まずは温かいお茶でも、:克山
「こら、何をしているんですか」
夜遅くまで学校でやっていた練習も終わり、日誌と戸締まりを済ませた原澤は帰路についていた。
近道、と夜遅くにも関わらず煌々と灯りのついている商店街を抜けていく。
その途中で、ふと、目に止まったのは制服だった。
パチンコ屋の前の、不自然なほど明るい道の端で、何やら一人を取り囲んでいる制服の青年たち。
どう贔屓目に見ても和やかとは言い難いその雰囲気に見て見ぬふりをする訳にもいかず、
原澤はため息を吐いてそちらへと歩を進めた。
そして、冒頭の台詞である。
何だよおっさん、と最初はこちらを睨めつけていた青年たちも、
教師であることを述べれば面白いように大人しくなった。
テメーのこと、許した訳じゃねーからな!
そう捨て台詞のように残して去っていった彼らは案外真面目な子たちなのかもしれない。
さて、と残された一人―――囲まれていた一人に向き直る。
「大丈夫ですか?」
「はい」
「何かあったんですか?」
「え?」
きょとん、としたその表情に歳相応さを見た気がした。
背も高く身体つきもしっかりしていて、
先ほどまで囲まれていたというのに落ち着いている様子が、
妙に高校生離れした印象を原澤に与えていたのだ。
垣間見た歳相応の反応に少しばかり安堵する。
ぶつかったとか、ですよ、因縁を付けられるようなことがあったのではありませんか、
と付け足せば、あー…と不明瞭な反応。
「ええと、まぁ。ありました、けど。大丈夫です」
大したことじゃあありませんでしたし、何をされるとかなかったですし、と青年は続けた。
その顔に見覚えがあるように気がして、長く垂らしている前髪を弄る。
制服は確か、霧崎第一高校のものだ。
それで見覚えがあるのなら、バスケ部だろうか。
ねじねじと前髪をねじりながら浮かべるデータに、そういえば似たような顔がいたと思い出す。
「君は、霧崎のバスケ部の生徒ですね?」
青年の動きが止まった。
それも一瞬のうちで、その唇が小さく息を吸う。
違うと言うつもりだろうか、しかし、原澤は既に思い出してしまっている。
「名前は確か、山崎弘くん」
その肩が何故知っている、と言わんばかりに揺れたのを見て、原澤は少しだけ笑った。
「同じ地区の強豪校の生徒の名くらいは、頭に入っていますよ」
山崎の瞳は暫くの間逃げ道を探そうと左右へ泳いでいたが、
観念したように、はい、と返事をした。
「こんな時間です、家まで送りましょう。親御さんも心配しているのでは?」
「…今日は家、誰もいません、から」
平気です、とそっぽを向いた横顔に自然と眉が釣り上がる。
「山崎くん」
「何でしょう」
「一つ聞きますが、君、夕飯は?」
「………食べました」
妙に間が開いたのに気付かぬ原澤ではない。
「何を、と聞いても?」
「何でそんなこと、」
「答えられないんですか?」
その言葉にぐ、と詰まる山崎。
ぼそぼそ、と続いたのは、にくまん、という夕飯と言うにはあまりに少ないであろう単語だった。
「君、今日は家に来なさい」
「はぁ!?」
「これでも料理は出来ますから、こんな時間ですが帰ってこれから夕飯にしましょう」
「な、ちょ、けどっ」
「山崎くん」
その片手を強引に取ると、温めるように両手で包み込む。
手袋もしていないその手は芯まで冷えきっているようにも感じた。
「大人の言うことは聞いておくものですよ」
一瞬、その双眸が歪んだような気がした。
敢えていうのならば、泣きそうに。
どきり、と胸が疼く。
「…おとな、なんて、」
その先は言葉にはならなかったようだが、なんとなく彼が何を言いたいのかは分かった。
そのまま抱き寄せて、高い位置にある頭をぽんぽん、と撫でてやる。
無言で肩に額をこすりつける様がどうにも庇護欲を唆るので、バレないように苦笑した。
未だ冷たい手を掴んだまま歩いて行く。
見上げた空には月があって、はあ、と吐いた息は白く染まっていって、なかなかオツである。
「…今日は、」
ふと、胸に蘇ってきたのは先ほどの疼きだった。
普段ならば気のせいだと忘れてしまうであろう、それ。
相手は生徒なのだ、そう思うのに、
誰も見ていないと思うからだろうか、忘れてしまうのが勿体ないだなんて思うのは。
「月が、綺麗ですねぇ」
そう呟いた原澤を、山崎は目を細めて見遣った。
流石は霧崎の生徒と言うべきか、その言葉の持つ意味はしっかり分かっているらしい。
ふふ、と笑みだけを残してまた前を向く。
「…貴方には、敵いませんね」
その言葉が答えなのだと言うことは、微かに力を込められた指先が伝えていた。
山崎弘に起こること
1.先生に告白される
診断メーカー
I love you = 山崎弘『君にだけは敵わない』
診断メーカー
20140117