心臓の裏に貴方がいた:今花
たすけてほしいなんて云えなかった、それでも奥底で貴方を願っていた。
ぐるぐる、延々と鮮やかな紅の中を彷徨っていた。
鳥居の隙間から日が射し込んでいて、良い天気であるのが分かる。
と、同時にしとしとと湿った音と匂いが、雨が降っていることを伝えていた。
「…狐の嫁入りかよ」
何やら巻き込まれたらしい、ということは分かった。
今までこういった不思議事象とは関わって来なかったので、正直参っていた。
狐、と言えば、と現実逃避をし始める頭を叩いてみる。
鈍い音がした、中身のたくさん詰まっている音だ。
自分で言うのもアレだが事実なのだから仕方ない。
鈍い痛みが脳裏からちょこりと顔を覗かせた、狐のような顔をした先輩を追い払ってくれた。
それで良い、前を向く。
あまりに紅い世界だった。
久しぶりの休みだったこの日、自分の部屋でのんびりと本を読んでいたはずだった。
別に鳥居も狐も天気雨も関係のない本である。
それが、どうして気付いたらこの鳥居の回廊をぐるぐると廻る羽目になっているのだろう。
訳が分からない。
家から出た記憶もなければ神社に入った記憶もない。
自分の服装を見てみれば何故か制服だったし靴も履いていたが、
やっぱり着替えた記憶もないのだった。
つまり、
「夢か」
ざわり、と音がした。
否定されているような気がした。
「夢じゃなかったら何なんだよ」
風か空気か、音の発生源は分からなかったがぐ、と眉を寄せて吐き出した。
重ねて言うが此処に来た記憶などないのだ。
まさか一瞬で移動したとも考えにくい。
それならばやはり、これを夢だと考えるのが妥当だと思った。
人から恨まれることは幾度となくしてきたが、
こんな不思議世界へやって来るようなことをした記憶はない。
此処がまだホラーゲーム顔負けの廃屋やら、
病院やらモンスター蠢くわかりやすい異世界ならばまだしも、
ただ目を見張るような紅の鳥居が続いているだけだ。
雨も降っているが日も照っている可笑しな天気ではあるが、別段珍しいことでもない。
東京でも天気雨くらい起こる。
人が自分を恨んで此処へやったと言うにも納得が行かない程、此処は平和なのだ。
歩を進める。
登っているのか降りているのか、右曲がりなのか左曲がりなのか、
それすら分からなかったけれど、それでも進むのが正しいような気がしていた。
それは導きのようであり、それに従わなくてはいけないという強迫観念はなかった。
やさしい。
そんなものに触れたのはもうとっくに昔のことのはずなのに、それでもそう感じた。
「…え」
道の先に、見慣れた顔を見つけた。
いや、見付けてしまったという方が正しいかもしれない。
それは先程狐で思い浮かべた先輩であり、
自分がこんな目にあっていると一番知られたくない人間であった。
うわ、呟くと、先輩は愉しそうに笑った。
そうして背を向けて歩き出す。
良く見れば頭には耳、尻には尻尾が生えていた。
人の夢の中だからと言ってひどいふざけようである。
「おい」
名前を呼ぼうとすると、先輩は振り返って、唇に人差し指を添えた。
しーっと、小さい子供がやるようなそんな拙い所作だった。
「…なんだよ」
そのまますっと彼が指差した方向には、光が溢れていた。
延々と続く紅の回廊にぽっかりと開いた光の穴。
先輩はじっとこちらを見つめていた。
「礼は言わねぇからな」
素直じゃないな、と自分でも思った。
穴の中に脚を踏み入れた。
あまりの眩しさに目を瞑って、次に開けたらもう自分の部屋だった。
じっと天井を見つめながら、
歩いた後特有のふくらはぎのはりは無視してやっぱり夢か、と思うことにした。
ちかちかと携帯が着信のあったことを伝えていた。
手を伸ばして確認してみればやはり、
それは先輩からで苦虫を噛み潰した表情にならざるを得なかった。
20130318