に自己紹介を促した。
「原一哉です、職業は祓い屋一筋!
佳典はオレのだから手、出さないでね!」
「余計なことを言うな」
「あでっ」
べしり、と諏佐が原を叩く。
目も隠れる程の長い前髪だが、目を叩いたりはしていないだろうか。
見当違いなことが浮かぶ。
職業は祓い屋だと言った。
それなら、彼は人間なのだろうか。

「お前…蛇やな」
今まで一言も発していなかった今吉がぼそり、と呟いた。
原がその時初めて今吉の方を見る。
前髪で見えはしないが、瞳が見開かれたのが空気で分かった。
「あれ?カケルノハジメ様?」
カケルノハジメ。
知らない名前。
急に桜井は不安になる。
今吉翔一という名前しか、桜井は今吉のことを知らない。
自分の祖父・桜井リョウと友人だったという狐の妖。
遺品の友人帳をうっかり読み上げたことが縁で、
それから守護を担ってくれている彼のことを桜井は驚くほど知らない。
「でも、カケルノハジメ様でも佳典はあげませんよ?」
「諏佐なんか要らんわ。桜井がいれば充分や」
「なら良かったー」
嬉しそうに諏佐の背中に纏わりつく原が首をもたげた。
「最近青峰もやたらちょっかい出してくるし?オレの佳典なのに」
「…ッ」
はむ、と耳を嬲られれば、諏佐はぶわっと赤く染まっていく。
「原、」
「かずや」
「原、やめろッ」
「一哉だって言ってるデショ?」
「―――〜ッ、かず、や」
「なーに?」
「やめろ、離せッ」
満足したようにまた背中に戻る原を見て、桜井は諏佐に同情を覚えた。
顔に穴があったら入りたいと書いてあるようだ。
場違いにも、有名俳優のこんな一面を見られるなんてないだろうなぁ、とも思う。
「青峰てあの青峰一門のか?」
目の前の一切の流れを無視して今吉が問うた。
「そ、なんかあいつ佳典のこと気に入ってるみたいでーやたら絡んで来るんですよ」
もううざくって!
ぷくっと頬を膨らませる原にイメージが定まらない。
こういう人なんだろうか。
そもそも何でこの人出て来たんだ?
それは、今吉サンが蛇の痣について諏佐サンを問い詰めたからで、
今吉サンはこの人が蛇だって…ぐるぐると考えていた桜井の脳内で、何かが繋がる。
「あ、の!」
今吉の腕の中から声が上げる。
「あの蛇の痣は貴方なんですか?」
「そうだけど?」
「諏佐サン、左足には行かないって言ってました。
それだけは理由を知らないとも。
秘密にしているのには何か理由があるんですか?」
前髪で見えない瞳が桜井を捉えたのが見えた。
すぅ、と小さく息を吸う原。
「うん、あるよ。オレにとっては、とっても嫌な理由」
にっこり、そんな効果音が付きそうなほどに。
「青峰には気を付けた方が良いですよ」
佳典、行こ、と原は諏佐の手を引く。
「桜井、悪い、またな!」
おじゃましましたー!
誰もいない一階に響く声と共に、引き摺られていく諏佐を、桜井はやや呆然と見送った。
誰もいなくて良かった。



「…今吉サン」
未だ抱き締められたままの体勢で振り返る。
「何や?」
「今の…原さんて方は?」
形容しがたく今吉の顔が歪んだ。
「あの、言いたくないなら良いんです。
そこまで知りたい訳じゃなくて、ただちょっと、気になっただけで…」
桜井の言葉に今吉はしばらく言葉を探して、
「…昔の、知り合いってだけや」
ぎゅう、と腕に力が込められ肩口に額が埋められるのを、
桜井は何ともいえない気持ちで受けていた。



未だ腕を放さない原に、諏佐は困ったように声を掛けた。
「オレこのあと仕事なんだが」
「…まさか、青峰関連じゃないよね?」
言葉を返さない諏佐に、原はため息を吐く。
「あーもう。
仕事って言えば生真面目な佳典が来るの分かっててやってるんだから、ホント、たち悪いよ」
「…実際、仕事があるのは確かだろ」
再度ため息。
こういった生真面目なところを原は諏佐の長所だとは思うが、それ故に欠点だとも思っていた。
「今日はオレもついていくからね」
「好きにしろ」
言っても無駄だと分かっている諏佐はそれ以上言わない。
実力者な原がいればその分早く仕事が片付くかもしれないし、文句は言わないで置く。
ついでに絡まされた指も、そのままにしておく。
「佳典、結構オレのこと好きだよね?」
「…勝手にそう思ってろ」
ふい、とそっぽを向いたその耳が赤いのを見て、原は笑った。
「オレの佳典」
甘い甘い声でそう囁いて、ぎゅうと抱き締める。
「青峰なんかには渡さないよ」
「じゃあしっかり守ってくれよ、神様」
「任せといてよ」
ぶわ、と一陣の風が吹いて、もう其処には誰もいなかった。



20130114