あまりに頼りなくて、折れてしまいそう
「誰に聞いた」
「今吉さん」
「あンの狐野郎…」
高校三年間を共に過ごした糸目は、とりあえず脳内で殴っておいた。
大学生になった諏佐はキャンパスの近くにアパートの一室を借り生活していた。
何処の大学に進学するのか、何処に住むのか、
そう言った類の質問には都内、とだけ曖昧な答えを返し、
花宮にこの場所を知られることなく生活を―――という幻想は早くも半月で崩れ去った。
小さな机にお茶を出して、床に並んで座る。
座布団はないがカーペットが敷いてあるので冷たくはない。
「ていうか、今吉と仲悪いんじゃなかったのか」
「ああ、それはオレの大事な幼馴染がよしくんて分かってから、
日常生活のあれやこれやを逐一自慢してきたからだよ。むかついて」
あの人嫌がらせ大好きだろ、と言う花宮に諏佐は頭を抱える。
とりあえず、今吉には脳内だけでは足りない。
次にあったらリアルに一発殴ろう。
日常生活のあれやこれやって何だ、今度問い詰めよう。
下を向いていた諏佐の方に、やんわりとした重みが掛かった。
この状況では重みの正体も直ぐに分かる。
「ねぇ、よしくん、分かってる?」
とろけそうな声に、瞠目する。
「オレは、よしくんが大好きなんだよ」
凭れ掛かる猫のようなその姿は、紛れもない色気を纏っていて。
捕食者の光を宿した眸がこちらを見ていた。
らんらんと其処だけ輝いて、飲み込まれそうに。
でも、僅かに震える肩に気付かないほど、諏佐は鈍くはない。
「…別に、逃げねぇよ」
何を恐れているのか、それは聞くまでもない。
こういう場面で震えるのは自分の方ではないかとも思うが、
そういう震えではないと分かっているから言わない。
「逃げてたじゃねぇか」
ぐ、と眉間に力が込められるのが分かった。
ああ、変わってない、と思う。
泣きたいのを我慢してる、“まこちゃん”の癖。
「泣くなよ」
「まだ泣いてねーよ」
「泣きそうな顔で何言ってんだ…」
「誰の所為だよ」
「オレかよ」
「そうだよ」
手を伸ばす。
髪を一房掬い上げるようにして撫ぜるのを、花宮は抵抗もせずに受け入れた。
「今年、受験生だろ」
ぽつり、話し出す。
「家、教えたら暇さえあれば来ると思ったんだよ。
勉強しなくてもそこそこのとこ行けるんだろうけど、それじゃあ駄目だと思うから」
花宮の学力は周知の事実だ。
元より出来の良い彼は頭に入っているそれだけで、そこそこの大学に行けるだろう。
だが、それでは駄目だ。
学歴が全てではないが、正直あって困るものでもない。
花宮の歩んで行く未来はまだ長い、それを邪魔するものにはなりたくなかった。
例え、花宮が気にしていないとしても。
きょとり、として話を聞いていた花宮が嬉しそうに笑った。
「もしかして、オレ愛されてる?」
「…好きに捉えろ」
「抱き締めて良い?」
「好きにしろよ」
花宮が手を伸ばす。
首に回された腕の細さを感じた。
「折れそうだな」
「んな訳ねーだろ、締めんぞ」
「こんな細腕でオレを守れんのかよ、まこちゃん」
「よしくんだってオレを守ってくれんだろ?」
「…良く覚えてんな」
「よしくんのことだからな」
この先きっと、キスもセックスもするようになるんだろう。
そうしていつしかそれが日常になる。
それでも、この、パズルの失くしてしまった一ピースを別に買い、
当てはめたような違和感は消えないのだろう。
それで、良い。
覚悟は決まった。
「好きだよ、まこちゃん」
「オレも、よしくんが好き」
淀みなく返って来るその言葉に、
この幼馴染が再会した三年前には既にその覚悟をしていたことを再認識して、
諏佐は小さく息を吐くのだった。
20130122