おなじ話:今諏佐
「すさぁ、何処にいるん?」
木漏れ日の中、やわらかな声がする。
「窓の傍にいる」
カーテンを押しのけて返事をした。
ひらり、と揺れる白いレース。
「何してるん?」
「何にもしてない」
「傍に来ぃや」
「今行くから待ってろ」
「話、しよ?」
「はいはい、まずお前からどうぞ」
笑う。
長い付き合いで、今吉が見かけよりも寂しがりであることは知っている。
だから、今だけは、諏佐がその話を聞こうと決めていた。
楽しいと思う気持ちがあることも、否定はしないが。
「あのな、」
今日は、何の話だろう。
隣に腰を下ろして目を閉じて、今吉の声に耳を傾けた。
「何処にいるん?」
雨の音に紛れそうな声で、今吉は言う。
「お前の傍だ」
同じくらいに静かな声で諏佐は返した。
雨の日の今吉は群を抜いて弱くなる。
その理由を、諏佐は知っていた。
でも、どうしようもできない。
「何見てるん?」
「お前のこと見てる」
「何処行くん?」
「何処へも行かねぇよ」
すう、とその細い瞳から一雫、涙が流れる。
それに悲しそうに眉だけ寄せて、
「…ずっと、傍にいるから」
その涙を拭うこともせずに諏佐は呟いた。
それは諏佐の役目ではないと分かっていた。
「何処にいるん?」
「隣の部屋にいる」
「何してるん?」
「手紙を書いてる」
そう言う諏佐の手にはペンも便箋もない。
「なぁ、今吉、気付いてるか」
晴れ渡った空がどれだけ澄んで青いのか。
揺れる花々がどれほど甘い香をしているのか。
雨上がりの虹の根本がどんなに輝いているのか。
風を切る翼が、どんな唄を奏でるのか。
朝露に塗れる若芽が、ぷっくりと首をもたげるのも、
瑞々しい葉の間から零れる光がきらきらと煌めくのも、
降り注ぐ雨の雫が屋根で踊るのも、
空を覆い尽くす雲の隙間から梯子がするりと降りるのも。
「いまよし」
気付いて、いるだろう。
すべて、すべてが言葉なのだ。
なぁ、今吉。
世界は、きれいだろう。
今吉は諏佐の言葉に耳を傾けるように目を瞑っていた。
「…すさぁ」
泣き出しそうな声だと思った。
「傍に来て、すさ」
「悪い、もう行かないと」
大きく開かれた窓枠に手をかける。
カーテンが大きくはためいた。
「話、しよ」
諏佐が今吉を見つめて、そうして今吉は諏佐を見つめる。
その繰り返しの毎日。
太陽が照る日も、雨の日も、風の日も、雪が降る日だって、
「すさぁ、何処にいるん?」
甘い声が囁く。
「ゆうべ、夢見たんよ」
諏佐が出て来てな、と今吉は言う。
とっても綺麗な世界やった。
その世界、ワシも知ってんねん。
でも、まだ行けないんよ、勇気出なくて、なぁ。
言葉を連ねる今吉に諏佐は微笑んだ。
「…諏佐は、何処にも行かへんのやろな」
「そうだよ」
もう大丈夫だ、窓枠に手を掛ける。
はためいた白に、ふわり、と部屋の中に風が舞い込んだ。
「さよなら」
また、おなじ話が聞きたい、から。
今はその言葉を。
「さよなら」
image song「おなじ話」ハンバートハンバート
20130312