その先に雪はなかった



雨の日だった。
公園のベンチで傘も差さず、ぼうっとしている人影。
流石に放っておけなくて思わず近付いて行って傘に入れた。
「風邪引くぞ」
同じ年頃であろう金の髪をしたそいつは、不思議そうにこちらを見てくる。
何処かで見たことあるような。
記憶に引っかかるものを感じたが、すぐには思い出せない。
しかし、今はそれどころではない。
見上げてくる瞳は前髪に隠れて見えないものの、やたらと寂しく感ぜられて。
「身体、冷えてるだろ」
「えー…うん、まぁ」
顔にはりついた前髪が、重たそうに水を吸った制服が、長い間こうしていたのだろうと伝える。
「うち近いから。寮だけど。風呂入ってけ」
「え、」
何か言いたそうにしたのを有無を言わさず引きずって行く。
折角買った肉まんは冷めるだろうが仕方ない。
迷子にするように繋いだ手は、あまりに冷たかった。



寮に戻って部屋にあげて、ユニットバスに湯が張れたらすぐに彼を風呂場へ放り込んだ。
タオルと着替えは中にある棚においてやる。
濡れていた制服は剥ぎとって部屋干ししていた洗濯物と一緒に掛けて置いた。
出来るだけ乾かしてやりたいと思うが、この天気ではどうなるか。
ドライヤーで乾かしても大して変わらないよな、と考えていると、扉がノックされた。
「すさぁー今吉さんやでー」
「空いてるー」
ガチャリ、と扉が開く。
他の人間なら考えたが、今吉ならば他校生を連れ込んだからと言って兎や角言わないだろう。
「あれ、お客さん?」
見慣れない靴を見たのだろう今吉が問うた。
「ん、何か雨の中ベンチに一人で座ってたから、拾ってきた」
「拾ってきたってお前なぁ…そんなホイホイ、猫やあるまいに」
呆れたように息を吐く今吉の後ろでがちゃり、と風呂場のドアが開く。
「お風呂…ありがとうございました」
先ほどと同じように濡れた頭で、でも今度はほこほこと暖かそうに、その男が出て来る。
「熱くなかったか」
そう問えば大丈夫でした、と帰って来た。
「何か下着まで…すみません」
狭い部屋だ、来訪者の声は聞こえていたのだろう。
男は今吉を見ても怯むことなく、そう頭を下げてきた。
それを見ていた今吉があ、と声を漏らす。
「君、花宮んとこの」
「花宮ってお前の後輩の?」
「ああ。霧崎第一の…原くん?やったっけ?」
びくり、と肩を揺らせた後、重くこくり、と頷く。
その様子に首を傾げつつも、諏佐の視線は未だ水滴を落とすその金髪に向いていた。
「頭ちゃんと拭け」
原の肩にかかっていたフェイスタオルを手に取り、その金色の髪をわしわしと拭く。
乱暴さの一切ない、優しい手つき。
暫くされるがままになっていた原だったが、やがてぽつりと呟いた。
「オレ、霧崎の人間だよ?」
「ん?うん、らしいな」
「ラフプレーとかするんだよ?」
「ああ、見たことあるぞ」
「…そんな人間、置いといて良いの?」
問いかける原に、諏佐はきょとんと首を傾げた。
「ラフプレーについてはあんまり良い感情は抱かないが、
だからと言って雨に濡れてれば良いってことにもならないだろ?」
「諦めぇ。そいつ、お人好しなんよ」
けらけらと今吉が笑う。
そのほんわりとした空気に慣れていない原は、
前髪で隠れていても分かる程露骨に視線を彷徨わせていた。

「いつもこんな風に人拾ってんの?」
「まさか。
そんなにホイホイ雨に濡れてる馬鹿がいてたまるかよ」
優しい手付きに目を細め、ごうごうという音に紛れるように尋ねる。
今吉が自室に戻ったあと、諏佐はドライヤーを出して来た。
そして、有無をいわさず原の髪を乾かし始める。
質問を重ねても、返って来るのはやわらかな答えだけで。
ああ、と脳髄が痺れていくのを感じる。
「制服乾かないだろうし、泊まってくか?
お前が構わないなら、だけど」
甘ったるい優しさに毒されそうだ、なんて思いながら、原はこっくりと頷いた。

「俺は諏佐佳典。お前は?」
―――まるで、トンネルを抜けたみたいだ。
自分の唇からこぼれ落ちる自分の名前が、世界で一番素敵なもののように思えた。



20130308