ユダの接吻:原山
世界が終わるんだよ。
そう前髪の向こうから言った男に、オレはへぇ、と頷くしか出来なかった。
昼休み、屋上。
気心知れたそいつと二人で、昼食のパンを貪っている最中だった。
「最後の晩餐が焼きそばパンかよ」
やっすいな、と笑えばそーだね、と同意が返って来た。
その声には陰りがあった、でも指摘しない。
「最後の晩餐って。誰が裏切るんだよ」
語尾に草の生えてそうなその口調は無理矢理だろう。
咀嚼しているはずの焼きそばパンの味はしなかった。
「何それ」
「えっ知らないの」
「知らねぇ」
こちとらそんなに賢くねーよ。
そうは口に出さないで(だって惨めだ)そちらを伺う。
オレも良く知んないけどねーと前置きしてそいつは喋り出した。
ていうか良く知らないのか。
くそ。
曰く、その晩餐にて主の使徒が一人、主を裏切ることを告げられたのだと言う。
「最後の最後で裏切りがあるって分かるとか」
「まぁどうしょもないって思うけどね」
喉の奥から絞り出すような笑い声に、目を逸らした。
逸らそうとした。
手首に熱を感じたのは、食べかけの焼きそばパンを落としてからだった。
信じられない程熱いその手の平は、強く、でもあまりに優しくオレの手首を掴んでいた。
何、と聞ける程、オレは怖いもの知らずではなかった。
「…裏切り者は、オレかもね」
自嘲したような言葉に、何を言うことも出来なかった。
それは、あまりに、ざんこくだ。
するり、と首筋を撫ぜた手がのぼってくる。
ひたり、と頬に添えられたそれもまた、ひどく熱かった。
人間の手は緊張すると冷たくなると言う。
そこで初めて気付く。
こいつの手がいつも冷たかったのは、この所為なんだと。
末端冷え性なんて嘘だった、
テキトーに言葉を並べたら馬鹿なオレが信じるだろうと予想しての狼藉だ。
実際、今の今まで信じていたのだから、あまり言えはしないが。
裏切りが露見した今、こいつが緊張する理由がなくなったのだ。
もうバレることを心配しなくて良い、それがこいつをこんなにも安心させている。
ひどい話だと思った。
終わってしまうのならば、何も始めない方が賢い。
足りない頭でそう思いながら、すっとこちらを射抜く瞳をただぼんやりと眺めていた。
世界は終わるんじゃない、こいつが終わらせるんだ、
そう思ったら余計に、何をすることも出来なかった。
20130318