諏佐佳典には音が聞こえる。 その人の歩いてきた道、人生、性格、その他諸々。 それらがすべて一緒くたになって、諏佐には音楽のように聞こえていた。 さながら、その足元はピアノか何かのように。 一歩踏みしめる度にその音はくるくると変わり、諏佐を楽しませてくる。 それは、今吉も同じだった。 同い年の中でいっとう大人びて見える今吉のそれだって、 時には荒れ、時には跳ね、それを聞いていると相応に子供らしいところもあるのだと知れる。 それが、いつからだったろうか。 あたたかな音に変わり、諏佐を癒やすようにとりまき始めたのは。 「今吉」 「なんや、諏佐」 ずっと隣を歩いているのに、その足元からする音は僅かに違って。 今吉と自分が違った人間なのだと思い知らされる。 「…なんでもない」 けれども違う音だからこそ、こうして合わさって、 新しい音を作れるのだと、諏佐は誰に言われるまでもなくもう知っているのだ。20150106