君がいる現在(いま):今桜+諏佐



「今吉」
諏佐の声はいつもと同じ調子だった。
表情も、纏う雰囲気も同じで、今吉だからこそ気付ける小さな違和感が浮き彫りになる。
「うちには口伝がある。二代前に作られた新しいものだ」

諏佐の封じた神、封を破る。
神、桜井に憑く。
以降様子見。

「爺さんはちゃんと説明する前に呆けて死んじまったからな。
その神とやらが何処にいるのかも、桜井ってのが何処の誰なのかも分からない」
今吉は何も答えない。
諏佐もそれが分かっていたように、気にせず続ける。
「元々家はある神様を祀っていた神社でな。
その神様がある日妖に堕ちて村を焼き尽くそうとしたから、
それを止める為にご先祖様が封印したらしい」
諏佐神社は旧今吉(きはじめ)村を守る神様を祀った由緒正しい神社だ。
社はそれほど大きくはないが未だ信仰心は根強く、全国的にも有名な神社。
妖に堕ちた神様は暴れ回り村を焼き尽くそうとしたが、
神社の結界がそれを許さず、被害は神社の中だけに治まったらしい。
当時の神主が桜の樹で出来た狐像に神を封印し、事無きを得たのだとか。
それは今、御神体として諏佐神社で祀られている。
「桜井程力のないオレでも分かる。あの御神体は空っぽだ」
「中の神サンは旅行にでも行ってるんとちゃう?
神サンやってずっと一箇所にいるんはつまらんやろ」
「封じられていた神だぞ?旅行なんか行けるか?
…それに、よしんば旅行だったとしても、その場合御神体は本拠地みたいなもんだ。
何も残ってないのは可笑しい」
二人の間を風が通り抜けた。
「ほう…で?」
今吉は諏佐を見つめる。
「それがワシのことやとして、諏佐はどうするん?」

風が、流れた。

「別に、何も」
じっとその切れ長の瞳が諏佐を射抜く中、諏佐は何でもないように吐き出した。
「オレはお前が桜井に何もしないように見張るだけだ」
今吉はそれを黙って聞いている。
「お前が桜井に何もしなければ、オレだって何もしない。…それだけ、言っておきたかった」

昔、爺さんがしてくれた寝物語があってな、と諏佐の話は続いた。
荒ぶる神様が一人の人間と友達になって、
その友達が亡くなったあと、その村の守り神にまでのやさしい物語。
「神様が封印から抜け出して、人間と友人になって、
それで人間を襲ったりしなくなったなら、オレはそれで良いよ」
物語のように。
もしかしたらそれは、彼の祖父の願いだったのかもしれないと諏佐は思っている。

「…諏佐は、祓い屋には向かんなぁ」
「褒め言葉として受け取っておく」
自分に向けられるそのやわらかな笑みを作ったのは、
向こうで妖たちと戯れているあの少年なのだと、諏佐には良く分かっていた。





20140619