Agate
*高校生山崎くんと社会人古橋ねーちゃん
「今日はツインテールの日なんだって」
そう耳にしたのは昼休み、クラスの女子の会話。
「男がヘアゴムを二つ渡してーそれでツインテしたら告白を受けたってことになるんだって」
「えーなにそれ」
「バレインタイン先駆け?」
「ていうかツインテって」
「小さい子ならともかく良い大人は出来ないよねー」
そんな、他愛もない話。
午後の授業が始まったら忘れてしまうようなとりとめのないもの。
けれどもそれがどうにも耳に残って仕方なかったのは、
瞬時に思い浮かべてしまった顔があったからなのだろう。
帰宅して課題をして簡単な食事を作っていると、お隣に車の入る音がした。
それからしばらくして家のチャイムが鳴り渡り、
はーいと間延びした返事をして火を止めて玄関へと向かう。
「こんばんは」
「こんばんは、どーぞ」
訪問者は予想通りというべきか予定通りというべきか山崎の良く知る人物、古橋だった。
「飯、もうちょっとで出来る」
「そうか、ありがとう。今日はデザート買ってきた」
ちょい、と上げてみせた手には白い箱、
印字されているのは今話題のケーキ屋のロゴだったはずだ。
「さんきゅ」
箱を受け取って中へと入る。
後ろで古橋が玄関の鍵を閉めた音が聞こえた。
古橋は隣の家に住むお姉さんだ。
彼女は学生の頃から、両親が家を空けるこのと多い山崎の面倒を見てくれていて、
今も成り行きのようにその延長線上にいる。
付き合っているだとか恋人だとか、そう言った確たるものではないけれど、
きっとこの先もずっと一緒なんだろうと、そう思う相手だ。
ついでに言えば彼女の両親も、今も家にいない両親もほぼ公認しているようだ。
食事が出来て席に向かい合っていただきます、と手を合わせる。
アサリ、エビ、プチトマト、そしてほぐした鮭などを白ワインで蒸して、
オリーブオイルを絡めたそれはなかなかに美味しく出来たと思う。
ズッキーニの代わりにナスを投入してみたがそれも外れではなかった。
こんがり焼き上げたパンと良く合う。
手が進むままに食事をしていたら、そういえば、と古橋が口を開いた。
「今日、会社で同僚にヘアゴムをもらったんだ」
山崎の手が止まる。
「え、男?」
「ああ」
「…なんか他には言ってなかった?」
思い浮かぶのは昼休みの会話だ。
対する古橋は思い出すように黙って、しばらくしてからあ、と声を上げた。
「私には深い青が似合うとかなんとか言っていたな」
出来たら明日ツインテールにしてきてくれ、とも言われた。
セクハラかと思ったんだが、妙に真剣な顔をしていてな。
その言葉にさっと青くなる。
「姉ちゃんそれしちゃだめだからな!?」
がたん、と音をさせて立ち上がったら、ご飯中に立ち上がらない、と怒られた。
しぶしぶ席に戻る。
「何故してはいけないんだ?」
こてん、と首を傾げる古橋に口をつぐむなんて出来るはずもなく。
山崎は少しばかり重い唇をこじ開けたのだった。
話を聞き終わった古橋はふむ、と頷くと山崎をすっと見据えて問うた。
「弘も、私に深い青が似合うと思うか?」
今の話を聞いてまず問うのはそれなのか、とは思わなくもないが。
山崎は言われた通り考える。
青。
深い青。
思い浮かべる。
底の見えない海にぽつり、一人浮かぶ古橋。
それは確かに美しいだろう。
けれども。
「俺は…」
ポケットに手を突っ込む。
出てきたのは小さな包み。
今日の放課後、ふらふらと雑貨屋に寄って買ってきたものだ。
手渡す。
開けても良いか、との言葉には頷くだけにした。
古橋の細い指が包装を丁寧に外していく。
中から出てきたのは、
「俺は、すっげー濃い赤のが、似合うと思う」
濃い赤をしたシュシュ。
赤。
濃い赤。
雑貨屋で浮かんだイメージ。
瑪瑙の道の上でふわり、山崎を振り返る古橋。
その方がきっと、可愛い。
「…それで、ツインテール、してくんね?」
真っ直ぐな瞳が返って来た。
黒くて綺麗な瞳。
「ああ、勿論」
食事が終わったらな、と微笑む古橋に山崎も照れたように笑って、食事を再開させた。
翌日の朝、濃い赤のシュシュでツインテールにした古橋がツカツカと男のデスクへ歩いて行き、
「私には赤が似合うと言ってくれる想い人がいますので」
と、青いヘアゴムを突っ返したという話を聞いて、山崎が頭を抱えるのはまた別の話。
(2月2日はツインテールの日!)
20140204