箱詰めの午後二時:山古
*古橋の叔父(架空)登場
古橋康次郎。
同い年、同じくらいの身長、同じだった部活。
黒い髪、死んだ魚のような目、それなりに健康的に焼けた肌。
好きなものは道端に咲いている花、これは部活帰りの道で知ったこと。
特技はポーカー、これは花宮が興味本位でやらせてみて発覚したこと。
高校を卒業した現在、此処にもう一つ、古橋康次郎について山崎弘が知っていることが増えた。
「よぉ」
「ああ、なんだ山崎か」
ジリジリと鳴ったイマドキではない呼び鈴に、見慣れた顔が白い建物の二階から顔を出す。
「今日は図書室にいたのか」
「ああ、ハクルリウツボカズラの調子がどうも可笑しかったからな」
調べていたんだ、と続ける古橋は高校時代よりも幾ばかりか健康的に見えた。
しかし、山崎は決してその生活ぶりが健康的とは言えないことを知っている。
上がって来い、との声に勝手知ったる白い扉を開ける。
油の足りない蝶番がギシギシと音を立てて、後で油を差しておこうなどと思った。
山奥にひっそりと、
ひと目をはばかるようにして立てられているその白い建物と、それに隣接する小さな温室。
それは、元はと言えば古橋の叔父の持ち物だった。
古橋の母の弟であるその人は物静かで博識で、
幼い古橋のナゼナニにも丁寧に答えてくれる人だったと言う。
それが今何故古橋一人の手によって管理されているかと言うと、
簡単な話、彼が管理することが出来なくなったからだ。
温室の中に設置された小さくて可愛らしい机で、眠るように亡くなっていた、と。
高三の冬、
卒業式を終えて息を吐いている古橋の元へかかってきた電話を、代わりに受けたのは山崎だ。
いやだ、でたくないと珍しく駄々をこねた古橋の代わりにとった電話。
それから呆然としている古橋を家まで送って行って、
その家族に頼まれて葬式にまで同席したのだから間違いないだろう。
残された遺言は一つきりで、彼の家や温室を含めた全財産を古橋康次郎に譲ると、それだけ。
そうして、合格していた大学への進学を蹴って、古橋は此処に住むようになったのだ。
「見つかったか?」
軋む木の螺旋階段を上り本が所狭しと犇めくその部屋を覗くと、
窓際の辛うじて明かりが差し込む場所で古橋はノートを読んでいた。
「ああ、何とかなりそうだ」
「そうか」
そりゃ良かった、
そう言えなかったのは山崎の心の何処かにそのまま見つからなければ、という思いがあるからか。
辺鄙な山奥、此処まで来る人間は少ない。
週一の郵便屋さん、月一の行商さん、そして山崎、それくらいだ。
少し先の停留所から迷い込んだ人間がやってくることもあるが、それも多くない。
遺言のままに此処を引き継いで、
此処の植物たちに心を注ぐ様は世間一般に見たら美しいのかもしれなかった。
なんて叔父思いの青年なのだろうと。
実際此処には古橋の思い出が詰まっているらしいので、
そういったものたちを丁寧になぞっていく青年、なんて確かに綺麗かもしれない。
けれど、山崎はこの状況を快く思わない。
「…昼飯、食べたか」
「まだだ。とりあえず何か見つけてから、と思っていたからな。
思ったよりも時間が掛かってしまった」
「何も用意してないのか」
「ああ」
ったく、と戸口に寄りかかったまま溜息を吐く。
「今日は何が採れそうなんだ?」
「ハナキャベツとサクラニンジンだろうか。
昨日細波さんが来たから卵もあるぞ」
「完全に卵とじのラインナップじゃねーか…」
細波さんとは月一で来る行商のおじさんの名前だ。
「畑から勝手に採ってくぞ。ついでに台所も借りる」
「悪いな」
また古橋がノートに視線を落とすのを眺めてから、山崎は預けていた背を起こす。
山崎はこの状況を快く思わない。
思わないのだけれども、こうして人に知られることなくひっそりと生きている古橋は、
「…きれい、とか」
箱詰めにされているようで。
どうしてもそのとても薄いであろう硝子を砕き散らして、中から古橋を取り出すなんてことは、
あまりに勿体ないとそう思ってしまうのだ。
「ねーわ、ねーよ。卵とじ卵とじ」
ぺちり、と頬を叩いて軋む木の階段を下っていく。
一般流通のしていない此処だけの野菜であろうと、
きっと採れたてで作った卵とじはいつものように美味いのだろう。
うめださん・えのさんとのお話から錬成
20130906