早翠黙契:小諏佐



恵まれている奴だと、そう思っていた。
同じような人間なのに、自分よりもひどく恵まれている奴だと、そう思っていた。



小堀が諏佐を最初に見たのは偵察に行った先の体育館だった。
似ている、と思った。
見た目の話ではない、ただの直感。
何か、何か自分と似通ったものを抱えていると、そう思った。
「あの、」
同伴していた二年のマネージャーに問う。
「あの十八番って何年か分かりますか?」
「十八番?ああ、桐皇の今年の推薦枠の一人らしいな。
確か…諏佐佳典。お前と同い年だよ」
同い年。
その単語がやたらと胸に突き刺さった。
そうですか、ありがとうございます、と曖昧に笑って返してまたコートを見つめる。

どうして、と思わずにはいられなかった。
ポジションは違えど、身長や体格も大差ないというのに。
片方は番号をもらって試合に出ていて、
片方は番号ももらえず試合の日には偵察を任されるような。

ただただ、悔しさだけが残った。

二年になってユニフォームを手に入れて、後半にはスタメンの座も半分ほど手に入れた。
それでも小堀にとって諏佐は羨望の対象だった。



「…あ」
その見知った背中に声を上げてしまったのは、本当に思わず、だった。
「あれ、海常の…小堀、だったか」
振り向いた顔がきょとん、と自分の名を紡ぐのを聞く。
「あ、えっと…」
自分の名前さえ肯定するのを躊躇ったのは、今日の試合を見たからだ。
そんな小堀の様子に言いたいことは分かっている、とでも言うように諏佐が笑う。
疲れたような笑みだった。
それに堪らなくなって、言葉が飛び出す。
「諏佐は…PFじゃなかったのか」
疑問の形はとっていたが、記憶違い、ということはないだろう。
諏佐は確かにPFだった。
ポジションが違えども小堀を魅了した諏佐をこの二年ずっと見ていたのだ。
間違えるはずがない。
エースとして桐皇を引っ張っていくそのプレーに、
試合成績では海常の方が常に上だったはずなのに、何度も負けた気分にさせられたのだから。
「来年、青峰が入ることになったから」
息が止まるかと思った。
桐皇に、青峰が。
海常もまた同じキセキの世代の黄瀬を獲得してはいたが、青峰。
「…それ、言って良いのか」
「良いだろ。もうあっちこっちから情報漏れ始めてるし」
人の口に戸は立てられないしな、と笑う諏佐は缶を開けた。
プシュ、と小さな音が立つ。
「…悔しく、ないのか」
「そりゃあ悔しいよ」
こくり、と一口飲んだ諏佐が答えた。
「でも、やっぱり、
このままスタメンを外されて最後のチャンスを逃す方がきっと、何よりも悔しいから。
―――それに、」
すうっと、落ち着いた視線が小堀を見やった。
「小堀を見たから」
「オレ?」
瞬く。
「練習試合の日だったんだ、コンバートを言い渡されたのは。
監督はその日の動きを見て、最終的にコンバートを勧めることを決めたらしい」
あまりに淡々とした語り口だと思った。
「言い渡された後はただぼうっとしてしまって、本当にだめだったんだ。
バスケやめようか、そこまで考えた。でも、その日は、海常の偵察班も来てた」
思い浮かべる。
つい最近の桐皇の試合ならば、小堀も同行していた。
「その中に、小堀がいた」
諏佐の穏やかな瞳が小堀を映す。
「ずっと、射殺すような目で、オレのこと見てただろ」
知っていたのか、とそれは言葉にならなかった。
良い感情ではないと言うのに、諏佐がひどく嬉しそうな顔で語っていたというのもある。
まるで、それが命綱だったかのように、
きらきらとした大切なものを語るような顔で、こちらを見るから。
「それを見たら、俺が此処で諦めるのはだめなんだって思った。
桐皇のスタメンだって、そう簡単に手に入るものじゃないし、
俺は俺と同じようじスタメンが欲しい奴らを蹴落として此処にいるんだ」
空になった缶を諏佐が放る。
宙を舞うその軌道がスローモーションで見えるようだった。
何よりも諏佐が悔しかったのは、コンバートではないのだろう。
元がオールラウンダーであるのは、その柔軟な動きを見ていれば予想がついた。
コンバートに伴う、エースの地位からの失脚。
例えキセキの世代だろうと、後輩にその場所を奪われるのは屈辱に違いない。
本当は、もっと激昂したって良いはずなのだ。
諏佐だって、小堀と同じ十七歳で、まだ子供なはずなのに。
その穏やかさに腹が立つ。
綺麗な放物線を描いたそれはゴミ箱に入る。
カコン、と良い音がした。
「だから、オレは、出来るところまで足掻こうって」

なんて、なんてひどいことを言う。

小堀は思う。
そんなの、手に入れられた者の余裕ではないか、と。
しかし、それでも、
「ひどいこと言ってるのは分かってるよ」
その妙に熱を帯びたその声が、
「でも―――ありがとう」
その言葉が、嬉しいだなんて。

「お、れは、」
「小堀」
諏佐が遮る。
「今年、桐皇は強いぞ」
それだけで、言いたいことが分かる。
小堀は一度小さく息を飲むと、拳をつき出した。
「海常だって、強いぞ」

きらきらとした冬の陽射し。
こつん、と合わされた拳が、希望みたいに照らされていた。



(空森さんへのお礼の品)
20130731