「来てくれてありがとう」
がりがりと地面に陣を描く諏佐が顔を上げた。
「今日は結構手荒なことになると思う…耐えられそうか?」
「耐えて見せます」
目に力を入れて諏佐を見上げる。
「頼もしいな」
諏佐は笑った。
「準備は出来た。あとは待つだけだ」
頷く。
今吉は桜井の足元に寄り添っていた。
頑張れ、と言われているようだった。
「…来るぞ」
お面の妖が陣に足を踏み入れる。
諏佐は手を合わせて詞を唱え始めた。
高尾が諏佐に寄り添うのが見えるのと同時に、桜井の隣には宮地が立つ。
「ったく、無茶する主人を持つと式は大変だぜ」
きらきらと陣の中で光が舞う。
先ほど説明を受けた雷(いかづち)が発動し始めたのだろう。
時間がない。
目の前の高尾とお面の妖に意識を集中させる。
念じるだけで良い、と諏佐は言った。
それを信じる。
「真ちゃん…!」
高尾の切羽詰まったような声が聞こえる。
ばちばち、と不穏な音がし始める。
お願い、桜井はぎゅっと握った手に力を込める。
抗ってください。
お面の妖がすっと顔をあげ、その視線が高尾と絡んだ。
かしゃん、とお面が落ちる。
「しんたろぉ…!!」
「かずなり…!!」
香りが、強まった。
「しーんーちゃんっ」
高尾がじゃん、と白いものを取り出す。
「何なのだよそれは」
「人の道具!」
「またそんなものを拾ってきて…」
はぁ、とお面の妖がため息を吐いた。
「まぁまぁ聞けって。これ、こうやって使うものなんだって」
高尾は呆れる彼の手を取り、丁寧に指に巻いていく。
「出来た!」
「何なのだよ…」
「へへっこうすれば、真ちゃんの綺麗な指、守れるだろ?
未来を辿る、真ちゃんの指、大事にしようぜ」
愛おしそうに包帯越しに撫ぜる指は、とても暖かくて。
「真ちゃんが未来を辿って山を守ってくれるから、
オレたちこうやってのんびり暮らしてられるんだぜ」
「…お前が目を貸してくれているからだ」
「でも、実際に守ってくれてるのは真ちゃんだ」
こんなにも、胸が熱い。
「真ちゃん、ありがとう。大好きだよ」
ああ、とても、きれいだ。
目を開ける。
視界には空と人型の今吉が映って、桜井は膝枕をされているのだと気付く。
諏佐もいるのに恥ずかしいとは思うが、如何せん身体が動かない。
隣には同じように高尾に膝枕をされた、ボロボロの妖がいた。
「…成功したよ」
諏佐の声が降ってくる。
「君が繋がりを強めて、彼から高尾の名前を引き出してくれたおかげだ」
ああ良かった、そう思って諏佐の声に耳を傾ける。
「最初からこんな無茶なことに巻き込んで悪かった。
…でも、もし、良ければ、友人になってくれないか」
またあの下手くそな笑い方で言う諏佐に、桜井は微笑んだ。
「―――はい、喜んで」
こうして妖祓い騒動は幕を閉じた。
諏佐は今日撮影を終えて帰ってしまうのだそうだ。
実家はこちらにあるから、ちょくちょく帰って来る、と嬉しそうに言っていた。
妖は「緑間」という名をもらい、諏佐の式に加わったらしい。
高尾が呼んでいた名前と異なることが気になり聞いてみれば、
「あれはそうだな、妖の真名だから。
オレは常日頃からそんな強制力のあるもので呼んでいたいとは思わないな」
と返って来た。
高尾の方も、緑間の呼んだ名前が真名らしい。
諏佐は式たちの真名を知ってはいるが、普段は呼ばないようだ。
「今回は助かった。
桜井のお陰で、緑間は救われた。ありがとう」
感謝の言葉はこそばゆい。
「もし、オレが力になれることがあったら、呼んでくれ」
握手を交わす。
「あの、」
「ん?」
「ボクは…例え甘くても、諏佐サンの考え方、好きです」
見えないものに目を凝らすような、悲しみに塗れた甘い甘い考え方。
「…そう言ってもらえると、嬉しいよ」
それだからこそ見える幸福も、きっとあったのだろう。
桜井はそう感じた。
20121126
20130117 改訂