魔法の人
*結構デリケートな分野の話をしています
*虐待やネグレクト等の問題を肯定するものではありません
ボタンを掛け違えるようなものだって、不幸と呼ばれるんです。
踏み出す未来も
忘れたいどんな過去も
人を想う力に変えていけるから
「オレね、望まれない子だったの」
雨の音に掻き消されそうな程小さな声で、原は語る。
「レイプとかじゃなかったみたいなんだけど、
好きでもない人間とセックスして、出来ちゃって、
身体のこととかお金のこととかで、堕ろすに堕ろせなかった子」
諏佐は静かに聞いている。
英文をなぞるペン先は、既に動きを止めていた。
「あの人にとって、オレは消されるべき存在だったの」
温度のない原の声が、やたらと部屋に響いて聞こえる。
「でもね、あの人、オレを愛する努力はやめなかった。
殴らなかったし、ご飯作ってくれたし、テストで良い点取れば褒めてくれた。
抱き締めてくれたし、授業参観だっていつも都合つけようと頑張ってた。
誕生日にはケーキ、クリスマスにはプレゼント、
仕事大変だろうに、オレのこと、蔑ろにしなかった。
父親思い出させる顔してんのに、だよ?すごくね?」
ぎゅう、と抱き着く腕に力が篭る。
「でもそういうの、年を重ねるごとに分かっちゃうでしょ。
だから、高校霧崎にして、一人暮らししたいって言ったの。
そうしたらあの人、ホッとするかなって」
子供は自分に向けられる感情に敏感だ。
原の母親が何処かで原に対してマイナスの感情を抱いていたのは確かだろう。
それは責められたことではない。
自分の産んだ子供だからと言って、必ずしも無償の愛をくれてやれる訳ではないのだと、
諏佐は思っていた。
愛せないことを責めるのは、少しズレている、と。
「でも、違った。あの人、寂しそうな顔してた」
一人暮らしする、と言った原に、彼女はそう、と一言だけ返した。
その表情は今までに見たことのない程翳っていて、
それに寂しいと名前をつけた原は自分でも驚いたらしい。
嫌いな子供が出て行くのに、寂しい、だなんて。
「オレ、間違ったのかなぁ…」
弱々しく震えた声が、諏佐の耳に滑り込んだ。
「オレは、お前の母親じゃないから、確かなことは言えない。
…だが、間違ったのかと不安になったなら、聞いてみたら良いんじゃないか」
一つひとつ、言葉を重ねる。
「今すぐじゃなくても良い、時間が掛かっても良い。
一人じゃ怖いならオレがついて行ったって良い。
一度、聞いてみたら、良いと思う」
何年だって待ってやるよ、と付け足せば、首元で原が驚いたように動くのが分かった。
「諏佐さん、アンタ、オレが聞けるようになるまで待ってるつもり?」
「そうだが」
「時間、かかるよ」
「一生お前を手放すつもりはないから問題ない」
ペン先は再び英文をなぞり始めた。
「な、に、それ。プロポーズ?」
「それは社会人になるまで待て。
給料三ヶ月分の指輪と一緒にくれてやる」
「本格的…」
「事実婚にしかならないがな、それで良いなら」
ずっと考えていたことだった。
充分に甘え方もしらない彼に、自分は何をしてやれるのか。
「本気、なの?」
「本気だが」
「早計すぎない?」
「もう十分悩んだ」
自分を拠り所にするこの猫のような男を、この先手放す気はなかった。
例えこの関係が依存の先にあるとしても、原が幸せならば、それで良いとさえ思えた。
「…何それ」
首筋に再び顔を埋める。
「男前すぎて、断れないじゃん」
「断る気だったのか?」
「まさか」
見なくても笑みが浮かんでいるであろうことは分かる。
自惚れじゃない、確かな予想。
「オレで良いの?」
「お前が良いんだ」
また抱き締められる。
「諏佐さん」
「何だ?」
「だいすき」
20121206