花諏佐
例えこれが本物の愛じゃないとしても、歪んでいる僕らにはそれくらいがちょうど良い。
正しく愛せない僕ら
♪
カリカリ、と芯がすり減る音が絶え間なくしていた。
ウィンターカップも一回戦敗退という結果に終わり、目の前には受験の二文字。
今まで勉強の手は抜いたことはないけれど、センターまで日がない今、
最後の詰め込みをやらない訳にはいかない。
それは向かいに座っている今吉も同じで、静かな図書館の中、一心不乱にペンを走らせる。
ふと、誰かが斜め前の席―――今吉の隣に座った。
視界の端で顔を上げた今吉が呟く。
「花宮やん」
その言葉に諏佐も手を止めて顔を上げた。
見知った顔が視界に飛び込んでくる。
眉間に皺を寄せたその表情は不機嫌というには少し違う気がした。
「お久しぶりです」
「ああ、久しぶり」
前に会ったのは三ヶ月程前だったか、
目の前の端正な顔をしばらく眺めてから諏佐はまた勉強に戻る。
「…大学」
ぼそり、と花宮が呟いた。
「何処行くんですか」
赤本が見えているだろうに、その質問に意味はあるのだろうか。
ペンを止めずに答える。
「一応都内狙ってる」
「都内」
オウムのように繰り返された。
それは言葉を租借して飲み込んでいるようにも感じられた。
「あっそう」
しばらくして、まるで安堵したかのように花宮は吐き出した。
目的は果たしたと言わんばかりに傍らにおいてあった本を開き、読み始める。
マイペースだ。
諏佐も人のことは言えないが。
「花宮は志望校、決まってるのか?」
受ける大学を東京ばかりにしたのは、花宮のことがあったからだ。
それが全てとは言いたくはないけれど、大部分を占めていることは否定出来ない。
だからと言って、花宮が都外の大学を希望していたところで何をすることもないけれど。
「都内…」
いつの間にか詰めていた息が解けていく。
それに気分を良くしたのか、形の良い唇がたわむのが気配だけで分かった。
「アンタと同じとこ行きますから」
その言葉に、自然と目が見開いた。
将来とか、きっと考えなくてはいけないことはたくさんある。
目の前の愛かも分からないそれに勝手に愛と名付けた、こんな関係を優先してはいけない。
そんなこと、本当は、分かってる。
それでも。
「そうか」
ああ、嬉しい、だなんて。
ぽかぽかと温まっていく胸の辺りは誤魔化せない。
諏佐が一番分かっている。
花宮の為にも、ちゃんと本命に受からないと、なんて。
笑う。
誰かの為に、だなんて非道い大義名分だ。
でも、これにならきっと、幸せと名付けられる。
「そしたら、一緒に暮らすか」
「…何で先に言うんですか」
む、と若干の膨れ面を示して上体をこちらに寄せる。
「そうなったらもう我慢とかしないんで」
覚悟しておいてくださいね?
耳元から吹き込まれたその言葉は、ひどく甘い熱を帯びていた。
離れたくない、離したくない
♪
「…何ですか」
「いや」
冬のマジバで二人、ぼけっとポテトを突いている。
「唇、切れてんな、と思って」
乾燥した空気が人間の皮膚にも及んで、花宮の唇には血が滲んでいた。
「あー…冬ですからね」
「リップとか付けないのか?」
「面倒で」
手を伸ばす。
花宮が戸惑った顔をしたのが見えたが気にせず唇の端に触れる。
ピシリ、と音がして花宮が硬直した。
お構いなしにその血の滲む場所を撫ぜると、ささくれだった皮が指に引っかかる。
「痛いだろ」
引いた指の腹には、赤い血がついていた。
好きな人は君だよ
「花宮ー」
前をずんずん歩いて行く花宮に話しかける。
食べかけのポテトごとトレーを片付けた花宮は、そのまま店を出てしまった。
特に早く歩く訳でもないから逃げ出した、というのは少々合わなく、
でも何処か怒っているような空気が漂っているとは言えて、仕方なく追いかける。
「…何で着いて来るんです」
「何怒ってんだよ」
「さっさとあの妖怪サトリのとこにでも行ったらどうですか」
当初の目的は果たしたんですから、と続ける後ろ姿はどう見ても拗ねている子供のそれ。
確かに今日の目的はお礼のために諏佐が花宮に奢ることで、
果たされたと言ったらそれはそうなのだが。
「何で其処で今吉が出て来るんだよ」
歩みが止まる。
回り込んで覗いた顔は明らかにしまった、と言っていた。
「…貴方は、あの眼鏡が好き、なんでしょう」
しばらくしたあと吐き出されたその言葉に目を瞬く。
それは、つまり。
「…やきもち?」
零れ落ちた言葉に、人を殺せそうな程の視線を返された。
「だったら何だと言うんです」
好きなんですよ。
まるで、懺悔のようだと思った。
「貴方を抱きたいと思うくらいには、貴方が好きなんです」
正しく自分の意志で、その自分より小さな身体を引き寄せる。
腕の中で強張る身体に、詰められた息に笑いが漏れてしまう。
こんなにいっぱいいっぱいで、想われているのだと思うと、じわりと胸が暖かくなった。
「好きだよ、花宮」
口に出してしまえばひどくしっくり来るのが事実で、
「好きだ」
溢れるままに繰り返す。
「意味分かんないです」
腕の中でその身体は反転し、強い視線が諏佐を貫いた。
「オレの方が好きですし」
「そうか」
「反論しないんですか」
「そうやってやってくとその好きはゼロでないと成り立たなくなるからな」
両耳を掴まれてそのまま引っ張られる。
漏らしかけた悲鳴は、その乾燥したままの唇に噛み付くように食べられた。
「花宮、痛い」
「逃がしませんからね」
謝罪なしかこの野郎。
追い詰めるようにまた与えられた接吻けを黙って受け入れる。
何度も何度もただ触れるだけのそれは、確かに血の味がした。
♪
むっすりと眉間に皺を寄せるその人を、諏佐は微妙な顔で見つめていた。
「…何ですか」
あ、また皺が深くなった、とぼんやり思う。
諏佐は目の前の花宮真という男を、大して知っている訳ではなかった。
今吉の中学の時の後輩、無冠の五将で悪童という二つ名を持つ天才。
持っている情報はそのくらい。
「言いたいことがあるなら言ったらどうです」
「いや、何でそんな顔してんのかと思って」
男に向かってこういう表現はどうかと思うが、花宮は綺麗な顔をしている。
肌は白く荒れたところなんて見当たらないし、頬は血色良くほんのりと色付いている。
飴色をした瞳はぱっちりとは言えないもののすっと通っていて、
更には長い睫毛に縁取られているし、
特徴的な眉だって嫋やかな雰囲気を出すのに一役買っている。
「花宮綺麗な顔してるんだから、笑えば良いのに」
諏佐の言葉に花宮は更に皺を深くした。
何処まで深くするつもりだろうか、
そのうちにマリアナ海溝とかあだ名が付いてしまったりしないだろうか。
諏佐の頭にはそんな余計なお節介としか言い様のないことが浮かぶ。
「貴方がそんなこと言ってる間は、絶対に笑いません」
「なんだそれ」
綺麗と言われるのが嫌なのだろうか、こんなに綺麗なのに。
しかし、絶対に笑わないなどと言われてしまえば余計に見たくなるもので。
見たい。
思うままに手を伸ばす。
その白い頬をむにり、とつまんで、何するんですか!と怒られるまであと三秒。
ねえ、わらって
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20130211