夜のとばりは落ちて、
*山崎家家族構成大捏造
切欠は昨晩の金曜ロードショーでやった某有名スタジオの映画の話になったときに、
古橋がそれらを見たことがない、と言ったことだったと思う。
うちに大体DVD揃ってるけど、なんなら見に来るか、と誘い、
部活終了後、山崎家には古橋が来ることになった。
今日は土曜日で、翌日の日曜日には練習も試合もなかったことも、
古橋がその誘いに乗った理由の一つだった。
古橋が山崎家を訪れるのは初めてのことではなかったし、
小さな山崎の妹弟たちに顔を覚えられるくらいにはなっていたので、
今更抵抗も何もない、ということもあったが。
練習終了後三十分くらいを掛けて辿り着いた山崎家には、
母親はおらず、小さな兄弟が出迎えてくれた。
山崎の母は急な仕事で出掛けたらしい。
既に見慣れた伝言用ホワイトボードにそう書いてあった。
山崎が古橋とDVDを見るのだと言うと小さな兄弟たちはそわそわと顔を見合わせたあと、
控えめに一緒に見ても良いか聞いて来た。
大人しくて礼儀正しいと言える彼らを古橋は本当の兄弟のように可愛がっていたし、
拒む理由など一つもなかった。
そうして五人で仲良く山崎家の居間の大きめのソファに腰掛け、
いざ、鑑賞会が始まったのだ。
強いて問題を挙げるならば、チョイスが悪かった。
いや、悪い、というと語弊がある。
まず基本から抑えた方が良いだろう、
と言うことで一本目にまだ日本にいるらしいへんな生き物の話を。
見終わってまだ時間があったので、猫が好きだという古橋のため、
二本目には猫になっても良い気がする話を。
知っている人には説明は不要かもしれないが、どちらもほのぼのとした話である。
小さな子供も楽しめる良い作品だ。
しかし、部活帰りの山崎も古橋も疲れている訳で。
そう。
大量のにゃんこに癒されながら、うっかり眠りこけてしまったのである。
ぱちり、と微睡みから首を擡げた古橋はまず最初にテレビ画面を見た。
消えている。
「あ、コウ兄、起きた?」
動いた古橋に気付いたのか、山崎の弟が話し掛けてくる。
「今九時ぐらいだよ。
練習で疲れてるんだと思って起こさなかったんだ、ごめん」
母さん、コウ兄起きたよ、と彼は走っていった。
台所へ行ったのだろう。
隣で同じように寝こけている山崎を突っついて起こす。
「う、ん?」
「山崎、九時だって」
「え、九時!?」
一瞬で覚醒したらしい。
「う、え、DVD見ながら寝ちまったのか…。
って、外雨降ってねぇか?」
「降ってるな。オレ、傘持ってない」
「傘は貸すけどさ、お前今から歩いて帰るつもりか?」
古橋の家は山崎家の最寄り駅からまだ駅三つ分先にある。
だがその前に、山崎の家と最寄り駅の間には結構な距離があるのだ。
便利な交通網に慣れきった東京人には少々つらいと思える距離が。
「お前さえ良ければ泊まっていけよ」
「え」
泊まる。
考えたこともなかった。
扉が開いて山崎の母が顔を出す。
お邪魔してます、こんな時間まですみません。
いえいえ、弘と仲良くしてくれてありがとう。
そんな遣り取りの後、山崎が古橋を泊めても良いか打診する。
彼女を連れてきてくれた山崎の弟はもう寝巻きを着ていた。
さっきから彼の下の妹弟が見当たらないが、もう寝たのかもしれない。
「古橋くん」
山崎の母の声で我に返る。
「こんな時間だし、雨は降ってるし。
もし明日予定がないのなら泊まっていって?」
着替えなら弘のを使ったら良いのだし。
ほややん、とそう告げられて、古橋はその言葉に甘えることにした。
自宅への連絡も、遅めの夕食も、風呂も何もかも済ませ、
居間の電気を消すから、と山崎の自室に追いやられて。
やることもないので部屋の電気も消し、
来客用の布団のない山崎の部屋で、狭いシングルベッドに二人寄り添う。
古橋はぼそり、と呟いた。
「オレのこと、いつ置いて行っても良いから」
窮屈さがまた、許されていることのようで古橋には嬉しかった。
ごめんね、これしかないの、と山崎の母が寝袋を出してきたが、
平均身長を優に超えている二人の身体は寝袋に収まらないし、
何よりもフローリングの固さがダイレクトに伝わってきてつらい。
それなら、多少狭くても二人でベッドに入った方がまだ良い。
「ただ、その時は出来たら一言、欲しい。
帰って来ないものを待ち続けるのは、つらいと思う、から」
「…突然、何の話だよ」
「いや。
いつか、山崎はちゃんと女を好きになるんだろうな、と思って」
確かに、こうして古橋と恋人という形で付き合うことになるまで、
山崎の恋愛対象は紛れもなく異性だった。
今だって可愛いと感じるのは大概異性である。
古橋にそう感じることがないか、というとまたそれは別の話になる、と山崎は思っていた。
古橋に対して、女に向けるような感情を向けて良いのか、山崎にはまだ分からない。
軋んだ思考を封じ込めて、山崎は眉根を寄せて言う。
「…あんま、そういうこと言うなよ」
「何故?」
ぱちり、古橋が瞬いたのがこの暗がりでも山崎には見えた。
額がぶつかりそうな位置で続ける。
「終わりが見える関係なんて、始めたつもりは、オレ、ねぇから」
ずくり、と心臓の跳ねる音がした。
「…山崎」
「何だよ」
「だきしめて、くれないか」
あまりない古橋からの恋人らしい要望に一瞬呼吸をとめた。
少々乱暴に腕が古橋の首の下に突っ込まれる。
そして、頭を胸に引き寄せるようにして包み込まれた。
頭の上でわざとらしいため息が聞こえる。
「明日は絶対寝坊出来ないな」
「何でだ?」
「誰かが起こしに来て、男同士が抱き合って寝てるの見ちまったら、
何て説明すりゃ良いんだよ…」
それもそうだな、と返してそっと目を瞑る。
ゆっくりと吸い込んだ呼吸は、山崎の味がした。
この恐ろしいほどひどく優しい腕の中で、これ以上ないほど甘く融けてしまいたかった。
20130122