きみのこいのゆくえ:実渕
*うちのこ(白狐の黎明堂)クロスオーバー
*実渕さんが寮生設定
実渕玲央は首を傾げていた。
何に対してかというと、目の前の景色についてである。
「さっきまで、通学路にいたはずなんだけれど…」
先日の大寒波で降った雪がまだちらほらと山で残る道を、
辿って学校へ向かっていたはずなのだが。
考え事をしながら歩いていて、気付いたら目の前にはそれなりに大きな和風のお屋敷。
普通ならば何処かで道を間違えたと思うのだろうが、如何せん通学路での出来事である。
洛山の寮から学校まではほぼ一本道で、道など間違いようがないのだ。
どうしようか、迷ったと連絡するべきか。
しかしこの道でどうやって迷ったのか分からない以上、うまい説明も思いつかない。
『あら?』
うんうんと悩んでいると、庭の方から声がした。
辿った先にはサングラスを掛けた男。
実渕の目と同じくらいの高さにある頭は綺麗な橙をしていた。
顔立ちから見ても、日本人ではなさそうだ。
ポップな配色のパーカーと紺のジーパン、そして作業用なのか、少し汚れた可愛らしいエプロン。
『どうしたの?お店に用事?』
零れ出たのは聞き慣れた日本語だった。
少しばかり発音は気になるが、それでも聴きやすい部類だと思う。
「え、あ、あの、迷っちゃった…みたいで…」
あらぁ、と呟いた彼は顎に手を当てて少しばかり悩んでいるようだった。
『貴方、何か悩み事とか、ない?』
「悩み事…?」
今の状況を考えると、迷子になっていることだろうか。
そんなふうに考えてるのが分かったのか、彼はふふ、と笑った。
『まぁ良いわ。
とりあえず中に入りなさい、寒いでしょう?』
歩いて行く背中に慌ててついていく。
不思議と、知らない人間の家に、とは思わなかった。
彼のやわらかな喋り方に同族意識のようなものを感じたからかもしれない。
からから、と開いた玄関に、どうぞ、と通されればふわり、木の香りがした。
いずみ、と彼が呼ぶと中から小さな子供が出てきて、そのまま居間に通された。
この家の子供なのかと思いきや、此処は所謂なんでも屋で、その子はこの店の店主なのだと言う。
「何か叶えたイ願いのあル人だけが辿りつけル店なんですヨ」
白狐の黎明堂店主、筑紫いずみと名乗った子供は不思議なイントネーションでそう説明を続ける。
外国人なのだろうか。
確かに、銀色なんていう日本人には到底出そうもない色の髪はしているけれど、
顔はどちらかと言えばアジア系だし、名前もそうだ。
「扉で繋がルようにしてあルはずなノデ、
実渕サンがこうしテ何のクッションもなしニ辿り着いたノは不思議デスが…
何かニ導かれたんでショウ」
「導かれた?」
そう問い返した時、先ほどちらりと見かけた黒髪の少女がお茶を持ってきた。
どうぞ、と並べられた三つのカップ。
実渕の前、いずみの前、そしていずみの隣の空白の席へ。
其処に彼女が座るつもりなのだろうが、一つ足りない、と実渕は思う。
実渕の隣で足を組んで座っている彼の分がない。
実渕の戸惑いを察したのか、涼水、といずみが声を掛けた。
「お茶、モウ一つ頼んで良イ?」
それに涼水は不思議そうな顔をしていたが、
ステファニーがいるから、との言葉にああ、と納得したように台所へ向かう。
それを見送ってからいずみは涼水のところにあったカップを男の前に移動した。
ステファニー。
それが、彼の名前なのだろうか。
『いずみ、アタシのことは気にしなくても良かったのに』
「僕モ君モ気にしなくてモ、実渕サンが気にするデショ」
『ああ…それもそうね』
何の話だろうか。いただきます、と断ってからお茶を飲みながら思う。
お茶は美味しかった、少しばかりチョコレートの香りがするのは誰の趣味なのだろう。
涼水が戻って来て席についたところで、さて、といずみが切り出した。
「多分実渕サンが此処に来タ原因ですケド…今日、何かいつモと違ウもの持ってまセン?」
いつもと違うもの、そう言われて、あ、と一つ思い当たった。
今日は二月十四日だ。
昨日の練習の後、寮の簡易キッチンで作った簡単なチョコマフィン。
急いで鞄から取り出して説明する。
「実渕サン、それ、誰かにあげル予定…ありますよネ」
バレンタインなんて日の朝にそんなものを持っているなら、
