Missing Dog!:青若・今諏佐



「あっ青峰くん!」
桃井の声に振り向けば、
体育館の入り口をちょこりと覗いているのは確かに特徴的な青い頭だった。
「何してるの、入ってくれば良いじゃない」
「入れねーんだよ」
「別にみんな大ちゃんを仲間はずれにしたりしないわよー」
てて、と入り口へと走っていく桃井を見つめる。

WCの敗北が効いたのか、この我が侭なエースは以前よりは練習に出るようになっていた。
それはまぁ来ないよりは良いだろうと若松も思っている。
いつもなら遅れていようと堂々と入って勝手に練習に混ざって行くというのに、
今日は入り口でまごまごとしている。
どうしたのだろう、と思ったのは若松だけではなかった。
青峰は困ったような顔で未だ入り口に張り付いている。
「え、大ちゃん、この子どうしたの!?」
ひょい、と青峰の後ろを覗いた桃井の声に釣られるように、
薄茶色の毛をしたものがひょこりと顔を出す。

「犬?」
なんで、犬?
桐皇学園男子バスケ部の心が、一つになった瞬間だった。

「あー…拾った?」
しん、と静まり返った体育館に青峰の答える声が響く。
いち早く我に返ったのは桃井だった。
流石幼馴染と言うべきか。
「拾ったって…大ちゃん…」
「仕方ねぇだろ、ついてくんだから」
他の若松を始めとした部員は、
あの青峰に犬を拾うなんていう可愛らしい一面があったことに放心中である。
いや、典型的な不良がやるような行動と言ったらそうだし、
不良という訳ではないがあれだけの強面をした青峰だ。
ある意味とても似合うのかもしれない。
あくまでもパターンとして、の話だが。
あとで面白いことが大好きな先輩に教えてやろう、と思いながら若松は二人を見つめている。
「でもこの子首輪してるよ?捨て犬なんじゃなくて迷子なのかも」
桃井が子犬を抱き上げる。
確かに子犬の首には赤い首輪が付けられていた。
「じゃあ飼い主見つかるまで面倒みるか」



ということがあった訳で。
「おーよしよし」
「…で、お前は何でオレの部屋にいるんだよ」
「オレ一人で犬の世話なんか出来ると思うのか?」
思わない。
間髪入れずに口から零れそうになった言葉を、若松はすんでのところで飲み込んだ。
確かに、それはそうなのだが。
それとこれでは話が別だ。

ぐるぐると考えている若松を、子犬はじっと見つめていた。
「ん」
子犬が青峰の腕から飛び降りて、若松の方へと向かってくる。
「お?」
そのまま若松の腕に擦り寄ったかと思うと、ぴょん、と若松の膝に飛び乗ってきた。
「おお…」
かわいい。
ぶわわ、と湧き上がる桃色の感覚に思わず嘆息する。
そっと頭を撫ぜてみれば、子犬は気持ちいい、と言うように目を細めた。
それがまた可愛くて緩んでいるだろう頬もそのままに子犬を構っていると、
不機嫌そうな顔をした青峰が立ち上がった。
「あ、オイ」
腕の中から子犬を奪い返される。
首根っこを摘まれた子犬がきょとん、とした顔で青峰を見上げた。
「だめだ」
はぁ、とため息を吐いて子犬を睨みつける青峰。
子犬の方は状況が分かっていないらしく、青峰につぶらな瞳を向けたままである。
「だめだ、捨ててくる」
「はぁ!?」
慌てて青峰から子犬を奪い返す。
奪還された子犬は心地好い場所に戻ってきたとばかりに、若松の膝の上に収まった。
「お前が拾って来たんだろ!」
「まさか若松サンにそんなに懐くとは思わねぇだろ!」
おっかねー顔してんのに!と続けるこの後輩はとてつもなく失礼だと思う。
思うが若松にとってはそれよりも、からかうネタを見つけたことが何よりも心を踊らせた。
あの、青峰が。
自分の拾ってきた犬が自分に懐かないからと言って拗ねるなんて!
「お前も、可愛いとこあんだな」
「あ?」
「自分の拾ってきた犬が他人に懐いたからって、拗ねるとか」
笑いを堪えながらやっと口に出したそれはひどく震えている。
これがメールだったら語尾に大量に草を生やしているところだ。
勿論、床を転げまわる勢いで大爆笑した後で。
暴君なんて呼ばれる程の自分勝手極まりないこの男でも、
可愛らしい小動物に懐かれたいと思うのか、
と思うと途端に可愛らしい生き物に見えてくるのだから可笑しい。
「…違ぇよ」
青峰は何処からどう見ても笑いを必死に堪えている若松を一瞥すると、
すっとその腕の中の子犬に視線を落とした。
そして、ぐるる、と低く唸って一言。
「…其処はオレの場所だ」
はぁ?と思わず声を漏らしてしまった若松に罪はないと思いたい。



