閉塞盲目メビウス空間



*ひたすら黄瀬くんがループする話
*何でも大丈夫な人向け
*双方がモブ含む他の人とお付き合いする描写が若干あります
*死ネタ含む



「涼太、お前、オレに隠してることあるんだろ」
静かな、だけれど確かに優しさを滲ませた声で頭を撫ぜられたら、
もう黄瀬の涙腺は崩壊するしかなかった。
「どう、して…ッいつも、貴方は、オレのこと分かるんスか…!」
首に縋り付いて肩に顔を押し付ける。
いつも、いつもそうだ、と黄瀬は嗚咽を漏らしながら思う。
どれだけ上手に隠したって、何故かそれを見抜かれて、それを誤魔化すことすら出来なくなる。
「佳典さん…ッ」

黄瀬涼太は何度も何度も人生をやり直している。

所謂逆行というやつで、それがただ一人の人間を救う為だと言うことを、
黄瀬は誰に言われるでもなく分かっていた。
何度も繰り返すうちに記憶は曖昧になるし、
何度目の人生で起こった出来事なのか整理がつかなくなることも多々あった。
しかし、それも持ち前の笑顔と演技力で誤魔化して、
望むエンドロールを手に入れるために黄瀬は繰り返している。

そんな頭が可笑しくなりそうなループの中でも、
やはり一回目というのは、鮮烈な輝きをもって黄瀬の中に刻まれていた。

高校一年の時のインターハイ。
準決勝で桐皇に敗けたあと、笠松を残して控え室を出た集団から、黄瀬も一人離れていた。
全力を出し切った、だけど青峰には、憧れにはとても手が届かなくて。
それが悔しくて悲しくて、このチームに勝利を導けなかったことが情けなくて、
会場の人気のない廊下で、一人、膝を抱えていた。
「…黄瀬?」
ふと声が降って来て顔を上げれば、さっきまでコート上で対峙していた人が立っていた。
「やっぱりそうか。こんなところにいたら体調崩すぞ」
同じ番号をつけていた、桐皇の選手。
その目には敗者への侮蔑も勝者の優越もなく、ただ心配の色だけが浮かんでいた。
「海常の人たち、ホールにいたけど」
「…抜け出して来たんス」
「…そうか」
ぼろ、と止まったはずの涙が溢れ出す。
自分を見上げたまま涙を流し始めた黄瀬にその人は戸惑ったらしく、
落ち着かない様子で助けでも求めるように辺りをきょろきょろ見回した。
が、大した空調整備もされていない廊下に好んで足を踏み入れる物好きはそうそういない。
救いを諦めたのは小さく息を吐いて、
「…オレ、いなくなった方が良いよな」
なんて眉尻を下げて言うので、思わず手が伸びていた。
ジャージのズボンの裾をきゅ、と握り締める。
僅かにその人が瞠目したのが見えた。
「黄瀬?」
「…かないで、ください」
小さな言葉が聞き取れなかったのか、その人は黄瀬の前にしゃがみ込む。
「行かないでください。一人にしないでください」
絞り出すように口にした言葉はさっきよりも更に小さく、涙でがたがただったけれども、
目の前のその人はちゃんと聞き取れたようで、ただ優しく頭を撫でてくれた。
それが何とか保っていた黄瀬の砦を崩す引き金になって、
本能のままに手を伸ばして首に縋り付いて、声も抑えずに泣きじゃくる。
何も言わずにそれを受け容れてくれるのが暖かくてたまらなかった。

そのまま泣き疲れて眠ってしまったらしく、目を覚ましたら学校に戻るバスの中だった。
先輩たちの話からすると、眠ってしまった黄瀬を、
あの人がおんぶして海常のメンバーの所まで連れて来てくれたらしい。
何それ恥ずかしい!と悶える黄瀬に、
連絡先聞いといたから、と先輩たちがメモを渡してくれた。
そのメモを大切に握り締めて、ちゃんとお礼をしよう、と決めた。

それが、今思い出しても恥ずかしい、一回目の切欠。

その後、お礼なんて良いと言うその人を何とか連れ出してご飯に行って、
思った以上にその隣が心地好く、他人には渡したくないなんて思って。
それが恋だと気付くまで、そう時間は掛からなかった。
時間の許す限り猛烈アタックを繰り返して、彼が高校を卒業して直ぐに泣きながら告白して、
はにかみながら応えて貰えた時の嬉しさは忘れられない。

