鬼木天蓼でいただきます:今諏佐



*後天性部分的猫化



「にぎゃあああああああ!!!」
「!?」
今吉翔一の朝は、隣の部屋から響き渡っった悲鳴で始まった。

部活もオフな日曜日の朝。
今吉が寝癖のついた頭をまぁ見れるだろうと言う状態に直し、部屋から顔を出すと、
同じように悲鳴を聞きつけた人間が隣の部屋の前に集まっていた。
「何事なん?」
「分かんないんだよ、声掛けても返事しないし」
「開けて入った方が良いかな…」
人集りに声を掛けても詳細は分からない。
「今吉、お前なら返事返って来るんじゃないか?」
そのまま押されて扉の前に立つ。
「すさー?」
トントン、と軽くノック。
「何があったんか知らんが返事だけはしてーな。
みんな心配しとるでー?返事ないなら部屋勝手に入るけど」
しん、と暫くの沈黙の後、
「…いまよし?」
いつもの諏佐からは想像出来ないような頼りない声がした。
「諏佐、大丈夫か?」
「…ああ、うん、大丈夫だ。叫んだりしてすまん」
「人おるけど帰ってもらって大丈夫か?」
「ああ、大丈夫だ」
とりあえずは返事をもらったので今吉はくるりと向きを変える。
「ってことや。なんや諏佐が心配かけてすまんのぉ」
何事かあったにしても、今吉がいるのなら大丈夫だろ。
そう同級生たちに判断されるくらいには、今吉は信頼されていた。

人が完全にはけたのを確認してから、また扉に向き直る。
「諏佐」
「…何だ」
「入っても良え?」
「…嫌だ」
「そう言わんといてな、あんな声聞いてもーたら心配になるやろ?
ワシだけで良えから、大丈夫な姿見せてーや」
諏佐は元々あんな悲鳴をあげる質ではない。
それを高校生活の大半を傍で過ごしてきた今吉はとても良く分かっている。
「…笑わないか?」
「笑わん」
「ヒかないか?」
「ヒかんよ。やから入れてーな」
「周りに誰もいない?」
「おらんよ。みんな帰ってもろた。ワシだけや」
答えの代わりにカチャリ、と鍵を外す音がした。
「入って良え?」
「…おう」
一応周りに人がいないのを確認してからドアノブに手をかける。
中の様子を確認する前にちゃんと鍵を閉める。
そして、諏佐の方を向いて、
「…へ?」
ぱちり、瞬きの音が聞こえるような気がした。
「ねこ?」
「…やっぱり猫に見える、よ、な」
諏佐の頭にはぴょこり、と見慣れない耳がついて…いや、生えていた。
黒いそれは何処からどう見ても猫の耳である。
参考までに付け足しておくが元々の耳はついたままだ。
そして身体の後ろで揺れているのは尻尾だろうか。
「朝起きたらこうなってて、正直、混乱してる」
「えー…どういうことやねん…」
かさり。
「ん?」
諏佐の方に一歩踏み出した今吉が何か踏んだ。
拾い上げてみるとメモのようだ。
「今吉?」
「諏佐、これ」
諏佐が近付いて来て覗き込む。

うっかり猫化する薬を零してしまいました。
一日経てば効果が切れるので心配しないでください。
私は用があるので君が起きるまで待っていられませんが、
謝罪を込めて手紙だけ残していきます。

追伸
仮にも東京なんですから窓の鍵はしっかり閉めた方が良いと思いますよ。

「………」
今吉と諏佐は無言で顔を見合わせた。
いろいろツッコミどころはあるが、どうやらこの不可思議現象は一日で治まるらしい。
そこは安心しておこう。
「諏佐」
「…何だ」
「戸締りはしっかりせなあかんで」
「…はい」



「ほれ、昼飯もろて来たで」
食堂のおばちゃんには風邪やて言ってきたわ、こういう時信用あると楽やなぁ〜と今吉は笑う。

寮生のための食堂が完備されている桐皇学園では、日曜日であろうとちゃんと三食ご飯が出る。
食事は食堂で、が原則ではあるが、例外も勿論存在する訳で。
具合の悪い生徒を無理に部屋から出させる程食堂のおばちゃんたちも鬼ではないのだ。
調子が悪いから部屋で食べさせたいと言えば、弁当箱に詰めてくれることだってある。

「ありがとう」
「どういたしましてー」
簡易机に弁当箱を並べて手を合わせる。
いただきます、という声で長閑な昼食タイムは始まった。



じっと諏佐の視線が今吉の手の方に注がれる。
箸の先にはデザートのキウイ。
「諏佐、キウイ好きやったっけ」
「普通だったと思うんだが…」
少し頬を赤く染めてぷい、と拗ねたように、でも今は食べたいんだ、
なんて言う恋人の願いを叶えてやらない奴がいるのならお目にかかりたい。
ただでさえいつもわがままなど言わないのだ。
これくらいの可愛いわがまま、叶えてやらない訳がないだろう。
箸で摘み上げたキウイを諏佐の口元まで運ぶ。
「ほれ、あーん」
「…ん」
諏佐が!食べた!
瞬間今吉から花が舞った。
あの諏佐が特に何の抵抗もなしに自分からものを食べてくれるなんて、
いつもならばあり得ない。
この不可思議現象はやはり諏佐を心細くしているのだろう。
そしてその心細い様を自分になら見せても良いと思ってくれているのだろう。
ビバ不可思議現象、ビバ侵入者。
自然と頬が緩んでしまう。
この際諏佐の部屋に侵入したことは許そう、などと今吉は勝手にも思っていた。

食べ終えた弁当をまとめ、食堂に返してきた今吉はまた諏佐の部屋にやって来た。
不安であろう諏佐を一人にしておきたくなかった、というのは建前で、
勿論諏佐が珍しく甘えてくれるかもしれない、なんていう下心が八割である。

しかし、現実は今吉の予想をやすやすと超えてくれた。

「え、なんなん」
くて、と擦り寄ってきた諏佐に、今吉は疑問符を浮かべる。
「…すさ?」
「なんだ?いまよし」
こちらを見やる瞳はとろりとしていて、これは、まるで。
急いで手元の携帯で検索する。
キウイフルーツ、一番上の某百科事典、クリック、開かれた頁。
思わずしまった、と声が漏れる。
「キウイはマタタビ科か…!」
頭を抱えたい。
昼食時から諏佐が甘えて来たのはマタタビパワーだと言うのか、解せぬ。
しかし頭を抱えている間にも諏佐は擦り寄ってくる。
「いまよし」
潤んだ瞳が今吉を囚えた。
熱のこもった声が理性の糸を一本ずつ取り除いていく。

これは紛れもない据え膳である。
食わねば男の恥と言うではないか。

するり、と頬を撫でてやると気持ちよさそうに目が細まる。
「すさ、」
「なんだ、いまよし」
甘い声。
囁くようにして尋ねる。
「食べて良え?」
「…どーぞ」
いつもよりも血色の良い唇が殆どゼロ距離で歪んだ。

「めしあがれ」



20130223