ゆらゆら揺れるこれはきっと、恐怖心なんかじゃない:山古



「好きなんだけど」
いつもと変わらぬ無表情で古橋は言う。
「…えっと、何が?」
部室のロッカーに押し付けられている状態で、山崎は一応問うた。
もしかしたら、という期待は打ち砕かれる。
「山崎が」
助けを求めるように視線を彷徨わせるも、部室には二人しかいない。
他の部員は既に帰っていて、
ロッカーに押し付けられる前に古橋が部室の鍵を閉めているのも目撃していた。
つまり、山崎を助けるものは何もない。
「それは、その、」
「恋愛感情で」
被せて来るなよ瀬戸かよ、と思いながらも山崎は更に狼狽える。

古橋は山崎を好きだと言った。
しかも、恋愛感情で。
しかし、当たり前だが山崎も古橋も男であって、
山崎は古橋のことをそういう風には見たことがなかった。
そういう風に見たり見られたりする可能性についても考えたことがなかった。
古橋の告白は、山崎の持っていた決して小さくはない世界を覆しかねないものであり、
故に山崎は狼狽えるしか反応が出来ない。

「山崎」
そんな山崎にしびれを切らしたかのように古橋は話しかけた。
「おう」
「とりあえず、座ろう」
「お、おう」
腕を引かれるままに床に腰を下ろす。
ロッカーから離れて二人、向き合った。
どちらも何故か体育座りである。
「…気持ち悪いか?」
ぽつり、と古橋が尋ねた。
ぱち、り。
一回の瞬きがひどく遅く感じられた。
「…いや、気持ち悪いとかは、ないけど。
なんていうか…びっくりした。
好きとか、考えたことなかったし。
今も、何かの間違いじゃないかって、思ってる」
頬を掻きながら言う。
「…そっか」
古橋がぽつりと返す。
そしてそのまま膝立ちになると、ずりずりと近付いて来る。
「古橋?」
古橋の手が、膝を抱えていた山崎の手を外した。
やたらと優しいその所作に、山崎の混乱は増幅する。

と、次の瞬間、背中と頭に強い衝撃を感じた。
「いっ…」
あまりの衝撃に視界に星が舞う。
のし、と腹の辺りに重みを感じて、痛む頭でそちらを見やれば古橋が。
「どれくらい山崎のこと好きなのか、見せる」
耳元で囁かれる。
自分に馬乗りになっている古橋を、山崎は信じられないものを見る目で見た。
「ふるは…し…?」
「安心しろ。山崎にひどいことはしないから」
かちゃかちゃとベルトを外し始めた古橋の手を慌てて止める。
山崎としては腹の上でストリップをされても何も面白くない。
「ちょ、お前何する気なんだよ!?」
「山崎」
ひた、と見据えられ、言葉を失った。
「お願いだ、見てろ」
いつもは死んだ魚のようになっている瞳が何処か潤んでいるように見えて、
山崎の手から力が抜ける。
制止を失った古橋はベルトを外すと、ズボンのファスナーも下ろした。
制服の裾が広がる。
山崎の胸に手をついて少し腰を浮かせると、ズボンと下着をずり下ろした。
「山崎は、そのままでいてくれて良いから。でも、ちゃんと見てろ」

なんの悪夢だ、と言ってしまうのは簡単だろう。
同級生のチームメイトに告白され、剰え腹の上で自分をオカズに抜かれて。
でも、それでも目を逸らすことが出来なかったのは、
いつも無表情な顔はあまりにも扇情的だったからだ。
「…山崎?」
とろりとした視線が山崎を絡めとる。
「な、何、だ?」
どくり、と米神が脈打つのが分かった。
沸騰して何処かへ飛んでいってしまいそうな思考に歯止めを掛ける。
「ごめん、これくらい好き」
何となく紅く染まった頬だとか、脱力している肩だとか、
掌から零れ落ちるものが山崎の制服をも汚しているのに、それすら気にする余裕はない。
黙ったままの山崎がヒいていると思ったのか、そっと古橋が上から退いた。
「…ごめん」
「いや、」
「忘れて良いから」
てきぱきと制服を整え、何事もなかったように部室を出て行く古橋を、
山崎はただ見送ることしか出来なかった。

「…忘れられる訳、ねーだろ…」
顔を覆い息を吐く。
どきどきはしていない、うっかり勃った訳でもない。
でもあれを気持ち悪いとも思うことは出来なくて。
「…くっそ、」
とりあえず着替えて帰って風呂入って飯食って、課題してさっさと寝よう。
明日のことは明日考える、と山崎はのろのろと立ち上がった。

ただ一つ、何処か潤んだような古橋の瞳の色だけは、
しばらく瞼の裏に焼き付いて、消えてくれそうにもなかった。



20130114