黒猫姫と独り身の王子:原諏佐
*診断メーカーより
*諏佐佳典『にゃあん』
「捨て猫か。よしよし、家で飼ってやるぞ。」
諏佐佳典はイケメンに拾われました!
*私「さてどのイケメンか」
鳥吉さん「原澤さんで」
私「がってんだ」
*猫のシャンプーは出来るだけ猫用シャンプーで!
「…おや」
一人暮らしのアパートの階段に見慣れない黒猫を見つける。
ちょこん、と大人しく座っていた黒猫は、原澤を見るなり一声鳴いて擦り寄ってきた。
泥だらけだが綺麗なのが分かるその黒猫に首輪の類は見当たらない。
最近は首輪をしない飼い猫も多いため、それだけで判断は出来ないが。
「君、野良猫なんですか?」
にゃあん、と答えるように黒猫が鳴く。
「おやおや、それは大変ですねぇ。
もしかして捨て猫だったりするんです?」
にゃあん。
「…仕方ありませんね」
少しだけ困ったように眉を寄せてから、
「家に来ますか?」
此処、一応ペット可なんですよ、と内緒話をするように囁いた。
とりあえずそのまま家にあげる訳にもいかないので、黒猫を抱いたまま風呂場に向かう。
「君は大人しいですねぇ」
猫は水を嫌うと聞いていたのですが、と原澤はボディソープを泡立てた。
手の中では黒猫が気持ちよさそうに身体を洗われている。
「まぁ手が掛からなくて良いんですけども」
なぁん、と黒猫はそうでしょう、とでも言いたげに鳴いた。
良い子ですね、と軽く喉をくすぐってから、シャワーで流してやる。
やたらと身体を汚していた泥はきれいに落ち、毛並みがつやつやと光っていた。
濡れた身体をしっかりと拭き、ドライヤーを当てる間も黒猫はとても大人しくしていた。
が、何処かそわそわとしているようにも見える。
まるでこういうことには慣れているが、人にされるのは落ち着かない、と言ったように。
それでも暴れたりせずに始終原澤の手の中に収まっているので、
やりやすいのには変わりなかったが。
乾かし終えた猫を抱いてリビングへ戻る。
「人懐っこい猫ですねぇ」
なーん。
ずりずりと慣れない様子で原澤の身体をよじ登った黒猫は必死に首を伸ばしていた。
膝の上に乗せてやるもまだ尚よじ登ろうとする。
「何がしたいんです…」
顔を近付けたら声が聞こえるだろうか、
珍しくもそんなファンタジーなことを考えながら首を差し出してやる。
すると、黒猫はそれを求めていた、と言わんばかりに尻尾を揺らせて、
原澤の顔に近付いて来る。
ちゅ、と、その唇を黒猫が舐めた。
ぼんっ!
「う、わ!?」
その瞬間、白い煙と共に聞き慣れた声が上がる。
次に聞こえたのは何かが落ちる音と痛みに呻く声だった。
「…諏佐くん?」
その名を呼ぶ。
果たして晴れた白煙の向こうで丸まっていたのは、諏佐だった。
脛を抱えているところを見ると、どうやらそこを強かに打ち付けたらしい。
「…え?は?」
原澤の目の前には諏佐がいる、諏佐は突然現れた、その前に白煙があがった、
白煙が上る前にいたのは黒猫、黒猫は今この部屋の何処にもいない。
これは、つまり?
「え、ええと、ですね、監督。
これにはマリアナ海溝より深い訳がありまして、でもちょっと説明し辛いっていうか、その」
まだ痛みが残るのか若干涙目のままの諏佐がわたわたと言葉を捻り出す。
未だ床に転がっている諏佐の元へ三歩、そのまま覆い被さるように手を付いて、
「か、かんとく?」
「佳典」
耳元をぞくぞくと這い上がる低音に諏佐は短くひっと息を呑む。
「説明、してくれますね?」
真っ赤になった諏佐が慌ててした説明は、俄には信じがたい話だった。
何でも、部活を終え寮に向かっていた諏佐の前に謎の人物が現れ、
「ロエフーヨ ケウンササス スビーサラ カダヒ ノコネ」
と如何にもな呪文を唱えると、諏佐は黒猫に変えられてしまったというのである。
「これは呪いです」
その人物は言った。
「日付が変わるまでに愛しい人と接吻けを交わさなければ、貴方は一生猫のままでしょう」
とんでもない巻き込み事故だ、理不尽にも程がある。
「それで、あの、こういうのは、監督しか思いつかなくて、その…」
耳まで赤く染めた諏佐をふむ、と原澤は見つめる。
「なるほど、謂わば私は君の王子だったと言う訳ですね?」
「え」
ぼん!と言う音がまた聞こえたような気がした。
既に赤くなっていた諏佐の頬が更に赤みを増す。
「あの、えっと、」
「違うんですか?」
「え、あ、その、違わない、ですけど…」
「諏佐くん」
あちらこちら泳いでいく視線を捕まえたくてその顎を捉える。
「姫の呪いを解いた王子には、勿論褒美がありますよね?」
舌舐りする原澤を前に、諏佐に逃げ道などないに等しいのは一目瞭然だった。
20130223