まぁ確かにそういう考えになるのだろう。
しかし実渕は首を振った。
別に、誰かに渡すつもりはなかった。
ただ、イベントに乗っかってきゃっきゃする女の子たちが羨ましくて、
少し参加したつもりになりたかっただけ。
首を振っただけで理由は言わなかった実渕にいずみはなにか察したようだった。
それならいっか…?と首を傾げている。
『何か悪いの?』
疑問はステファニーが代わりに聞いてくれた。
「ンーまぁ、単刀直入に言うとアレ、人間が食べルとヤバいやつになってル」
え。
声が重なった。
見れば涼水が口をぽかん、と中途半端に開けている。
この店の助手的な存在なのかと思っていたけれども、違ったのだろうか。
それとも、助手でも慣れていない事態なのだろうか。
「え、何それ。食べるとどうなっちゃうの?」
疑問は涼水が代弁してくれた。
「エ、魂抜けル…的ナ?」
「…なんかそういう話なかったっけ」
「アレはそもそモ人間じゃなかったジャン!実渕サンどう見てモ人間だシ!」
もういろいろとツッコミが追いつかない。
捨てればいいのでは、とは思うけれどもそういう問題ではないのだろうか。
それに。
まるで、人間以外のものがいるような言い方だ。
そこまで思ってまさかね、と小さく首を振る。
確かに京都はそういうものの話が古く残る町ではあるけれど、
実在するかと問われれば、実渕自身は否定する。
何故なら、見たことがないからだ。
見たことないものはいない、不存在の証明は不可能だと言われているが、
実渕の頭を基準として形成される世界には、そのくらいで充分だと思っている。
「どっカお参りトカ行きましタ?初詣トカ…」
ああ、それなら、と近所の神社の名を告げる。
確か、恋愛成就がメインの神社だったと思うが。
その名前を聞いたいずみはあちゃーと額に手を当て、
ステファニーは何がツボに入ったのか、あはははと笑っていた。
「気に入らレちゃったんデショー」
まぁ元々それなりに力のある人だったのもあるんだろうけど、といずみは髪を掻き上げる。
力のある、ってなんなんだ、
と思うけれども初対面の人たちに何処までツッコんで良いのかも分からないし、
お茶を飲んでお菓子を食べるに徹する。
美味しい。
どうしよっか、捨てるのも駄目でしょ、罰あたっちゃうよー…などなど。
三人が頭を捻っているけれども、どう考えても実渕の許容範囲を越した話になってしまっている。
此処は願いを叶える店だと聞いた、
実渕に出来ることは解決法が出るのを大人しく待っていることくらいだろう。
『ねぇ、いずみ』
しばらくしてステファニーが声を上げた。
「なーニ」
『それ、アタシには影響、ある?』
また不思議なことを言う。
そう思いながら彼を見遣ると、空っぽになったカップへと涼水がおかわりを注いでくれた。
ありがとう、と言うとほほ笑みが返って来る。
「ア、ないネ」
『よねぇ』
先ほど人間が食べたら駄目だとか言っていたような気がするのだが。
ステファニーは何か特別な人間なのだろうか。
くるりとステファニーがこちらを向く。
『ねぇ、玲央』
急に呼ばれたことに驚いて、肩が揺れてしまった。
な、まえ。
やはり向こうの人なのだろうか、それともただ単にステファニーがフレンドリーなだけなのか。
そんなことがぐるぐると頭を駆け抜ける。
どくり、疼いた胸は果たして本当に驚きだけだったか。
『そのバレンタインチョコ、アタシにくれない?』
何を唐突に。
『友チョコってことでも同士チョコでも、勿論本命扱いでもアタシは大歓迎よ?』
ぱちん、とサングラスの向こうで軽く閉じられた片目に、
じゃあ、友チョコで…と、おずおずそのラッピングを差し出す。
ありがとう、と一瞬触れ合った手は温度が感じられなかった。
温かくも冷たくもなく、まるで、何も触っていないような。
『ありがとう。じゃあ、これはアタシからお返し』
ごそごそ、と彼のポケットの中から出てきたのは可愛らしいピン止めだった。
白い小さな花が幾つも集まって、半球を作り出している。
なかなか作りこんであるのは一目で分かる。
「良いんですか?良いものでしょう、これ」
そう問えば、ステファニーははにかんだ。
『アタシの手作りなのよ、それ』