喧嘩やすれ違いもあったが順調に付き合いは続いて、
黄瀬が大学に進学すると同時に二人は同棲を始めた。
この頃には周りの人々には関係はバレバレで、理解者が多数いたのも後押しして、
双方の両親に関係を暴露した上での同棲だった。
どちらの両親も暴露したらしたで、何故もっと早く言わなかったのだと言ってくれて、
二人で顔を見合わせて幸せだな、幸せですね、と言い合ったのを覚えている。

同棲を始めてからもいろいろあったにはあったが、
それでも嬉しかったことの方がたくさん心に残っていた。
料理をすればいつも美味しいと笑ってくれたり、
ドラマに出始めればこっそりと録画したそれを見て、格好良かったなんて囁いてくれたり。
誕生日に小さな指輪をプレゼントしてもらったり、
大学を卒業したらもっと良いの買ってやる、なんて言われたり。
そんな幸せに塗れた四年間はあっという間に過ぎて、黄瀬の大学の卒業式の日。
式を終えて、二人で新しい指輪を買いに店へ向かっている途中、悲劇は突然に訪れた。

信号待ち、ナイフを持った人間が自分に突進してくるのを黄瀬は呆然と見ていた。
あ、これ死ぬな、と思ったのも束の間、横から手が伸びてきて黄瀬を庇う。
まるでこうなることが分かっていたかのような無駄のない動きに突き飛ばすことも出来ず、
人を一人隔てた衝撃を、ただ感じていることしか出来なかった。
周囲から悲鳴が上がり、自分を庇う身体から徐々に力が抜けて行く。
ずる、と倒れ込んで来た身体を受け止め、一緒に地面に座り込む。
通り魔が満足したようにナイフを投げ捨て、その場から立ち去っていくのも気にならなかった。
涼太が無事で良かった、と微笑みながら言って目を閉じた彼を必死に揺さぶる。
じわり、と自分に染みてくる赤が、やたらと偽物じみて見えて。
「佳典さん、やだ、佳典さん!!」
黄瀬の腕の中で鼓動を止めた愛しい恋人は、諏佐佳典と言った。

其処で黄瀬の視界は一時暗転する。

気付いたら実家のベッドに横になっていた。
部屋にはまだ新しい海常の制服が置いてあり、
可笑しいと思って携帯の日付を見てみると、七年前の日付を示していた。
混乱しつつ階下に降りて母親と話して、時間が巻き戻ったのだと確信する。

これが俗に言う、二回目への突入。

二回目は一回目とほぼ変わらなく進んだ。
時間が巻き戻ると言う異常な現象を体験して頭が上手く働かなかったのもあるが、
黄瀬は大学の卒業式の後のあの事件だけ回避すれば何とかなると思っていた。
しかし、その認識は甘かった。
同じようにまた幸せな七年を過ごした後、卒業式のあとはゆっくり家で過ごして、
指輪は次の日のんびり買いに行く、という諏佐の提案を採用して、
家路を辿る途中で車に轢かれそうになった黄瀬を庇い、また諏佐は死んでしまった。

暗転して三回目、それならば諏佐に関わらなければどうにかなると思い、
あの出逢いを起こさないように、試合の後集団から離れることはしなかった。
三回目ともなれば、悔しさは当然あるが一回目のような遣る瀬無さは軽減されている。
何しろ、どういう結果になるのか分かってしまっているのだから。
ホールを横切っていく諏佐が目に入る。
一瞬目が合って、その顔に微かな安堵を見た気がしたが、
諏佐は直ぐに消えてしまって確かめる術はなかった。
でも、これできっと大丈夫。
そう思った黄瀬はまた自分の考えが甘かったことを思い知らされる。
諏佐との思い出を振り切るように大学も何もかも変えた黄瀬は、
一回目、二回目と同じ日、同じ時間に駅の階段から足を滑らせた。
その時また横から手が伸びて来て、転がり落ちる黄瀬を抱き込んで一緒に落ちていった。
階段の一番下で動かなくなったその人の腕の中から這い起きて、
庇ってくれた人物の顔を見て、愕然とした。
「…佳典、さん?」
暗転。

