みえない道標



「よしくん」
甘い声が耳朶をくすぐった。
掠れたそれはぼんやりとした視界とは対照的にひどく鮮明で、
この幼馴染が紛れもない自分自身の隣にいるのだと実感させた。
「…なんだ」
ふわふわ浮遊する思考の中で返す。
同じように掠れているその声に嬉しそうな笑いが上がった。

この首には目には見えない首輪が繋がれているのだと思う。
人より少し丸めの喉仏に沿うように、目映い色をした首輪が飾らさている。
それは首を絞めることもしない代わりに、外れることもしない。
ずっと、ただ其処にあるだけ。
所有権を唱う訳でもなく、手元から離れるのを阻止するでもなく、それはただ其処にある。
まるで、目印のようだと思った。
その首輪から伸びるリードが片一方の手の中にある限り、何処へ行こうと必ず戻れるのだから。
「よしくん」
鈴が転がるような、そう表現して良い程綺麗な声をしていた彼も成長をした。
そして再び自分の前に現れた時には、しっかりとした男になっていた。
それでも、それでも。
自分の中で彼はずっとずっと、あの頃の幼馴染の延長線上にいるのだ。
今と過去を繋ぐ、首輪にはその役目もあるように思えた。
「…なんだ」
名前を繰り返すだけの声に、目を閉じたまま答える。
どうせ、意味などない。
彼はそういうことも好きなのだ。
意味のないことを繰り返す、それが許されるのはひどく心地好い。
それを、自分もよく分かっている。
「ん、なんでもない」
肌を擦り合わせ、返って来たのはやはり予想していたものと同じだった。
体温を分け合うようなそれは、幼い行為だと分かっていた。
だけど、それだけで充分だとも思えた。
「…まこちゃんは、」
「ん?」
一旦口を閉ざせば、続きをせがむようにつま先が脛を軽く蹴り上げる。
水分のなくなりつつあった口腔内に唾液をばらまくように舌を動かして、
それからまた口を開く。
「まこちゃんは、何処にも、行かない、よな」
珍しい不安の形だったと思う。
そんなこと考えなくて良いのは知っている。
けれど聞いておきたいこともある、そう思ってもらえたら、と思った。
時々は言葉で確認したいこともあるだろう、と。
そんなこと、ないと分かっているのに、自分に言い訳するように頭の中で繰り返す。
「………」
驚いたように、暫くの沈黙があった。
そして、ふは、という聞き慣れた笑い声のあとに、
「行かない。何処にも行かないよ」
目を開けたら、とても優しい眼差しがあった。

この手に彼のリードが握られている限り、彼が帰って来るのだと分かっていても。
その言葉が、その言葉にしてくれる甘さが、
ああ、とても愛おしい、とそう思うのだ。



即興小説トレーニング お題:もしかして終身刑
20130208