呪いと魔法の違いについて:花諏佐
相手の顔を見た瞬間、諏佐は無礼にもその席を立った。
そして鞄を掴むこともせずにさっさとその部屋を出ていこうとする。
逃げたかった。
鞄を置いていっても、その行動が失礼なことに当たると分かっていても、
それでも逃げたかった。
が、しかし、そんな諏佐の希望は素早く伸びて来た手にいとも簡単に打ち砕かれる。
「オイコラ待て」
「…待つ、理由があるのか」
「アンタにはなくてもオレには待ってもらう理由がありますよ」
ぎぎぎ、と油のさされていないブリキの人形のように諏佐は振り返る。
きらきらとした笑顔の向こうでやたらと冷たい目だけが、もう逃さないと光り輝いていた。
周りになだめすかされて元の位置に座らされる。
仲介人たちは話もそこそこに、ではあとはお二人でごゆっくり、と早々に退室していった。
ひどい。
なんてひどい。
そう思いながら目の前の男を見る。
「…一応確認するが、花宮真、だよな」
「はい、そうですね。そして貴方は諏佐佳典さん、ですよね」
「もう一つ確認するが、男、だよな?」
「そうですね」
きらっと光るような笑顔に、諏佐は眩暈を覚えた。
諏佐佳典と花宮真の関係は、
ややこしく思われがちだが血の繋がらない兄弟、ということになるだろう。
諏佐の母親と花宮の父親が再婚し、
新たに兄弟となった存在。当時既に諏佐が成人していたことと、
苗字を変えるのが面倒だったことで、そのまま諏佐姓を用いているだけの話だ。
諏佐は、そんなふうにして出来た弟の存在が苦手だった。
と言うと誤解を招きそうではあるが。
新しく増える家族、というのが諏佐にはどうしても受け入れられなかった。
幼い頃に父を亡くして、母と二人でやって来たのだ。
そこに新しい存在が割り込むなんて、ただ結婚するだけならまだしも、兄弟が増えるなんて、
反対こそしなかったが諏佐には馴染める予感もなかった上に、
馴染む努力をすることも面倒だった。
こうして顔を合わせるのさえ初めてだった。
面倒だと、一切家に近付かなくなってから、もう三年は経つはずだ。
「別に、良いじゃないですか。一つの切欠だったと思えば」
目の前の男は笑う。
しかし、いろいろとつっこみたいことはまだあった。
そもそも諏佐は今日、お見合いだとしてこの場にやって来たのだ。
どうしても、相手の方が諏佐に一目で良いから会いたいと、
どうしてもと言うから、と上司に泣き付かれて、
興味もないお見合いに臨むことを決意したのだ。
それが、来てみればなんだ。
みんなグルだったのか。
ため息。
そんな諏佐の心中を察したように、花宮は笑った。
「オレはアンタのこと、好きですけど?」
目を、見開く。
今回のお見合いも、お見合いとして組んでもらったのはそのためです、と花宮は続けた。
何、を。
声が出ない。
会ったのは今日が初めてだ。
顔は母から送られてくる写真で知っていたが、話したことも会ったことも、ないはずだ。
「オレは知ってましたよ、アンタのこと。
アンタがあの家に寄り付かないでいる間に、母さんにたくさんのことを聞いた。
そして、会ったこともないアンタに恋をした」
これって、可笑しいですか?
見上げてくる瞳は確実に確信犯のものだ。
「すささん」
呼ばれる。
まるで、魔法でもかけられるように。
「よしのりさん。オレじゃあ、だめ、ですか?」
おためしで、いいですから。
気付いたら、首を縦に振った後だった。
花宮の手が伸びてくる。
「良かった」
両頬が包まれて、花宮の顔が近付いて来た。
諏佐は動かない。
動けない。
きれいな顔をしている、ぼんやりとそんなことを思う。
「これから、少しずつ、オレのことを愛してくださいね」
そして、ほんとうの家族になりましょう。
魔法じゃない、と思った。
これは、呪いだ。
そんなことを思う諏佐の唇に、やわらかなキスは落とされた。
20141113