「という訳で全然寝られなかったので、今日は先輩方に世話をお願いしたいです…」 若干というにはあまりにもよれっとしてしまった後輩に、 今吉と諏佐はその願いを断ることは出来なかった。 敢えてそれから何があったのかは聞かないでおこうと思う。 地雷を踏み抜きに行くような真似は控えるべきだ。 「日中は寮母さんが預かってくれることになったんですけど、 それ以降は面倒見れる人がいないので…。 それで、飼い主見つかるまでは拾ったってことで責任取ろうと思ったんですけど。 さっき言った通りなので、その」 「分かった分かった」 げっそりとした顔が隠れていないことには気付いていないのだろう。 そう察した今吉が思わず言葉を遮ってしまうほどには酷かった。 あの今吉にもかわいそうだと思わせたのである、ご察し頂きたい。 諏佐は若松には聞こえないようにため息を吐く。 「放課後になったら引き取りに行けば良いん?」 「はい。 夕食までは預かってくれるそうなので、そのくらいでも」 「おー、なら図書館で勉強してからでも良えんやな」 「はい」 確認すべきことを確認して、若松を帰してやる。 今は昼休みだ、あんなに疲れているのならば余計に昼くらい、ゆっくりさせてやりたい。 「青峰がなぁ…」 ふいよふいよと手を振っていた今吉が、信じられない、というように呟いた。 そういう訳で。 「あの青峰が、可愛いことするモンやなぁ」 子犬の顎を掻いてやりながら今吉が言う。 知らない場所であろうに子犬というのは順応性が高いのだろうか。 とてもリラックスしているように見えた。 「で、なんでお前はオレの部屋にいるんだ」 「ケチなこと言いなや、隣やん」 確かに今吉の部屋は諏佐の隣なのだが、今はそういうことじゃない気がする。 「言うても諏佐やってこの子と遊びたいやろ?」 ほい、と子犬が諏佐の膝に乗せられた。 くりりとした瞳が諏佐を見上げてくる。 「可愛いやろ?」 「まぁ、確かに可愛いが」 一応は受験生であるというのに、勉強しなくていいのだろうか。 諏佐も今吉もそれなりの成績を保って来てはいるが、 志望校のレベルからして一分でも長く勉強したいところではないのか。 「子犬ほったらかして遊べる程ワシも酷い人間やないんやで?」 「…どーだか」 じとり、と視線をやる。 いつも通りの読めない表情のまま、今吉は笑っていた。 「信じてないんか?」 「ああ」 「ひっどいわ〜」 ずい、と顔が近付く。 「そんなこと微塵も思ってないくせに」 「まだ言うんか」 捕食者の顔だな、と諏佐は思う。 飢えているところに肉を前にして、飛びかかるための助走をつけているような。 だらだらと溢れているだろう唾液すら、見えないように隠して。 今吉は狡いと諏佐は思う。 「そんなひっどいこと言う諏佐には、お仕置きが必要やな?」 でもそれを選んだのは諏佐なのだと、誰よりも諏佐自身が良く知っている。 「おっと」 今吉が子犬の目をふわり、と覆う。 「お子様にはまだはやいで?」 残念、とでも言うように、きゃうん、と一声子犬が鳴いた。
「あ、あの子犬の飼い主見つかったんですよ!」 子犬のこともあり朝練に顔を出した今吉と諏佐が聞いたのは、 敏腕マネージャーからの報告だった。 「おお、良かったなぁ」 「桃井が見つけたのか?流石だな」 思ったままに褒めればえへへ、と照れたような笑みが返って来る。 身内贔屓を抜きにしても、このマネージャーは大層可愛らしい。 「昨日の夜に連絡があったんですけど、私家に帰っちゃったあとで。 だから今日の放課後練習の前に引き取りに来てもらうことにしました!」 「へぇ」 隣で今吉が呟いたのに、諏佐はまた何かろくでもないことを企んでいるな、と溜息を吐いた。 そういう訳なので。 「あの…バスケ部はこちらであってますか?」 「あ、飼い主さんですか?」 放課後の体育館に見知らぬ女性が現れた時、誰ひとりとして首を傾げたりはしなかった。 「あ!」 子犬の姿を確認した途端走りだす女性。 「ごめんねー!わんこー!」 感動の再会とばかりにばっと腕を広げたのに応えるように、 スローモーションで飛び込んでいく子犬。 そこにだけきらきらとしたエフェクトが舞っているような、そんな感じがした。 「あ、あの」 「なぁに?」 代表してそろりそろりと挙手をし、声を掛けたのは桃井だった。 顔をあげた女性の腕の中で、千切れんばかりに尻尾を振っている子犬。 今、聞き間違いでなければ、 「その子の名前…」 「え?ああ、この子ね、わんこちゃんって言います!」 聞き間違いではなかった。 犬の名前がわんこって、とその瞬間だけは全員の心の中が一致した。 まぁ、にゃんことかではなくて良かったのかもしれないが。 「ありがとうございましたー!」 そう手を振って帰っていく女性と子犬を見送る。 放課後にも珍しく青峰の姿があった。 「寂しいか?」 「なんでだよ。 飼い主さんのとこに帰れるのは良いことだろ」 そう言いつつも若松の横顔は寂しそうだ。 なんだかんだで子犬に懐かれたのが嬉しかったのだろう。 ついでに青峰の貴重なデレを見られたのもあるのかもしれない。 諏佐自身もあまり触れる機会のなかった子犬という生き物に触れて、 昨晩癒されたのは事実なのだから。 「はー楽しかったわ」 青峰にからかわれている若松を横目で眺めながら今吉が呟く。 「なぁ、諏佐。今晩はどうする?」 にやにやと見上げて来るそれに、うわ、と心の中でだけ吐き捨てて顔を向ける。 「…どうもなにも、受験生の日常に戻るだけだろ」 「いややなぁ、諏佐」 同じ目だ、と冷や汗が滑り落ちていく心地がした。 「昨日オアズケした分、今日きっちり返してもらうで?」 もしかして、最初からこれが目的で子犬を預かったんじゃないだろうな。 浮かんだ疑問を振り払いながら、再度諏佐はため息を吐いた。
フォロワーのわんこさんの誕生日の贈り物
20130617