え、と思わず声を漏らして手元のそれを再びまじまじと見遣る。
花の間に蝶の影が描いてあったりして、細かいところまで良く作りこんである。
これを作ったなんて、驚きだ。
すごい。
『良かった、気に入ってもらえて』
玲央にはこういうの、とても良く似合うと思う。
そう言った唇にお世辞の色は見えず、実渕は照れくささに頬が熱くなるのを感じていた。
これで解決だね、といずみが笑って、どうやらこれで本当にこの件は解決したらしいと知った。
学校の場所を聞かれてそこまで送るから、と言われて荷物をまとめる。
玄関から出ればすぐに帰れるよ、との言葉にはやはり聞きたいこともあったが、
聞いたところで理解の範疇を越えていそうなので何を言わずに終わった。
ステファニーに送らせるから、といずみが言えば、彼は立ち上がってエスコートしてくれる。
『玲央はずっと大人しかったわね』
靴を履いていると、ステファニーはそんなことを言った。
『もっと聞いてくれても良かったのよ?』
サングラスの向こうの瞳はきらきらとしていて、
実渕がいろいろな理由で疑問を飲み込んでいたことは、
すっきりさっぱり見透かされているようだった。
少し、恥ずかしくなる。
「…私に、理解しきることは、少し難しそうでした、から」
けれどもその目線に馬鹿にするような雰囲気は一切なく、するりと言葉は出てきた。
彼らの会話の断片を繋げて大体のアタリはつけているが、
恐らくそれは知れば知るだけ、実渕にとっては意味の分からない世界にしかならないだろう。
理解出来ないものを知ることは悪いことではないが、
自らパンクしそうな案件に突っ込んでいくのは賢いとは言えない。
そうかもね、とステファニーは呟いた。
『アタシたちは多分、玲央とは全く違った世界に生きているわ』
玲央が此処を出て行ったら、またすれ違わない生活が始まると思う、その言葉に俯く。
それは、言われなくてもこの短時間で痛いほどに分かっていた。
今日のこの出会いは奇跡だ。
きっと、二度と起こりえないもの。
これ以上の同族意識もシンパシーも、きっと。
すっと手が差し出される。
『アタシたちはまた会えるとは限らないけれど、良い友達になれると思うの。
ねぇ、そう思わない?』
「思い、ます」
その手を取る。
やはり、先ほどと同じように感触のない手だった。
彼が其処にいることが不安になる程の。
そのまま手を引かれて立ち上がる。
もうとっくに靴なんか履けていた。
からからと引き戸が開けられて青い空が目に入る。
良い天気ね、との言葉にはそうですね、としか返せなかった。
もっと、もっと話したいことはあるはずなのに。
玄関から門までの道のりはすぐに終わる。
『貴方の恋が上手くいくことを祈っているわ』
アタシは此処から出られないから、そう言って手は離された。
慣性で一歩、二歩、歩いてから振り返る。
『アタシの目は誤魔化せないわよー?』
驚いた顔をしていたのだろう、ステファニーはからっとした表情でそれを笑い飛ばして、
いっそ小気味いいほどにウィンクを投げられた。
『あのヘアピンの花ね、小手毬っていうの。花言葉、玲央にぴったりだと思うわ』
ステファニーが手を振って、そうして踵を返して屋敷の方へ戻っていく。
玄関の扉を開けずにそのまま進んでいって、
「え、」
その壁をすり抜けて行ったところでぱちん、瞬きをしたら、もう元の通学路に立っていた。
「ええ…」
思わずもらったヘアピンを確認する。
ある。
ほっとした。
今のすべてが夢だったなんて、それはあまりにひどい話だ。
携帯を取り出して時間を確認する。
早く寮を出たこともあって朝練には間に合いそうだった。
歩き出す。
手に持っていた携帯はそのままウェブを開き、検索ボックスに入力する。
その、出てきた結果に、足が止まった。
「…もう」
零れた声を彩るのは笑み。
「そんなこと言われたら、頑張っちゃおうかな、なんて思うじゃない」
ステファニー、とそれが本名かどうかすら知らないけれど。
確かに結ばれた友情は嘘ではないし、きっと、この先も消えない。
学校に向かう足が、いつもよりも軽く感じた。
心の隅に燻っていた恋心も、ちゃんと拾い上げてやれるような気がした。
バレンタインリクエスト
for すみね
参照:虚清音
20140214