三回も繰り返せば、決して頭の良くない黄瀬でも分かることはある。
どうやら、黄瀬の死にそうになる日と時間は決まっているらしいと言うこと。
それは避けようとしても避けられないこと。
そして、関わらないルートを辿ったとしても、諏佐が自分を庇って死んでしまうこと。
あまり関係ないかもしれないが、諏佐に関わる未来以外のことは変えられないこと。
例えば高校一年のインターハイは三回とも準々決勝敗退だ。
その後も、何回も何回も繰り返す中で、黄瀬は自分が思い付く限りのことをやった。

諏佐に嫌われればどうにかなるかもしれないと、心にもない罵詈雑言で傷付けてみた。
無駄だった。
自分以外とくっつけばどうにかなるかもしれないと、
仲良くなって合コンをセッティングして、可愛い彼女を作らせたこともあった。
無駄だった。
バスケを止めたこともあった。
何とか国外に逃亡したこともあった。
何故なのか分からないが、それも無駄だった。
その日が来る前に自殺しようとしてみた。
どんな状況でも諏佐が止めに来てくれて、失敗した、と思うと同時に巻き戻った。
数回試したあと無駄だと知り、諦めた。
巻き戻る地点はいつもバラバラだった。
共通するのはあの出逢いの前の時間軸であるということだけ。
だから、高校が決まる前まで戻った時は気まぐれに桐皇に入学してみたこともある。
青峰はいたりいなかったり様々だった。
後輩として接して、新たな一面を見ることが出来て、愛おしさが増した。
桐皇に進学した回でも、別の人間に無理矢理意識を向けたこともある。
自分がお膳立てする形で諏佐を誰かとくっつけたこともある。
相手は男でも女でも構わなかった。
青峰と付き合ってみたり、桃井と付き合ってみたり、
今吉とくっつけてみたり、原澤監督とくっつけてみたり。
誰と付き合っても黄瀬が何処か物足りないと思うように、
諏佐も何か欠けたような表情をすることがあって、それを嬉しいと感じたり。
殺して欲しいと包丁を持って迫ったこともある。
何処のメンヘラだよ、と思うも結構限界が来ていた頃のことだから仕方ない。
そんなこと出来ない、と抱き締められて、失敗を悟って巻き戻った。
どうせ死んでしまうのなら、自分の手で、と諏佐を襲ったこともある。
一切の抵抗なしに血の海に沈んだ諏佐を見てひどく後悔した。
あの時は本当に巻き戻って良かったと思った。
どうやって回避しようとも庇われるので、諏佐から離れるのは途中から諦め始めた。
それでもチャンスがあれば他のルートを模索したが。
自分のことを庇わないで欲しいと懇願したこともある。
記憶のないだろう諏佐にとんでもないお願いをしている自覚はあったが、
諏佐はいつも黄瀬の話を聞いてくれた。
そして答えはいつも変わらない。
庇わないなんて出来ない、と。
庇われるのなら庇い返すという手も試したが、
諏佐の方が一枚上手だと言うことが知れただけだった。

そうして何度も繰り返しているのに、未だ、終わりは見えない。
ありとあらゆる方法で黄瀬は死にそうになり、それを庇って諏佐が死ぬ。

泣きじゃくる黄瀬を抱き締めながら、諏佐は静かに問う。
「涼太の悩んでいることは、オレには話せないことか?」
こうして聞かれることも、初めてではなかった。
時間が開くとは言え、愛しい人が目の前で死んでしまうのを繰り返し見せられるのだ。
数回おきに黄瀬の精神はひどくガタついて、そうなる度に諏佐はこうして問うてくれる。
そういう時黄瀬は涙のままに繰り返していることについて全部喋る。
じっと静かに話を聞いたあと、諏佐はまたぎゅっと黄瀬を抱き締めて、
「知ってたよ、良く頑張ったな」
と言ってくれる。
「でもな、もうそろそろ気付け。それか、諦めても良いんだぞ」
毎度変わらない優しい声と言葉に、へにゃりとした笑みしか出ない。
それでも、黄瀬のやることは変わらない。
諏佐が自分を庇って死ぬことがないようにしたい。
諦めることなんて、出来ない。
この回黄瀬が死にそうになるまで、あと一週間。
「佳典さん」
「何だ?」
顔を上げて慣れ親しんだ唇に接吻ける。
「ずっと、愛してます。
何回繰り返すことになっても、佳典さんだけが好きッス」
「オレも、ずっと愛してるよ」

さぁ、次の回はどうやって愛を育もうか。



20121210